2021(02)

■生活の断面

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「あっ、北星ー! お待たせー!」
「くるちゃ~ん。来てくれてありがと~」

 班打ち合わせのときに貸したハンカチを返したいからって北星から連絡が入った。そう言えばそんなこともあったっけと思っていついつならいいよーと返信をした。別に急いでもなかったし、そもそもあたしもちょっと忘れてたからね。次の打ち合わせの時でも良かったんだけど、わざわざ返したいって連絡をくれるのも律儀だよね。
 北星は青浪敬愛大学のミキサーで、背がすっごく高くて、ササより大きいんじゃないかな。目元まで覆いそうなウェーブがかった真っ黒の髪が印象的で、クールな子なのかなって思ったら、実際は結構のんびりした子でびっくりしたよね。寝ぼけてコーヒーカップで溺れかけるんだもん。

「これ~。ハンカチ~。ありがと~」
「わざわざありがとう! あれから服、シミにならなかった?」
「こないだコーヒーこぼしたところ~、多分、この辺だったと思うんだけど~。帰ってから、教えてもらった通りにちゃんと洗濯して~」
「うんうん、真っ白だね!」

 北星がコーヒーカップで溺れかけて服にシミを付けちゃったんだよね。それをハンカチでトントンしてあげて。それで現在に至ってるって感じ。真っ白な服だったから、ちょっとでも茶色のシミが残っちゃうと残念だもんね。今日着て来てるのは、こないだと同じ白い服。今見せてもらった感じでは、バッチリ真っ白。

「えっ、えっと~、せっかくだし~、どこか、カフェにでも行く~?」
「そうだね!」

 北星はカフェに対するこだわりがないっぽいから、適当に目についたカフェに入る。出来ればあんまり入ったことのないカフェがいいなーと思う。お店によって雰囲気もドリンクもケーキも全然違うもんね。スイーツブロガーとしては、やっぱりケーキを食べたいよね。まあ、あたしの専門ってコンビニスイーツなんだけど。

「このカフェに入ろう!」
「いいよ~。2人です~」
「すぐ入れそうで良かったね!」
「そうだね~。はい、そっちにどうぞ~」
「ありがとう」
「これ~、メニュー」
「一緒に見ようよ」
「ありがと~」

 メニュー表を横にして、何を頼むか一緒に決める。北星は本日のブレンドコーヒーで、あたしはカフェオレと白桃のミルフィーユ。こないだの打ち合わせのときにも食べたんだけど、チェーンのコーヒーショップとそうじゃないカフェでどう違うのかっていうのを比べてみたかったんだよね。
 注文をして少ししたらもう頼んだ物が来て、それを食べたり飲んだりしながらいろんなことを話す。あれから北星がどんな風におうちで洗濯をしたのかとか、こないだの顔合わせの感想だとか。夏合宿楽しみだねーって。同じ1年のミキサーだし、仲良くなっておきたいよね。

「くるちゃんて~、どんなケーキが好きなの~?」
「どんなケーキでも美味しく食べちゃうんだけど、どんなのが好きかな~……割り甲斐があるのが好きかなあ」
「割り甲斐~?」
「あっ。あたしね、趣味でスイーツの断面動画を撮ってるんだ」
「スイーツの断面の動画? 気になるな」
「コンビニスイーツの新作が出る度に包丁で切った断面をスマホで撮影して、その動画をブログに載せてるんだ」
「見せてもらうことって出来る?」
「いいよ。ちょっと待ってね。はいどうぞ」
「ありがとう」

 ブログに載せてる動画を入れてるフォルダを表示して、スマホを北星に渡す。動画の話になった途端、北星の目の色とか声、話し方からして全然別人みたいになった気がする。1分もない動画も多いんだけど、それをひとつづつ、じーっと見てる。
 奈々先輩が青敬の先輩から聞いてきたっていう話では、北星は映像編集の技術がサークルの中でも頭一つ二つ抜けているんだって。だけど、興味関心だとか生活の比重を映像制作ばっかりに置いていて、日常生活は結構ぼや~っとしてるタイプなんだとか。
 確かに今まで話した感じでも、コーヒーで溺れるくらいだしぼや~っとしてる感じの子だなって感じはした。だけど、ただ趣味で撮ってるだけのあたしの動画ですらも、すっごく真剣に見てるんだ。それだけ映像に対する興味が強いんだね。

「これ、何テイクくらい撮ってる?」
「最低2回。最近は割るコツも大分わかって来たから1回で決められるようになってきて。あっ、冷蔵の状態で1回と、クリームとかが垂れないように、少し凍らせたので1回撮ってるんだ」
「これは、編集とかも全部スマホで?」
「そうだよ。あっそうだ、北星に聞いてもいい?」
「いいよ」
「これ全部スマホで撮ってるんだけど、イマイチこう、バシッと決まらないと言うか。どうしたらいいかなあ?」
「あー……ごめん、スマホで撮影することがほとんどないからすぐには答えられない」
「そうだよね。ごめんね、専門で勉強してる子にそんなこと聞いて」
「ちょっと待って。次会う時までに、スマホでの撮影も勉強する。くるちゃんに満足してもらえる答えに近付きたい。だから、ちょっと時間を下さい」
「わざわざ、そんなの」
「洗濯の仕方を教えてもらった、お返し……で、いいかな~…?」
「うん! あたしも自分でいろいろ調べて頑張ってみるね!」

 帰ってから研究に忙しいな、と北星はあたしのブログのURLをメモする。まさかブログを見ながら解析とか分析とか、そういうことから始めるのかな。でも、わざわざ勉強をするって。映像に対する興味関心の強さだけじゃなくて、元々が誠実なタイプなのかな。

「は~。頭使った~」
「北星、大丈夫? またコーヒーで溺れないでね」


end.


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去年はこの光景を尾行しているあやめと当麻雨竜の話でしたが、今回は現場からお送りしています。
このデート(?)に向けて当麻からいろいろ仕込まれてるんだろうなと思うとその光景もなかなか気になるところ。いい印象付けのための対応など。
ここからくるちゃんと北星の映像道じゃないけど、二人三脚でのあれこれが始まって行くんですね。これからどうなるのかな。

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