2021
■信頼に足る班長
++++
インターホンが鳴って、向こうにいる人をまず確かめる。相手を確認して玄関のドアを開ければ、その人は買い物した袋を下げて「よう」と軽快な挨拶をしてくれる。これは隣……壁ドンしてた方の部屋に住んでいる朝霞さんという4年生の先輩で、戸田班が今の戸田班になる前の、朝霞班でプロデューサーをしていた人だ。
ああいうことがあった後に戸田さんに家まで送ってもらって、隣が朝霞さんの部屋だと教えてもらった。家の鍵はかけたけど1人だと猛烈な不安に襲われて、気付いた時には隣のインターホンを鳴らしていた。朝霞さんという人の話は戸田さんやゴローさんから聞いていたから、初対面っていう感じはしなかった。
「彩人、気分はどうだ? よかったら飲みながら飯でも食わないか? 材料買って来たから作るし」
「いいっすね。何作ってくれるんすか?」
「日野からピーマンをもらったから、チンジャオロースーとかどうだ」
「おっ、好きっすよチンジャオロースー」
「白い飯だけあると嬉しいけど」
「そしたら炊きますよ」
炊飯器をセットして、そのまま風呂場のへりに座って朝霞さんの調理の様子を眺める。あんまり普段やってる感じじゃないなというのが手つきからわかる。まだ俺の方が自炊してるんじゃないかって気がする。まあ、せっかくなので先輩の厚意に甘えることに。
「ビールだけちょっと冷やさせてな」
「はーい」
こないだは朝霞さんの部屋でお茶をごちそうになりながら、いろいろなことを話した。戸田班ではどんなことをしているのかとか、高校のときの話とか。お茶の話から同郷だっていうことがわかったんだ。それからは一気に距離が縮まった感がある。
それからお互いの存在を認知していた最大のポイントが、騒音問題。これについては朝霞さんからも謝罪をもらって、こっちも最近はちょっと静かになってたなーと思ってたのに壁ドンしまくっててすんませんでしたとこの件に関しては和解。
「うーん。ピーマンを切っただけでわかるぞ。我ながら下手くそだな」
「確かに大きさはバラバラっすけど、濃い味だからあんま影響はないんじゃないすか?」
「買ったり外で食うことが多いから、あんま自炊ってしないんだよな」
「まあ、それで間に合いますもんね」
「だからわざわざ左利き用の包丁ってのも用意してなくて」
「朝霞さん左利きなんすね。あー、それでか」
「ん?」
「いや、昨日部屋に行ったときに、あのギター? ちょっと違和感があるなーって思って見てたんすけど、レフティなんすね」
「そうそう。厳密には両利きだけど、基本は左を使ってるから」
細く切った材料を炒め始めると、美味そうな匂いが広がって来る。これを白い飯と一緒に食ったらさぞかし美味いだろうな。味に関してはそういう素を使ってるから失敗はまずないし。
「それじゃ、食おうか。いただきます」
「いただきます! やっぱ中華と白い飯は相性最高っすね!」
「そうだな」
食ってる最中の朝霞さんはとにかく静かだなっていう印象だ。一口が長くて、ゆっくりと飯を食う。時折ビールを煽りながら、俺のする話を聞いているっていう感じ。俺の話を聞きながら、飯を食って、微笑んでいる。
「あの、朝霞さん。1コ聞いていいっすか」
「何だ」
「朝霞さんが現役だったときって、妨害? とか、嫌がらせ? みたいなことって、日常茶飯事だったんすか」
「飯のときにする話じゃないな。でも、日常茶飯事だ。油断すると命を取られる。俺たち4人はそういう中でやってきた」
「……やっぱそうなんすね」
「何かあったか? いや、言いにくいなら無理には聞かない。昨日から様子がおかしかったし、只事じゃないなとは思っていたけど」
「……や、まあ、何と言うか――」
俺の身にあったことを朝霞さんに包み隠さず話した。男の俺が女に襲われてヤられかけたってのは、普通に考えておかしいっつーか、逆じゃねーかと思われても仕方ない。だけど誰にやられたかを聞いて朝霞さんはアイツならやるだろうなと納得した様子。やっぱ危ない人だったんだなと。
「まあ、何だ。今もしんどいだろうに、よく話してくれたな」
「朝霞さんだからっすよ。戸田さんがあんだけ信頼してる前の班長でプロデューサーだからっす。あと、同郷ってわかって親近感もちょっと」
「こうやって実際仕掛けて来られて、戸田の頭に血が上ってないかが心配だな。アイツは血気盛んな奴だから、最悪手が出かねない」
「昨日、文化会のすげー部屋に俺のことを迎えに来てくれたときは、まあ、怒ってる感じはあったっすけど、普通の範疇かなとは」
「文化会? 文化会の世話になったのか」
「監査の宇部さんっていう人が俺を見つけてくれて、保護してくれたんす」
「……そうか、宇部が。発見してくれた相手が良かったな」
「はい」
「何にせよ、他の班員も心配だな」
そう、それなんだよな。戸田さんやゴローさんはそういうことにも慣れてるっぽいけど、特に海月とみちるが心配だ。こないだ戸田さんが話してくれた“流刑地”やらの実態ってのは決して大袈裟でも何でもなかったんだと。
「ちなみに、戸田さんってどれくらい血気盛んだったんすか?」
「当時の戸田は幹部や権威に対する憎しみがとにかく強い奴で、いつでも連中を刺す準備は出来てるっつってディレクター道具の刃物を研いでるような奴だったな」
「えっ」
「いや、実際には刺してないぞ?」
「そりゃそーすよ」
end.
++++
昔のつばちゃんは確かに血気盛んでちょっと危なっかしいところがある子だったけど、あの夏合宿を経て3年生になって、少しは落ち着いたんだぞ朝霞P!
ピーマンの時期には少し早そうだけど、一応6月にもちょっとは採れるらしいんでセーフ。Pさんに料理をして欲しかったんや。めずらっし。
ただ、つばちゃんが落ち着いたのはよかったけど、その穴(?)を埋めるように、今は大人しくしてるみちるが入って来たのでやはり物騒なくらいで丁度いい。
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インターホンが鳴って、向こうにいる人をまず確かめる。相手を確認して玄関のドアを開ければ、その人は買い物した袋を下げて「よう」と軽快な挨拶をしてくれる。これは隣……壁ドンしてた方の部屋に住んでいる朝霞さんという4年生の先輩で、戸田班が今の戸田班になる前の、朝霞班でプロデューサーをしていた人だ。
ああいうことがあった後に戸田さんに家まで送ってもらって、隣が朝霞さんの部屋だと教えてもらった。家の鍵はかけたけど1人だと猛烈な不安に襲われて、気付いた時には隣のインターホンを鳴らしていた。朝霞さんという人の話は戸田さんやゴローさんから聞いていたから、初対面っていう感じはしなかった。
「彩人、気分はどうだ? よかったら飲みながら飯でも食わないか? 材料買って来たから作るし」
「いいっすね。何作ってくれるんすか?」
「日野からピーマンをもらったから、チンジャオロースーとかどうだ」
「おっ、好きっすよチンジャオロースー」
「白い飯だけあると嬉しいけど」
「そしたら炊きますよ」
炊飯器をセットして、そのまま風呂場のへりに座って朝霞さんの調理の様子を眺める。あんまり普段やってる感じじゃないなというのが手つきからわかる。まだ俺の方が自炊してるんじゃないかって気がする。まあ、せっかくなので先輩の厚意に甘えることに。
「ビールだけちょっと冷やさせてな」
「はーい」
こないだは朝霞さんの部屋でお茶をごちそうになりながら、いろいろなことを話した。戸田班ではどんなことをしているのかとか、高校のときの話とか。お茶の話から同郷だっていうことがわかったんだ。それからは一気に距離が縮まった感がある。
それからお互いの存在を認知していた最大のポイントが、騒音問題。これについては朝霞さんからも謝罪をもらって、こっちも最近はちょっと静かになってたなーと思ってたのに壁ドンしまくっててすんませんでしたとこの件に関しては和解。
「うーん。ピーマンを切っただけでわかるぞ。我ながら下手くそだな」
「確かに大きさはバラバラっすけど、濃い味だからあんま影響はないんじゃないすか?」
「買ったり外で食うことが多いから、あんま自炊ってしないんだよな」
「まあ、それで間に合いますもんね」
「だからわざわざ左利き用の包丁ってのも用意してなくて」
「朝霞さん左利きなんすね。あー、それでか」
「ん?」
「いや、昨日部屋に行ったときに、あのギター? ちょっと違和感があるなーって思って見てたんすけど、レフティなんすね」
「そうそう。厳密には両利きだけど、基本は左を使ってるから」
細く切った材料を炒め始めると、美味そうな匂いが広がって来る。これを白い飯と一緒に食ったらさぞかし美味いだろうな。味に関してはそういう素を使ってるから失敗はまずないし。
「それじゃ、食おうか。いただきます」
「いただきます! やっぱ中華と白い飯は相性最高っすね!」
「そうだな」
食ってる最中の朝霞さんはとにかく静かだなっていう印象だ。一口が長くて、ゆっくりと飯を食う。時折ビールを煽りながら、俺のする話を聞いているっていう感じ。俺の話を聞きながら、飯を食って、微笑んでいる。
「あの、朝霞さん。1コ聞いていいっすか」
「何だ」
「朝霞さんが現役だったときって、妨害? とか、嫌がらせ? みたいなことって、日常茶飯事だったんすか」
「飯のときにする話じゃないな。でも、日常茶飯事だ。油断すると命を取られる。俺たち4人はそういう中でやってきた」
「……やっぱそうなんすね」
「何かあったか? いや、言いにくいなら無理には聞かない。昨日から様子がおかしかったし、只事じゃないなとは思っていたけど」
「……や、まあ、何と言うか――」
俺の身にあったことを朝霞さんに包み隠さず話した。男の俺が女に襲われてヤられかけたってのは、普通に考えておかしいっつーか、逆じゃねーかと思われても仕方ない。だけど誰にやられたかを聞いて朝霞さんはアイツならやるだろうなと納得した様子。やっぱ危ない人だったんだなと。
「まあ、何だ。今もしんどいだろうに、よく話してくれたな」
「朝霞さんだからっすよ。戸田さんがあんだけ信頼してる前の班長でプロデューサーだからっす。あと、同郷ってわかって親近感もちょっと」
「こうやって実際仕掛けて来られて、戸田の頭に血が上ってないかが心配だな。アイツは血気盛んな奴だから、最悪手が出かねない」
「昨日、文化会のすげー部屋に俺のことを迎えに来てくれたときは、まあ、怒ってる感じはあったっすけど、普通の範疇かなとは」
「文化会? 文化会の世話になったのか」
「監査の宇部さんっていう人が俺を見つけてくれて、保護してくれたんす」
「……そうか、宇部が。発見してくれた相手が良かったな」
「はい」
「何にせよ、他の班員も心配だな」
そう、それなんだよな。戸田さんやゴローさんはそういうことにも慣れてるっぽいけど、特に海月とみちるが心配だ。こないだ戸田さんが話してくれた“流刑地”やらの実態ってのは決して大袈裟でも何でもなかったんだと。
「ちなみに、戸田さんってどれくらい血気盛んだったんすか?」
「当時の戸田は幹部や権威に対する憎しみがとにかく強い奴で、いつでも連中を刺す準備は出来てるっつってディレクター道具の刃物を研いでるような奴だったな」
「えっ」
「いや、実際には刺してないぞ?」
「そりゃそーすよ」
end.
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昔のつばちゃんは確かに血気盛んでちょっと危なっかしいところがある子だったけど、あの夏合宿を経て3年生になって、少しは落ち着いたんだぞ朝霞P!
ピーマンの時期には少し早そうだけど、一応6月にもちょっとは採れるらしいんでセーフ。Pさんに料理をして欲しかったんや。めずらっし。
ただ、つばちゃんが落ち着いたのはよかったけど、その穴(?)を埋めるように、今は大人しくしてるみちるが入って来たのでやはり物騒なくらいで丁度いい。
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