2021(02)

■物事の理

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「宇部サン、ちょっと付き合ってよ」
「どこに付き合えばいいのかしら」
「玄、だと洋平がいるしなー……どーすっかな」
「人払いをした上で飲みながら話したい事でもあるのかしら」
「そーゆーコト。やっぱアンタ物分かりいいね」

 長い日が落ちようとしていた頃、文化会監査としての仕事を片付けた私は、そろそろ帰ろうと重厚なドアの鍵を閉める。部屋の外には戸田さん。どうやら私を出待ちしていたらしい。人払いをした上で敢えて私と話したいことがあるというのは、放送部の暗部に関わることだと考えるのが妥当。
 適当な飲み屋の暖簾を潜り、生中を注文。私の知る限り、朝霞や洋平の活動範囲にはない店だし、ここなら放送部関係の人が来ることもそうそうないだろうと考える。改まってしたい話というのも何となく想像は付くけれど、彼女は彼女なりに思うところがあるはずで。放送部OBとして、そして文化会監査としての仕事なのかもしれない。

「班長会議で柳井が言ってたわ、長門班を班ごと潰したって」
「そう。やったのね」
「高萩は彩人の件だけでも十分やれたらしいけど、他の連中も真っ黒だったそうじゃん。で? アンタが部の監査時代に集めてた証拠を突きつけてやったってさ」
「班ごと潰すのであれば、あれを使わないと不可能だったでしょうね」
「アンタ、日高の右腕の振りをしながら何をどんだけ集めてたんだ」
「柳井には言ったけれど、旧日高班を良くて全員停学処分に出来る程度の情報よ」
「良くて停学か。証拠を残すとか、随分甘いコトやってたんだね」
「それから、部長に対する監督責任という意味での処分が下るか、最悪放送部全体に対する処分も覚悟しなさいとは伝えたわ」
「それはアタシも柳井から聞いた」
「そう。粗方聞いているのね」
「ほら、アタシってただの第三者じゃないじゃん?」
「そうね」

 高萩麗による強制わいせつに始まったこの度のことで、私も文化会の幹部として裏で働いていた。私が過去に集めていた情報を柳井が学生課に持ち込んだ際に、私も文化会の代表として学生課と話をする中で、放送部のOBであるということでより詳細な事情聴取をされたり。
 戸田さんがただの第三者でないというのは、件の被害者である谷本君を抱える班の班長であるということ。それから、かつて私が集めていた旧日高班の悪行の証拠、蛮行とも言えるそれが向けられる対象は、旧朝霞班。彼女が当時の越谷班に島流しにされた経緯からしても、戸田さんは1年生の頃からこの部の不条理と戦い続けている。

「ちなみにだけどさ、どんな悪行があったの? チラッとでいいから聞かせてよ」
「そうね。去年のことであればあなたも当事者で、被害者だものね」
「あー、そっち系ね」
「ええ。例えば、朝霞が熱中症で倒れた件にしても日高の尺金だし、朝霞班のブースに忍び込んで小道具を破壊したのもそう。それからステージの台本の盗用に、須賀さんの持ち物を盗んでその罪を朝霞に着せようともしていたわ。それから大学祭のステージでは朝霞の目にレーザーポインターを――」
「あー、もういいわ。あったねそんなことも。つかそんだけされてよく生きてたなあの人」
「私もそう思うわ」

 朝霞班に対する妨害工作以外にも、旧日高班の数え切れない悪行はファイルに積み重なっている。朝霞班に対する妨害を連ねただけでも戸田さんは呆れたような顔をしているし、その他の悪行をつらつらと唱えたら彼女は激怒するか、呆れを通り越して笑うかのどちらかでしょうね。

「あのさ宇部サン」
「何?」
「柳井にも言ってたんだけど、仮に今回のことで放送部が部としての活動を禁じられるとするじゃん。その可能性はあるんだよね?」
「ええ。十分にあるわ」
「もし部活動禁止処分とかになったら、インターフェイスの活動には参加出来んのかってのをアタシは心配しててさ。去年朝霞サンはアンタに謹慎食らった状態でファンフェスに出てたけど、今回処分があるとすれば大学からだから、あの時とは違うって柳井は言ってた」
「その辺りの線引きは正直とても難しいところではあるわ。だけど、全く手段がないこともないの」
「え、法の抜け道的なモンがあんの」
「星ヶ丘大学放送部としては参加出来ないけれども、身の潔白が証明されている人間に関しては個人としての参加を認める。そういう方向に持って行くことが出来れば、インターフェイスの活動に参加することは出来るわね」
「あーね」
「学生課がそれでもダメだと言えば、部費が減額されるのを覚悟でその期間中は籍を抜くとか。本当にやりたいのであれば、どうとでもなるわよ」
「オッケ。そーゆーコトね」

 ステージのことは諦めていないけれど、大学からの処分如何ではもしもがあるかもしれない。そういう覚悟は柳井も、そして戸田さんも持っている。戸田さんは自分のステージだけでなくインターフェイスのことも考えていて、その活動に関わる人への影響を最小限に抑えるのが自分の仕事だと認識しているよう。

「ちなみにだけどさ、インターフェイスの現場でやらかしたら一発アウトになり得る?」
「それは、トラブルの程度と報告の仕方次第ね。去年のあなたのように、早々からバトルします宣言でもあれば監査が判断出来るけれど、急なトラブルだと対策委員への事情聴取は不可避よ。まあ、よほど人が死んだとかでなければ処分されたとしても部内のレベルでしょう」
「部レベルならどうとでもなるな。どーも」
「いえ、私は法の専門家ではないわよ」
「アンタがそう言ってたって言えば、ブレザーにビビってるヘタレを攻めやすくなんだよ」


end.


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そーいやつばちゃんは早い段階で三井サンとやり合うって宣言してたんでしたね。で、それを宇部Pも了承しました。
長門班が班ごとぶっ潰されて一安心、というワケではなく、むしろここからが正念場であるとつばちゃんはわかっています。だから聞ける話は聞いておく。
ちな朝霞班に対する妨害工作で件のファイルの一項目になるくらいなので、それはもう数え切れないくらい事案があって、宇部Pはそれを横で聞いてたんですね

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