2021(02)

■世界を広げるということ

++++

「……着きました……」
「ありがとう」
「それじゃ~、また今度~」

 俺たちを降ろすと、ミーナの車はまた颯爽と星港の街へと走り抜けていった。昨日はプチメゾンの慰労会に参加していたんだけど、その二次会でなっちの部屋にお邪魔して4人でいろいろな事を話しながら酒を飲んでいた。
 話の内容は恋愛の話が主で、俺がいかに伏見と淡々とした付き合いをしているかや、なっちが圭斗ら向島のメンバーから聞いた下衆い話やミッツの動向など。そして時間が深くなってくると山口もしみじみと自分の話を始めた。
 そうこうしている間に空は白み、いい時間になっていた。なっちはこのまま実家に帰るということで、スーツケースを引いてミーナの車に乗り込んだ。俺と山口を降ろした後、ミーナは星港駅でなっちを降ろして家のある西海へと帰って行くのだろう。

「何か、1日が長かったね」
「本当だな」
「朝霞クンこの後どうするの?」
「どうもしないな。家に帰るだけだ」
「あらそう。実家にはいつ戻るの?」
「今週末の予定だな。こっちでまだもう少し予定あるし」
「実家から戻ってくるのは?」
「割とすぐ戻るぞ。1週間くらい。こっちで予定あるし」
「朝霞クン、例によって忙しいんだね」

 こっちでやることというのは、基本的にUSDX関係の作業になる。実家にはゲーム実況を撮影したり配信したりする環境はないし、ギターの練習も出来ない。あまり長い間留守にするのもよろしくないし、実家にいたところでだらだらするだけなら、という感じだ。
 だったらバイトや実況、それから卒論の調べ物なんかをしてメリハリのある生活をしていた方がマシだと判断して、今年の帰省は1週間ちょっとにすることにした。アパートの他の住人がずっと帰省しててくれれば多少の物音に対する罪悪感は薄れるんだけど。彩人は夏合宿があるからすぐ戻ってくるか。

「と言うか、多少忙しくしてるくらいの方がいい。だらだらしてるのが生理的に受け付けない」
「スケジュールを積極的に埋めに行ってる感じだね。空いた時間の過ごし方を知らないもんね朝霞クン」
「いや、空いた時間なら」
「読書と映画はナシ」
「あー……えーと」

 読書と映画を封じられてしまうと手詰まりになるのが今までの俺だったけど、今はゲームをやったりギターを弾いたりという時間の潰し方が残っている。こうしてみると趣味が増えてきたな。趣味の分散というのは1つがダメになったときでもスイッチ出来るという点ではいいな。
 実況界の先輩に誘われて参加させてもらっているマイクラサーバーは、ひとつの村が発展し始めていた。俺は冒険では大したことが出来ないし、ちょっとした時間にサーバーに入っては延々と世界を整地し続けた。そうして平らになった土地に皆さんが道を敷き、建物を建てていく。それを見るのがとても楽しいんだ。
 このサーバーの先輩たちは視聴者層がUSDXより少し上の人が多いようだ。整地雑談放送の時に好きな映画などの話をしていると、諸先輩方から来ましたという新規視聴者さんからこの作品がおすすめ、などと今まで知らなかった作品を教えてもらったりして、それを見るのにもなかなか忙しい。
 と言うか視聴者層が上がるとそれだけ投げ銭の飛び方が上がるような気がするんだよな。社会人として自分である程度稼いでるからだろうか。酒代とか映画代、本代とかって名目で簡単にポンポン飛んでくるのが怖いくらいだ。

「山口、お前はこの後どうやって過ごすんだ?」
「そりゃあ」
「バイト以外でな」
「あ~っと。えっと~」
「お前も人のことは言えないな」
「まあね。日中は何してようかなって感じ。俺もただだらだらするのってあんまり性に合わないし」
「俺も予定は夜が多いし、あんまりヒマだったら付き合うぞ」
「ありがとね」

 大学生の休みにありがちなことだけど、急に長い休みが入ってきても、バイト以外に何をするのかと言うとすぐには思い浮かばないんだ。バイト以外にいろいろやることや出来ることはあるんだろうけどな。インターンシップとか勉強とか。旅行なんかもそうか。

「って言うか、昨日俺結構湿っぽい話しちゃったけどみんな引いてなかった? 大丈夫だった?」
「飲んでるときだし、時間が時間だから全然大丈夫だろ。あの2人は湿っぽいより軽薄な方が嫌いだし、むしろお前は誠実な男だ」
「誠実なんて言われたの初めてだよ」
「宇部のことはともかく、お前は結構ないい男だろ。コーディネートセンス以外はな」
「いや~。朝霞クンに誉められちゃって、照れちゃうでしょでしょ~」
「何でそこでステージスター仕様に戻した」
「それこそ照れ隠しね」
「お前がまだ宇部のことを諦めないにしても、次に行くにしても、俺は応援するぞ」
「ありがとね。はー、俺の湿っぽさと朝霞クンのドライさを足して2で割ればちょうどなんだろうけどね」
「なあ山口」
「なに?」
「俺ってそんなにドライか」
「友情に対する熱さと比較すると、恋愛はドライかなって思うよ。スキンシップの有無とか頻度のことだけで言ってるんじゃないからね」
「うーん」
「でも、俺は朝霞クンがあずさチャンのことをちゃんと好きだってことも知ってるからね。大石クンとか福井サンとかは、朝霞クンはああいう人だしわかりにくいけどって言ったら納得するけど」

 普段話をしない人といつもの話をしたり、普段話をする人といつもはしない話をすることはいろいろな角度で世界が広がる感じがしてとても楽しい。でも恋愛の話は俺には難しすぎるな。


end.


++++

昨日の話のその後の洋朝。2人になるともっとしみったれた話もするし、無自覚にきゃっきゃする。明るく健全な親友である。
多分この時点で菜月さんはチータことカンDに目を付けられてしまったのでそのうちPさんもめっちゃ作業しなきゃいけなくなるヤツ。
菜月さんが今まで聞いてきた極悪三人衆が言ってた下衆い話の中身が気になって仕方ない。きっととんでもないんだろうなあ。

.
39/100ページ