2021

■乾杯の予行演習

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「ういーす。彩人、やってる?」
「どーもっす。2年生の先輩はもうちょっとかかるそうっす」
「はいどーも。そしたら乾杯の練習でもしとこうか」

 戸田さんが「話がある」と言うので俺の部屋に集合することになった。土曜日だし、俺の部屋の方が他に誰もいないことが確定してるし。せっかく大学じゃない場所なので、普通に遊びに来るノリで飲み食いする物でも持ち寄ったらいいんじゃないと、軽いパーティーの様相だ。
 如何せん、俺が言うのも難だけどここ最近の戸田班は空気が重苦しかった。何か行動するときは必ず2人以上で動けとか、ケーサツのエライ所が出してる公式のアプリをダウンロードして、防犯ブザーをいつでも使えるようにしておけとか、なかなかに物騒な感じになっている。
 俺を襲って来たあの女に関しては、部長が一旦謹慎処分にしてくれたそうだ。だけど、アイツがいる長門班ってのがそもそも超絶ブラックな班らしく、その残党に戸田班はどこから斬り付けられるかわからない。戸田さんとゴローさんは慣れてるみたいなのがまた怖いし、まだまだ警戒は続く。

「じゃーん。6人くらいだったらたまには贅沢してもいいっしょ?」
「おおー! 戸田さんめっちゃ奮発しましたねー! えっ、こういうピザってめっちゃ高くないっすか!?」
「テイクアウトで半額だから言うほどだよ。アタシもこんなのなかなか食べないからさ、選ぶの楽しかったよね」

 原付で来てなかったら間違いなくる~び~だったね、と戸田さんは少し悔しそうにしているけど、冷蔵庫にはみちるの持って来てくれた炭酸のジュースがある。ジンジャーエールとキリンレモンだ。甘ったるいと言うよりはシャキッとしたタイプの炭酸だな。みちるのセンスが光る。

「そーだアンタら、火曜日の夜空けといてね」
「火曜日ですか? えっと、カレンダーカレンダー……今のところ大丈夫ですね」
「俺も大丈夫っす」
「私も」
「何があるんすか?」
「ステージバカの朝霞サンの話は何遍かしてると思うけど、あの人主催で洋平の誕生会ってのをやるんだって。ああ、洋平ってのは戸田班になる前の、朝霞班でアナウンサーやってたバカのことなんだけど。朝霞サンから戸田班で招集かかってるから来てよ。洋平がバイトしてる居酒屋貸し切ってパーティーやるらしいから」
「へー、店を貸し切るとかなかなか派手なパーティーっすね」
「そーゆーコトだからよろしく。酒が飲めなくてもフツーにご飯も美味しいし。晩ご飯食べに行く感覚でいてよ」

 何でも、朝霞さんはこのパーティーをサプライズでやろうとしているらしく、何かが間違って洋平さんという人にはこの企画のことが伝わらないようにしてくれと厳重に言われているそうだ。でも、店を貸し切るレベルのパーティーだし、結構な人数に声かかってんだよな。みんなに黙っとけって念を押すのは難しそうだ。
 確かに、パーティーの話はチラッと聞いていた。朝霞さんが練習している手作りケーキの消費を手伝わされたからだ。直径12センチであまり大きくはないケーキなんだけど、これをひたすら反復練習しているとかで、この頃は主食がケーキになりつつあるそうだ。このサプライズにめちゃくちゃ情熱を傾けているらしいことはわかる。

「私、居酒屋に行くの初めてだ」
「私も初めて」
「俺も」
「何だ、アンタらの居酒屋デビューでもあんだね。そりゃめでたい。あ、ムリヤリ飲む必要はないからね」
「まあでも、飯が美味いなら全然」

 俺は今年19歳で、まだ居酒屋なんか行ったことがない。人によっては家族での外食先が居酒屋だったりしたらしいんだけど、俺はそんなことも全然なく。大学生にもなるとこういうのも増えて来るんだなーと、ちょっとウキウキしている。酒自体は少し飲んだことがあるけど、まあまあイケそうではあるし。

「私は普通に家でも飲んでますから、お店でもこっそり飲もうかと」
「何だみちる、酒飲みだったんだ」
「軽く嗜む程度ですけど」
「海月は? 飲酒経験は」
「高校を卒業した時に、友達の家で缶チューハイを飲んだくらいです」
「いいねえ健全健全。彩人は?」
「普通に昨日朝霞さんと飯食いながら飲んでました」
「へえ。朝霞サンとサシメシか。どこ行ったの?」
「や、ここでっす。朝霞サンがチンジャオロースー作ってくれて、白飯と、ビールと」
「あ~、間違いない! る~び~との相性の事に関してはわかってんだよなーあの人! てかあの人料理すんだね! レアだよレア。普段全然やんない人だから」
「あ、やっぱそうなんすね」
「見てわかるレベルだった?」
「本人があんまやんないって言ってたのもあるんすけど、ピーマンの太さがバラバラだったり肉が繋がってたりしてましたね。まあ、左利き用の包丁じゃないんで使いにくいってのもあったんじゃないっすかね。味自体は素を使ってるんでフツーに美味かったっす」

 多分、ああいうことがあった後だから俺のことを元気づけようとしてくれてたのかな、とは何となく察したし。1人になると少し不安になるって話してたから。今もこうやってうちでみんなでっていう時間が凄く安心する。

「あっ」
「彩人、誰か来たよ」
「2年生の先輩かな。ああ、そうだ。どうもー」
「すみませーん、遅れましたー」
「差し入れですよ。彩人、シュークリームだから冷蔵庫に入れさせてくださいです」
「あざーっす。じゃ、お預かりします」
「そしたらゲンゴローとマリンも来て戸田班揃ったし、乾杯でもしますか!」


end.


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洋平誕のサプライズパーティーにお呼ばれした戸田班だったけど、そういう話をいつしてたのかなってちょっと思った。殺伐としてるからね
ピザとジュースで乾杯という、戸田班としてはなかなか健全な乾杯。1年生はこれから居酒屋デビューをする様子。
Pさんのチンジャオロースー。きっとやまよでも食べたことはないだろうから、その話を聞いたらわーわー騒ぎ出すだろうなあ

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