2021(02)

■創作の迂回路

++++

 相も変わらず足の踏み場もない部屋で、今日も今日とて奴は作業や配信に忙しくしていた。オレはと言えば、この部屋にある無数のサウンドトラックの中から、次はどの曲をアレンジしようかと選んでいる。洋食屋のバイトで弾く曲を選ぶのだ。ここに来れば音楽配信サービスなどでは聞けない曲も聞き放題でいい。

「リン君、いい曲見つかった?」
「いくらか目星は付けることが出来た。悪いが、これらのCDを少し貸してはもらえんだろうか」
「どうぞどうぞ」
「ではありがたく」

 一方USDXでは通常のゲーム実況動画の他に、9月から歌物動画の投稿が始まろうとしていた。曲の制作はチータことカンノが担当していて、演奏も基本的に打ち込みでやっているのだが、バンド経験のあるメンバーには実際に演奏出来るようになれというノルマが課せられている。
 朝霞はギターのノルマこそ課せられていないのだが、この先々にも曲の制作が予定されていて、その作詞ノルマが課せられているようだった。ただ、物書きの仕事が増えることに関しては臨むところだと、この夏はひたすら机に向かっていたようだ。歌詞の他にもシナリオや小説、卒論など、様々な物を書いていたらしい。

「あー……ちょっと気分転換に整地配信でもしようかな」
「例の実況者サーバーか」
「1時間くらい地面削って、また何か書こう。配信するといろんな人のコメントが流れて来るから、創作意欲が上がるんだよな」
「そのようにしてモチベーションを上げる術があるというのはいいことだな」
「リン君はどうやってモチベーション上げるとかある?」
「どうかな。その辺りは気の向くままという感じであろうか。お前やカンノなどはあれもこれもとやることが数珠繋ぎのように繋がって行くだろう。オレからすればあれがなかなか理解に苦しむ」
「やりたいと思ったその時にやっとかないと、その時思いついたアイディアとかが消えるんだよな。忘れる前に形にしておきたい」

 オレが新しく何かを作るのはブルースプリングでのたまの作曲程度だ。他には何かあっただろうか。洋食屋のバイトは既存の曲のアレンジがほとんどだし、USDXでは与えられたノルマをこなすのが基本だ。朝霞やカンノといった作り続ける人間は異次元の存在であるという風に思うのだ。

「しかし、腹が減ったな」
「適当な物食べていいよ」
「そうか。では台所を物色させてもらうぞ」
「あ、俺も今のうちに何か食べようかな」

 朝霞が配信準備をしているのを後目に、オレはと言えば2人分の冷や飯と甘口のレトルトカレーを電子レンジで加熱しそれを配膳する。朝霞はせっかく作ってもらったし食べながら整地しようかななどと言いやがるから、配信をするなら食ってからにしろと進言する。

「お前は創作においてスランプなどに陥ったことはないのか」
「スランプ? まあ、あるのかもしれないけど、こっちの作業がダメなら別の方をやるわっつってスイッチするから絶えず何かは書いてるかな」
「そうやってスイッチすれば書ける物か」
「書けるね。と言うか、選択肢がある中で書けそうな方にスイッチするから」
「ほう。いくつか選択肢を用意しておくのか」
「趣味はいくつかに分けておけば、一方で致命的ダメージを負っても別の方に逃げることが出来るっていう話があるじゃん」
「厳密にはスランプ回避法の話ではなかったと思うがな」
「まあね」

 カレーをかき込み、さてやろうと今度こそ配信を開始する。オレも喋っていいということなので、時折口を挟むことにして、基本はゲーム内の土地を平らに慣らすその光景を眺めるだけだ。コメントが流れ始め、投げ銭も少しずつ飛んできている。

「そうだ。レイ、皿はどうする。水にでも浸けておけばいいか」
「あっ、ゴメン。そうしてもらえると助かる。今はバネ君が遊びに来ていて、カレーをあっためてくれたのを食べてました。カレーはねえ、そうですねー……よくある普通のレトルトですね。甘口で。辛いのが苦手なんですよね。先日、友達とバーベキューに行ったときに海外の辛いバーベキューソースっていうのをちょっと舐めてみたんですけどマジで辛くて! 軽い気持ちで激辛を試すもんじゃないなって。あ~、コメントの皆さ~ん! 激辛商品ラインナップが地獄の様相! あの、紹介してもらっても俺は食べられないので! あっ、チータに食わす?」
「甘い物は得意でないが、だからと言って辛い物が得意だとは限らんのではないか」
「確かに。チータは甘いのダメだけど、バネ君は砂糖菓子とか甘いの好きだよね。苦手な物とかってないの?」
「強いて何が嫌いかと言えば、ニンジンのグラッセだな。あれはどうも苦手でな」
「ニンジン自体は食べるんだよね」
「そうだな。グラッセが好かん」
「あっ、ニンジンで思い出した。畑見て来よう」
「整地ではなかったのか」
「ニンジン収穫してまた新しいの植えとこうと思って。とりあえず収穫しといて後で交易してもいいし」

 朝霞や宮ちゃんがよく言うのは、人と会って話すとか外に出て自分の目で世界を見て回ることで創作のネタになるということだ。朝霞は生配信でコメント欄と会話をすることで画面の向こうにいる人と接しているからネタ切れに陥りにくくなっているのだろう。ただ星港の街を歩いているだけではまず交わらん者との関わりは確かに糧になっているようだ。

「ニンジン料理って何かあるかな。簡単に出来るヤツ。俺、野菜ってそのまま齧りがちだからさ」
「ニンジンを齧るのか…!?」
「野菜スティックみたいな感じで。ソースにディップするんだよ」
「まあ、つまみにはなりそうだが」
「よければコメントで教えてください」


end.


++++

最近では困った時のリン朝みたいなことになりつつある。何だかんだリン様も朝霞Pの部屋に入り浸りつつある。
朝霞Pの部屋は珍しい映画のサントラとかもいろいろあるので、そういうのが好きなリン様にはなかなかたまらん部屋なんですね
マイクラの整地が果たして1時間でキリ良しに出来るのかはさておき、困った時の整地みたいなことになってるねPさんの中でも

.
59/100ページ