2021
■冷やし中華はじめました
++++
「いつも思うけどさ、エイジってマメだよね」
「まあ、マメなトコはあるかもしんねーな。何でもきちっとしてないとイライラするし」
「そうだろうね」
遊びに来ているエイジが夕飯の支度をする背中側、バスルームで俺は空のペットボトルの片付けをさせられていた。空になったペットボトルは傘立て代わりにしているバケツに放り込んでるんだけど、これが溢れに溢れて台所を埋め尽くす頃にエイジが激怒する。
台所とかの水回りに関しては、今では家主の俺以上に物の場所や何かを把握しているし、たまに俺の知らない洗剤に変わってたり漂白剤が増えてたりするから、それはエイジが持ち込んだんだろうなと納得をしてそのまま受け入れている。
最初は一宿一飯の恩義という形で使った食器を洗ってくれる程度のところから始まってたんだけど、元々が神経質な気質だから、俺のだらしない生活を見るに見かねて自分で掃除や洗濯を始めちゃったんだよね。で、だんだんそれが大がかりになってきて。
「よーし、薄焼き卵完璧だべ!」
「おー、すごいねえ」
「やっぱ冷やし中華には薄焼き卵だっていう」
「何かすごい具沢山になりそうな感じだね」
「うちじゃ冷やし中華っていう体の冷製サラダみたいな感じで、具の方が多かったかもしんないな」
「へえ、そうなんだ。うちはどうだったかなあ。でも、よくある普通の冷やし中華って感じかな」
今エイジが用意してくれているのは茹でた豚肉にキュウリ、もやし、ハムにカニカマ、それからエイジお手製薄焼き卵。さらにエイジはトマトも乗せるから、それこそ本当に冷しゃぶサラダって感じでがっつり食べるなあと。俺はトマトが嫌いだから辞退してるけど。
「肉じゃがやカレーの肉には地域差があるって言うけど、冷やし中華の具に地域差があるって話は聞いたことがないべ」
「へえ、そうなんだ。えっ、エイジ、カレーの肉って何肉?」
「うちは豚肉だべ」
「うちは牛肉だったなあ」
「えっ、贅沢じゃね?」
「こっちじゃ割と普通だったよ」
「出汁の濃口薄口とか豚汁を“とんじる”って読むか“ぶたじる”って読むかの境界線とかは東西で結構分かれるらしいけど、たまに飛び地になってたり独特の文化圏が発生したりするから、食に限らず文化圏、言語圏ってのは面白いべ」
今アクティブに活動してるMBCC2年の4人は全員出身地が違うから、たまに4人でご飯を食べながら話をしてても地元の常識が全然通用しなかったりする。それで毎回ケンカになったり感心したり忙しい。特に言葉の文化圏や方言に興味があるエイジは楽しそうにしてる。
「なあ高木見てくれよこれ。完璧じゃね?」
「すごいね。お店で食べたら1000円は行きそうな高級冷やし中華だよ」
「だべな。会心の出来だ。記念に写真撮っとこう」
「珍しいね、エイジが作った物の写真撮るとか」
「よーし出来た。メシにするべ。お前も自分の運んでくれ」
「はーい」
やっぱり、結構なボリュームの冷やし中華だなと思う。タレを回し掛けて、いただきます。そしてエイジはここにマヨネーズをかける。俺には少し理解出来ないんだけど、冷やし中華にマヨネーズをかける文化圏というのも存在するらしい。
「あー、余計なことしてないから当たり前だけどうめー!」
「うん、美味しいです」
「つかこの皿が冷やし中華にジャストフィットなんだよな。デカ過ぎず小さすぎず、でも汁物を入れても大丈夫な適度な深さもあって。この皿いつからあった?」
「それは今年のパンまつりの皿だね。例によって果林先輩が何枚かくれたんだよ」
「ああ、それか」
「自分だけじゃなかなかたまらないしね。ランチパックはたまに食べるけど、ランチパックは得点効率があんまり良くないっていう話は聞いたことがある」
「効率とかあんのか」
「端数が大きいんだって。パンまつりガチ勢みたいな人が調べたっていう記事を見たことがある」
「まあ、あの人には効率もクソもないっていう」
「そうだよねえ」
これぞ恩恵ってヤツなんだろうな。パスタを食べるのにもピッタリだし、エイジが気付いてないだけで実は結構なヘビロテ皿に既になってたもんね。知らないで使ってたんだよね。
「そーいや夏合宿の顔合わせどーだったよ」
「まあ、何とか回りそうかな。男子メインの班で実は俺もちょっと気が楽と言うか。1年生もみんないい子で落ち着いてるし。エイジは?」
「ウチはも~う、どいつもこいつもうっせーわうっせーわ。猛獣使いか何かになった気分だっていう」
「あはは。各大学の元気な子が集められた班だもんね」
「まあ、ハナの話を聞いた後じゃ俺の悩みなんかすげー贅沢だなと思うべ。何だかんだアイツらはやる気はあるんだ、空回ってるだけで」
「え、ハナちゃん結構大変な感じ?」
「ここだけの話なんだけど、難アリな奴を引いたらしい。ハナは既にブチ切れてるからな。まあ、元々短気な奴ではあるけど」
「ああそう。なかなか一筋縄ではいかなさそうだね」
エイジが聞いたハナちゃんの話は、既に結構壮絶って感じだった。火花がバチバチ飛んでるなあと。そんな班にいるサキのことがちょっと心配ではあるけど、サキなら危ないところには不用意には近付かないと思うから、そこは信じよう。
「お前メシ食い終わったら洗ったボトル捨てに行けよ」
「え~」
「マンションの下に降りるだけなのにここまで溜める方が異常なんだべ! わかったらさっさと食って捨てに行け!」
end.
++++
フェーズ2になって、エイジの料理も少し上達しているようです。冷やし中華はじめました。
壮平も含めたMBCC2年生たちはみんな出身地が違うので、いつだって地方ごとのギャップに驚いています。
ハナちゃんの話もちらり。ハナちゃんが「ねー聞いてよしょぼんなんだけどー!」ってやりやすいのはやっぱエイジか
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「いつも思うけどさ、エイジってマメだよね」
「まあ、マメなトコはあるかもしんねーな。何でもきちっとしてないとイライラするし」
「そうだろうね」
遊びに来ているエイジが夕飯の支度をする背中側、バスルームで俺は空のペットボトルの片付けをさせられていた。空になったペットボトルは傘立て代わりにしているバケツに放り込んでるんだけど、これが溢れに溢れて台所を埋め尽くす頃にエイジが激怒する。
台所とかの水回りに関しては、今では家主の俺以上に物の場所や何かを把握しているし、たまに俺の知らない洗剤に変わってたり漂白剤が増えてたりするから、それはエイジが持ち込んだんだろうなと納得をしてそのまま受け入れている。
最初は一宿一飯の恩義という形で使った食器を洗ってくれる程度のところから始まってたんだけど、元々が神経質な気質だから、俺のだらしない生活を見るに見かねて自分で掃除や洗濯を始めちゃったんだよね。で、だんだんそれが大がかりになってきて。
「よーし、薄焼き卵完璧だべ!」
「おー、すごいねえ」
「やっぱ冷やし中華には薄焼き卵だっていう」
「何かすごい具沢山になりそうな感じだね」
「うちじゃ冷やし中華っていう体の冷製サラダみたいな感じで、具の方が多かったかもしんないな」
「へえ、そうなんだ。うちはどうだったかなあ。でも、よくある普通の冷やし中華って感じかな」
今エイジが用意してくれているのは茹でた豚肉にキュウリ、もやし、ハムにカニカマ、それからエイジお手製薄焼き卵。さらにエイジはトマトも乗せるから、それこそ本当に冷しゃぶサラダって感じでがっつり食べるなあと。俺はトマトが嫌いだから辞退してるけど。
「肉じゃがやカレーの肉には地域差があるって言うけど、冷やし中華の具に地域差があるって話は聞いたことがないべ」
「へえ、そうなんだ。えっ、エイジ、カレーの肉って何肉?」
「うちは豚肉だべ」
「うちは牛肉だったなあ」
「えっ、贅沢じゃね?」
「こっちじゃ割と普通だったよ」
「出汁の濃口薄口とか豚汁を“とんじる”って読むか“ぶたじる”って読むかの境界線とかは東西で結構分かれるらしいけど、たまに飛び地になってたり独特の文化圏が発生したりするから、食に限らず文化圏、言語圏ってのは面白いべ」
今アクティブに活動してるMBCC2年の4人は全員出身地が違うから、たまに4人でご飯を食べながら話をしてても地元の常識が全然通用しなかったりする。それで毎回ケンカになったり感心したり忙しい。特に言葉の文化圏や方言に興味があるエイジは楽しそうにしてる。
「なあ高木見てくれよこれ。完璧じゃね?」
「すごいね。お店で食べたら1000円は行きそうな高級冷やし中華だよ」
「だべな。会心の出来だ。記念に写真撮っとこう」
「珍しいね、エイジが作った物の写真撮るとか」
「よーし出来た。メシにするべ。お前も自分の運んでくれ」
「はーい」
やっぱり、結構なボリュームの冷やし中華だなと思う。タレを回し掛けて、いただきます。そしてエイジはここにマヨネーズをかける。俺には少し理解出来ないんだけど、冷やし中華にマヨネーズをかける文化圏というのも存在するらしい。
「あー、余計なことしてないから当たり前だけどうめー!」
「うん、美味しいです」
「つかこの皿が冷やし中華にジャストフィットなんだよな。デカ過ぎず小さすぎず、でも汁物を入れても大丈夫な適度な深さもあって。この皿いつからあった?」
「それは今年のパンまつりの皿だね。例によって果林先輩が何枚かくれたんだよ」
「ああ、それか」
「自分だけじゃなかなかたまらないしね。ランチパックはたまに食べるけど、ランチパックは得点効率があんまり良くないっていう話は聞いたことがある」
「効率とかあんのか」
「端数が大きいんだって。パンまつりガチ勢みたいな人が調べたっていう記事を見たことがある」
「まあ、あの人には効率もクソもないっていう」
「そうだよねえ」
これぞ恩恵ってヤツなんだろうな。パスタを食べるのにもピッタリだし、エイジが気付いてないだけで実は結構なヘビロテ皿に既になってたもんね。知らないで使ってたんだよね。
「そーいや夏合宿の顔合わせどーだったよ」
「まあ、何とか回りそうかな。男子メインの班で実は俺もちょっと気が楽と言うか。1年生もみんないい子で落ち着いてるし。エイジは?」
「ウチはも~う、どいつもこいつもうっせーわうっせーわ。猛獣使いか何かになった気分だっていう」
「あはは。各大学の元気な子が集められた班だもんね」
「まあ、ハナの話を聞いた後じゃ俺の悩みなんかすげー贅沢だなと思うべ。何だかんだアイツらはやる気はあるんだ、空回ってるだけで」
「え、ハナちゃん結構大変な感じ?」
「ここだけの話なんだけど、難アリな奴を引いたらしい。ハナは既にブチ切れてるからな。まあ、元々短気な奴ではあるけど」
「ああそう。なかなか一筋縄ではいかなさそうだね」
エイジが聞いたハナちゃんの話は、既に結構壮絶って感じだった。火花がバチバチ飛んでるなあと。そんな班にいるサキのことがちょっと心配ではあるけど、サキなら危ないところには不用意には近付かないと思うから、そこは信じよう。
「お前メシ食い終わったら洗ったボトル捨てに行けよ」
「え~」
「マンションの下に降りるだけなのにここまで溜める方が異常なんだべ! わかったらさっさと食って捨てに行け!」
end.
++++
フェーズ2になって、エイジの料理も少し上達しているようです。冷やし中華はじめました。
壮平も含めたMBCC2年生たちはみんな出身地が違うので、いつだって地方ごとのギャップに驚いています。
ハナちゃんの話もちらり。ハナちゃんが「ねー聞いてよしょぼんなんだけどー!」ってやりやすいのはやっぱエイジか
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