2021(02)

■物事の境界線

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 インターフェイス夏合宿が無事……と言うにはいろいろありすぎたけど、それでも何とか全ての日程を終えて会場となっていた青年自然の家から撤収することが出来た。来たときと同じようにアオの運転する車の助手席に落ち着くと、自然と大きく息を吐く。

「タカティ、お疲れだね」
「あ、ごめんねまだ終わってないのに。機材搬入までが合宿ですね」
「タカティはこの合宿中一番バタバタしてたし、仕方ない」

 行きにはミドリが機材運搬を協力してくれていたけど、さすがに帰りまで拘束するのも難なので、帰りはアオのレンタカーに現地集合解散の青女勢を除く5人と機材がぎゅうぎゅう詰めになっている。俺は助手席だからまだ楽だけど、他の子たちはなかなかしんどそうだ。
 この合宿では、アオの言うように俺は本当にバタバタしてたなあっていう感想がまず浮かんでくる。1年生たちのことで気が気でなかったと言うか。他に自分が何をしていたかとか、全然覚えてないもんね。記憶が飛んじゃってる。

「もーう本当にみんなに申し訳ないッ! あんなことになっちゃってどう謝ればいいかもわかんないけどッ!」
「奈々が悪いわけではないからね」
「でも向島大学の問題ではあるじゃんね。監督責任的な?」

 今年の夏合宿は、向島から出ていた萌香が発端で起こったトラブルがいくつかある。顔のいい彼氏が欲しい萌香が目を付けたのが女性恐怖症の彩人で、彩人は萌香から言い寄られたときに発作を起こして体調を崩してしまうということがあった。
 彩人が体調を崩してしまったことで、実はその彩人とパートナー関係にあるササが物凄く心配をしていて。それだけならまあ微笑ましいかなと思うんだけど、如何せん経緯が経緯なので、俺はササを宥めるのにも結構一生懸命だった。
 そして2日目には、ミキサー講習前に萌香と友達になろうと話しかけたくるみが悪態を吐かれてショックを受けてしまったんだ。合宿に来た目的……顔のいい男子と知り合うというのが空振りした萌香はご機嫌斜めだったんだね。
 そして萌香とみちるの喧嘩に発展。口での小競り合いなんて可愛らしい物ではなく、文字通り殴り合いの乱闘。その間に入って物理的に2人を引き剥がすことで何とかその場は収めたけど、そのときにもらったんだろうなっていう傷がお風呂で沁みて痛かった。
 俺はこの夏合宿中、トラブルの中心にいた子たちや、その現場に居合わせてショックを受けてしまった子たちのフォローに奔走していた。あと、ササが物凄く怒ってたのを宥めたりとか(ササばっかりに構ってもいられなかったから途中でレナにバトンタッチしたけど)。

「星ヶ丘的には本当にタカティ様々っていう感じで、感謝しかないよ」
「いえいえ。って言うか星ヶ丘ってこういう行事ごとに上への報告があって、内容次第では処分されるとかそういう世界なんでしょ。大丈夫なの?」
「彩人のことはともかく、みちるなんだよな~……つばめ先輩は適当に誤魔化せって言うけど、あれをどう誤魔化したものかと」
「先に手を出したのは萌香だからね。萌香はくるみに対して悪態を吐いて、その上講習の開始も妨害してたし。みちるは無罪だと私は思う」
「このテの話でアオの意見って実はあんま当てにならんっていう」
「萌香の態度が原因で起こってることだし、それでみちるが処分されるのは、向島的にはちょっと申し訳なさすぎる」
「こう、すぐに喧嘩両成敗とは行かん事情ではあるべ。つばめサン個人としての気持ちと戸田班班長としての立場で対応が分かれるってのも、そーゆーコトなんじゃないかっていう」

 モニター会に来ていた3年生の先輩ともこの合宿のことについて少し話してたんだけど、萌香みちるの乱闘の件について戸田先輩は「個人としてはみちるはよくやったと思うけど、戸田班班長としては手を出したことを容認出来ない」という風に言ってたんだよね。
 起こった事象に対しては部活やサークルっていう団体を背負っている人としての立場で考えなければならないから、個人としての気持ちとは必ずしもイーブンだとかイコールにはならないんだなって思った。俺の思う戸田先輩のイメージだと、殴られたならぶっ殺せって言いそうだし。(※アオもこのタイプなんだよなあ)

「そういやくるみはあれから大丈夫そうだった?」
「班の子たちやウチの子たちが声をかけ続けてたし、一応楽しそうにはしてたよ」
「くるみが何も考えてないただただ元気な奴ならそれでいいかもしれんけど、アイツは何気に現実的に物事を捉えるタイプの、合理的なガンガンタイプだろ。一人になった瞬間猛烈な脳内反省会を始めて鬱にでもなったりしたら大変だべ」
「えーッ! くるちゃーんッ! お姉さんに出来ることは何でも言ってーッ!」
「ここで言ってどうするの」
「えっアオひどい」
「まあ、くるみも奈々に懐いてるし、後でLINEか何か送ってみたら?」
「そーするッ」

 夏合宿には、次の段階へ進むために越えなければならないことがある。
 戸田先輩が言ってたらしいそれがみんなそれぞれにあるのだとすれば、俺のそれは何だったのかなと考える。現段階でひとつも覚えていない番組や講習の中身のことではないんだろうな、とはうっすら思う。
 ミキサーとしてと言うよりは、人としての部分だったのかもしれない。だけど、次の段階に行けているかどうかが自分ではわからないんだよね。この経験がいつか、どこかで生きるのかな。乱闘の仲裁はもうしたくないけど。

「とりあえず、フェネスタに着いてからの作戦会議を立てようか」
「そーすっべ」
「車内に残るのは奈々。それで他の4人は――」


end.


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夏合宿3日目。お疲れの高木パイセンである。助手席が定位置なのは対策委員で一番大きいから。168なんだけどね
タカちゃんもお疲れだったけど、ゲンゴローと奈々も割とずっと胃がキリキリしてただろうなと。今回星大青女青敬が平和枠だったのかしら
この話の裏でくるちゃんは青敬トリオとスイーツバイキングに行ってるのね。とりあえずそれで元気にはなるんだ

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