2021(02)
■海原の小舟
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丸の池ステージの1日目が終わった。結果から言えば、部活全体に大学からの処分が科せられることはなく、最も恐れていた部活動禁止処分、なんてことにはならずに済んだ。だけど、アタシはそれを素直に喜ぶことは出来なかった。一連のことで何かが解決したのかと言えば、きっと否だろうから。
ひとまず撤収作業をして、明日に向けた準備をするところは大学に戻るなりしてする、しないところは解散という流れになった。戸田班的には特にバタバタしてなかったから解散。明日も暑くなるから回復を最優先にした結果だ。朝霞班だったら絶対台本が変わってただろうし、それに合う効果音を探し始めてただろうな。
「戸田」
「ああ、柳井。どーかした?」
「いや」
「用がないなら呼び留めんなよ。そーゆー無駄な戯れってアンタが一番嫌いそうだけど?」
「ああ……何事もなくステージの1日目が終わったことに、呆気なさじゃないが、本当に何もなかったのかと、どこか疑わしく思う自分がいる。戸田班では、何か異常はなかったか」
「いンや、特に変なことはなかったね。でも、絶対何かあるはずだって構えて、気を張ってるとそんなモンよ」
「最悪長門班の残党が妨害をしにくるかと思ったが、そんなこともなく」
「まあアレよ。日高の朝霞サンに対する殺意ほどじゃなかったんじゃない? 連中は」
「殺意か」
「殺意だろ。アンタ、宇部恵美が残した例のファイルは見たんだろ。あれだけのことをアタシらはずっと受け続けてたんだ。他人に対して斜に構えて当然だろ」
「戸田自身の荒い気質と、あれだけの事案が重なってのことだとは多少理解した」
柳井が部長権限で長門班を切ってしばし。切られた連中がステージを妨害しに来るかなと思ったけど、今のところ杞憂らしい。戸田班だとか、柳井だとか。事の一部始終を知っている人間はそれをどこかで恐れていた。まあ、アタシとゲンゴローはそうやって構えるのも慣れてるけど、他の連中は精神的に疲れたみたいだね。
「大学からの処分は免れて、ステージをやることが出来たものの」
「確かに、何で大学は部ごと処分しなかったんだろうね」
「先の事案と宇部さんのファイルをトータルで見ても、処分に値するのは旧日高班だけだと判断されたのかもしれない」
「まあ、登場人物的にはそうかもな」
「ただ、宇部さんのファイルのことも含めて、部長というのはいかに信用に値しない物であるのかをまざまざと見せつけられた感がある」
「歴代部長だったらまあ信用出来ねー連中だったけどな。つか幹部全体だ」
「件のファイルというのは監査に預けられていて、部長ですら閲覧するためのパスを解除出来ないんだ」
「元々はあの人が日高をぶっ潰すために作ったモンだったんだろ。そりゃ日高の息がかかった奴の目に触れないようにするだろうよ」
「俺があの糞と同列とでも?」
「その糞に取り入って部長になった奴が何言ってんだ」
次期幹部の選考時期にアイツに近付いたのは認めるが、誰が好き好んであの糞に取り入るか、と柳井は舌打ちをする。それで柳井が日高の一派判定を食らったというワケでもなく、単純に隠し玉の存在をベラベラと喋るワケには行かなかったんだろう。
宇部恵美から監査という役職を引き継いだ白河によれば、「監査というのは常に中立で誰の味方でもなく、必要があれば部長であっても刺せ」と言われていたそうだ。幹部内でも部長というのは訝しい存在だったのかもしれない。それを思っていても言わせない空気感は確かにあった。
「つーか、お前は何のために部長になったんだよ。まさか、日高と同じ振る舞いをするためでもねーんだろ。もしそうだとしたらアタシは全力でお前の首を刈るぞ」
「あそこまで無能で、横柄で、幼稚な糞でも放送部の部長という理由で持て囃されるのが納得出来なくてな。それなら能力のある俺が部長になった方がいいだろう」
「アンタに能力があるかはともかく、部長だからとか、幹部だからとかって理由で無能が持て囃されんのはふざけんなって感じだわな」
「ただ、実際部長になって、特にここ最近は思うところもある。放送部という組織を束ねるに当たって、真に必要な物は何かと」
「で? それは何だったんだよ」
「その答えはまだ出ていない。ただ、去年までの空気は必ず変えなければならなくて、そのためには部長が真に長として部員から信用されていなければならない」
去年までの空気。それは、日高班が好き勝手やってたりとか、幹部がイキってたりとか。それだけじゃなくて、他の連中も腫れ物に触れないようにこそこそ活動してるとか、そういうのも含まれるんだ。そういう空気や見えないヒエラルキーを取っ払って、透明性のある、自由な部へ。聞こえはとてもいい。本当にそうなるかは、どうかな。
「アンタがこの部の改革をガチでやるっつーんなら、アタシも協力体制はとるよ。ステージに対してはアタシが知ってる部長の中ではまともだし。ただ、ロクでもねーことをしてないかは常に見張ってっからな」
「多分、そういう目が機能していなければならないんだろう。長門班を切った以上、やることは決まっている。まずは、明日も何事もないよう注意して、それからだ」
「あ、話は全然変わるんだけどさ」
「どうした」
「ヘッドホンBだったかな? ケーブル断線してたっぽいから絶縁テープでテキトーに応急処置したんだけど、明日1日持てばラッキーってレベルだから機材買い替えの検討ヨロ」
「そうか。白河と小林にも話して検討する。Aの方は大丈夫なのか」
「Aは生きてる」
「なら明日はやれるか」
end.
++++
無事にステージをやれた星ヶ丘大学放送部ですが、まだまだ部長の気は休まらない様子。つばちゃんは構えることに慣れ過ぎているのでごく普通。
部長とは何ぞや、ということを柳井は考えているようです。これまでの放送部では、文化会からも信用されないお飾り的な役職。これからはどうなる。
つばちゃんの秘密のポーチからは絶縁テープなんかも平気で出て来る。ディレクター道具はいろいろ揃っているよ
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丸の池ステージの1日目が終わった。結果から言えば、部活全体に大学からの処分が科せられることはなく、最も恐れていた部活動禁止処分、なんてことにはならずに済んだ。だけど、アタシはそれを素直に喜ぶことは出来なかった。一連のことで何かが解決したのかと言えば、きっと否だろうから。
ひとまず撤収作業をして、明日に向けた準備をするところは大学に戻るなりしてする、しないところは解散という流れになった。戸田班的には特にバタバタしてなかったから解散。明日も暑くなるから回復を最優先にした結果だ。朝霞班だったら絶対台本が変わってただろうし、それに合う効果音を探し始めてただろうな。
「戸田」
「ああ、柳井。どーかした?」
「いや」
「用がないなら呼び留めんなよ。そーゆー無駄な戯れってアンタが一番嫌いそうだけど?」
「ああ……何事もなくステージの1日目が終わったことに、呆気なさじゃないが、本当に何もなかったのかと、どこか疑わしく思う自分がいる。戸田班では、何か異常はなかったか」
「いンや、特に変なことはなかったね。でも、絶対何かあるはずだって構えて、気を張ってるとそんなモンよ」
「最悪長門班の残党が妨害をしにくるかと思ったが、そんなこともなく」
「まあアレよ。日高の朝霞サンに対する殺意ほどじゃなかったんじゃない? 連中は」
「殺意か」
「殺意だろ。アンタ、宇部恵美が残した例のファイルは見たんだろ。あれだけのことをアタシらはずっと受け続けてたんだ。他人に対して斜に構えて当然だろ」
「戸田自身の荒い気質と、あれだけの事案が重なってのことだとは多少理解した」
柳井が部長権限で長門班を切ってしばし。切られた連中がステージを妨害しに来るかなと思ったけど、今のところ杞憂らしい。戸田班だとか、柳井だとか。事の一部始終を知っている人間はそれをどこかで恐れていた。まあ、アタシとゲンゴローはそうやって構えるのも慣れてるけど、他の連中は精神的に疲れたみたいだね。
「大学からの処分は免れて、ステージをやることが出来たものの」
「確かに、何で大学は部ごと処分しなかったんだろうね」
「先の事案と宇部さんのファイルをトータルで見ても、処分に値するのは旧日高班だけだと判断されたのかもしれない」
「まあ、登場人物的にはそうかもな」
「ただ、宇部さんのファイルのことも含めて、部長というのはいかに信用に値しない物であるのかをまざまざと見せつけられた感がある」
「歴代部長だったらまあ信用出来ねー連中だったけどな。つか幹部全体だ」
「件のファイルというのは監査に預けられていて、部長ですら閲覧するためのパスを解除出来ないんだ」
「元々はあの人が日高をぶっ潰すために作ったモンだったんだろ。そりゃ日高の息がかかった奴の目に触れないようにするだろうよ」
「俺があの糞と同列とでも?」
「その糞に取り入って部長になった奴が何言ってんだ」
次期幹部の選考時期にアイツに近付いたのは認めるが、誰が好き好んであの糞に取り入るか、と柳井は舌打ちをする。それで柳井が日高の一派判定を食らったというワケでもなく、単純に隠し玉の存在をベラベラと喋るワケには行かなかったんだろう。
宇部恵美から監査という役職を引き継いだ白河によれば、「監査というのは常に中立で誰の味方でもなく、必要があれば部長であっても刺せ」と言われていたそうだ。幹部内でも部長というのは訝しい存在だったのかもしれない。それを思っていても言わせない空気感は確かにあった。
「つーか、お前は何のために部長になったんだよ。まさか、日高と同じ振る舞いをするためでもねーんだろ。もしそうだとしたらアタシは全力でお前の首を刈るぞ」
「あそこまで無能で、横柄で、幼稚な糞でも放送部の部長という理由で持て囃されるのが納得出来なくてな。それなら能力のある俺が部長になった方がいいだろう」
「アンタに能力があるかはともかく、部長だからとか、幹部だからとかって理由で無能が持て囃されんのはふざけんなって感じだわな」
「ただ、実際部長になって、特にここ最近は思うところもある。放送部という組織を束ねるに当たって、真に必要な物は何かと」
「で? それは何だったんだよ」
「その答えはまだ出ていない。ただ、去年までの空気は必ず変えなければならなくて、そのためには部長が真に長として部員から信用されていなければならない」
去年までの空気。それは、日高班が好き勝手やってたりとか、幹部がイキってたりとか。それだけじゃなくて、他の連中も腫れ物に触れないようにこそこそ活動してるとか、そういうのも含まれるんだ。そういう空気や見えないヒエラルキーを取っ払って、透明性のある、自由な部へ。聞こえはとてもいい。本当にそうなるかは、どうかな。
「アンタがこの部の改革をガチでやるっつーんなら、アタシも協力体制はとるよ。ステージに対してはアタシが知ってる部長の中ではまともだし。ただ、ロクでもねーことをしてないかは常に見張ってっからな」
「多分、そういう目が機能していなければならないんだろう。長門班を切った以上、やることは決まっている。まずは、明日も何事もないよう注意して、それからだ」
「あ、話は全然変わるんだけどさ」
「どうした」
「ヘッドホンBだったかな? ケーブル断線してたっぽいから絶縁テープでテキトーに応急処置したんだけど、明日1日持てばラッキーってレベルだから機材買い替えの検討ヨロ」
「そうか。白河と小林にも話して検討する。Aの方は大丈夫なのか」
「Aは生きてる」
「なら明日はやれるか」
end.
++++
無事にステージをやれた星ヶ丘大学放送部ですが、まだまだ部長の気は休まらない様子。つばちゃんは構えることに慣れ過ぎているのでごく普通。
部長とは何ぞや、ということを柳井は考えているようです。これまでの放送部では、文化会からも信用されないお飾り的な役職。これからはどうなる。
つばちゃんの秘密のポーチからは絶縁テープなんかも平気で出て来る。ディレクター道具はいろいろ揃っているよ
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