2021(02)

■買い物の罠と反省

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「久し振りに来たなあ。相変わらず凄い人だ」
「今回は会社の関係者しか入れないプレセールだから、本当に良い物が欲しいなら今日が狙い目なんだよ」

 冬振りに大石の会社のファミリーセールにお呼ばれした。ホールにはスポーツブランドの製品が所狭しと並べられていて、これらがかなりのお買い得価格で買えるというセールだ。ワケあり商品ともなるととんでもない割引率になっていて、これを一度覚えると定価で物が買えなくなってしまうんだ。
 本来このセールは土日に開かれるんだけど、社員とその関係者向けに内輪だけのプレセールという物も開かれるそうだ。うちと美奈は今回このプレセールに入れてもらっている。プレセールは一般の人がいないから比較的ゆっくり見られるし、土日には無くなるような本当の目玉商品を狙っていけるとのこと。

「なっちは何を狙って行く感じ?」
「ラッシュガードがあれば嬉しいかなと。日焼けは大敵だからな」
「ああ、そうだよね。それだったらあっちのブランドがいいと思うよ」
「ちょっと見てみるかあ」
「ちなみに、水着なんかは……」
「この会場内には水着もあるけど、海での海水浴と言うよりは競泳とかマリンスポーツに寄ってると思うから、デパートとかの方が好みの物はあると思うよ」

 ちなみに、今度大石の兄さんがやっている店の慰労会というのに呼ばれている。海でバーベキューをやるらしい。接点も何もないうちが呼ばれるのもよくわからなかったんだけど、どうせなら人数の多い方が楽しいからという理由だそうだ。それと、美奈の友達枠として声がかかったようだ。
 ただ、夏の海。しかも日中の砂浜。死ぬ未来しか見えない。日陰から極力出たくないし、UVカットが出来る長袖の服があればそれをずっと羽織っていたい。汗をかいてもサラッとした素材であれば言うことなし。それでもって、動きやすい方がいいし、欲を言えば手を出しやすい値段で来ないかな~と。

「なっち、あっちのハンガーにラッシュガードあるみたいよ」
「ウソ? ああ、これか。うん、さわさわしてて、色もいいな。UVカット率は……ふむ。95%以上か。だったら日焼け止めとの併用でイケるかな」
「菜月は、肌が白いけど……日焼けをすると、赤くなる方…?」
「そうでもないかな。黒くなったと思う。ここ数年そんなに派手に焼けてないから覚えてないな」
「それだけ、対策を…?」
「単純に外に出てないだけ」
「ああ……」
「え、このパーカーいいな。普通に大学行くときにも着れるし。いくらかなー」
「1200円だね。俺の社割があるからさらに2割引きで960円か。元値が12000円+税だから、気に入ったなら買いだね」
「ここまで落ちると普通の服屋で買うより安いんだよなあ……」

 そう、結構な性能の服がその辺の服屋で適当な物を買うより安くなってしまうのが恐ろしいんだ。去年の冬はそれで元値3万オーバーのダウンジャケットを4800円で買ってしまったという。うちは手にしていた黒のラッシュガードを買い物袋にしまい込み、次を狙いに行く。せっかくだし、何かいいTシャツとか無いかな。

「そう言えば、大石は今回控えめだな」
「……確かに……いつもは、もっと見境が……」
「実は、タンスが溢れて部屋がとんでもないことになっちゃったんだよね。それで、朝霞に手伝ってもらって服を1回整理したんだよ」
「そしたら?」
「買うだけ買って着てない服が山ほど出て来てさ。今後も着る予定がないかなってヤツを売ったんだよね。今回は買い方もちょっと気を付けてみようと思っててさ。よっぽどこれっていうの以外には飛び付かないようにしようと」
「なるほど。ちなみに、服は売っていくらになったんだ?」
「リサイクルショップの買取アップキャンペーンと重なってたから、5万円くらいかなあ」
「は!?」
「お店での買い取りで、それは……」
「タグすら切ってないのがたくさんあったからねー。それに、ここに並んでるブランドは何だかんだ人気だから」

 そう言いながら大石はカジュアルな水着を見ている。太いピッチのボーダー柄の物だ。これは買っとこうと袋の中に入れてる姿からは、反省とは一体何だったのかと思わざるを得ないんだけど。でも、いつもは最初からパンパンになってる袋がまだぺたんこな辺り、反省はしてるんだろうな。

「あっ」
「菜月…?」
「あのジャージ? かわいい! 色合いが好き! えー、欲しい~、いくらー? 6200円!」
「4960円だね。元値が16000円で」
「うわっ、買う。えー、何色にしよう~! これは今じゃなくて、着るなら秋以降だな」

 少し分厚めのジャージっぽい、トレーニングウェア的な感じで、ツートンカラーでパキッと色が分かれたパーカーがすごくかわいい。上が黒で下が何色かバリエーションがあるんだよな。赤、青、黄色、それからグレーのものが吊り下がっている。そしてうちにはある癖があったんだ。

「……菜月は、本当に好きな服は、確か……色違いで……」
「何着も買う」
「……これは…?」
「青と黄色とグレーは欲しい」
「3着で14880円だから、元値よりは安いけどね」
「え、買う!」
「なっち、予算は大丈夫?」
「今回はそれなりに用意して来てるから、もう少し買い物出来るぞ!」
「……私は、このTシャツを……」
「あっ、うちもTシャツ欲しいんだった」
「俺もTシャツ買おうかなあ」

 あー、ここは本当に怖い現場なんだよなあ。でも、袋の中でキープして、また考えることは出来るから。会計するまでならまだハンガーにも戻せるから。後からまた熟考すればいいんだ。勢いで買い物して後から困った経験はいくらでもある。反省は生かされている。


end.


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そう言えば菜月さんは美奈から夏の海に誘われてたなあと思った。この辺の件、去年は洋朝強めにやってたよね。
菜月さんはお金を持っていると持っているだけ使ってしまうので、予算を低めに設定する方が買い過ぎを防げていいんだとは思うけど。しかしどうして金を持っている
ちーちゃんの反省がいつまで続くかわからんし、ここでお金を使わなかったとしても温泉旅行には行くから使う金額自体は今までと一緒。使い方を変えたとも言う。

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