2021
■殲滅の代償
++++
「そしたら、後のことは頼んだ」
「ええ。戸田さんも、十分に気を付けて」
「仮に何かあったらLINEを打って来い」
「じゃあ、そういうことで。彩人行くよ」
戸田さんと谷本君が文化会の幹部室を出ると、自然と溜め息が漏れる。これからどうしたものかと。先刻、文化会監査として各部活の様子を見回っていると、普段なら人の気配もなく静まり返っているような場所で激しい音が聞こえて来た。まるで争い事でも起きているかのような音だった。
私が恐る恐るその現場に近付くと、目に飛び込んで来たのはとんでもない光景。そこにいたのは放送部の高萩麗と、手を拘束され身体の自由が奪われた男子学生。下半身が露出されまさに性交渉が行われようとしていた状況で、彼は辛うじて動かすことの出来た足で必死の抵抗をしていた。
合意ではないと判断し高萩麗を問い詰めると、やはり都合が悪かったのか逃げるように去って行った。そして、襲われた恐怖からか動けなくなった彼を保護して文化会役員室で休ませ、聞ける範囲で事情を聴くと、相変わらず放送部は腐り切ったままだったのかと呆れが前面に出て来た。
襲われていた彼は放送部で、戸田班に在籍しているのだと。数日前にあの女に接触され、所沢怜央からあの女には気を付けろと忠告を受けていたこと。そして、戸田さんからも何かあっても合意ではないという証明出来るようにしておけと聞いていたと。そのおかげで高萩がクロであるとの証拠は残っているのだけど。
「しかし、どうしたものでしょうね。対応の順序と言いますか」
「そうね。先程戸田さんとも話したように、文化会でどうこうするレベルの話ではないから、私は警察に付き出すべきだと考えているわ」
「最終的にはそれでいいと思いますけど、大学を挟むかどうかという話ですね。第一発見者が宇部さんという時点で文化会の処分もあるでしょう。それはそうとして、です」
高萩の処遇について文化会監査の私と放送部部長の柳井がヒートアップしていると、戸田さんは「これ以上この話を彼に聞かせるのも辛いだろうから」と言って被害者の谷本君を連れて帰ってしまった。それは彼女の判断が正しくて、まだどこかで潜んでいるかもしれない残党にだけ気を付けるよう伝えた。
処遇と言っても、強制わいせつという明らかな犯罪なのだから警察に付き出せというのが私の考え。ただ、大学の……この場合は学生課になるのかしら、そういった部署を挟むのか、直で警察に行くのか、そしてその場合処罰の対象となるのはどこになるのか、などなどいろいろな事情が入り混じる。
「柳井。この調子だと高萩だけでなく、長門班全体も傍若無人な振る舞いをしているのかしら」
「そうですね、相変わらずです。長門にはもう何の権限もないというのに」
「ところで、長門は確か会計だったわよね。部費の流れはあなたもきちんと確認しているわよね」
「長門は仕事が雑なので一切の仕事をさせていません。それに伴い金を扱ったり会計帳簿を見る権利も剥奪しました。一応役職名こそ会計として残してありますが、現在会計の仕事をしているのは所沢です」
「そう。所沢怜央は信用に値するの? あれは旧日高班の鉄砲玉よ。あなたは随分と目を掛けているようだけど」
「幹部気取りで実のない連中よりは、アイツの方がよほど仕事をしますからね。もしも俺を刺すようなことがあれば潰すだけです」
「そう」
柳井の話を聞く感じだと、旧日高班からなる長門班の連中が未だに部で好き放題しているよう。それこそ日高が朝霞に私怨を抱いて嫌がらせをしていたように、戸田さんに対する私怨で今回の行動に出たのが高萩麗、という構図が見える。
「まあ、長門班の連中が部の癌であることは俺も把握しています。連中を排除出来れば宇部さんからこうして目を光らされることも少なくなりますかね」
「あら、私は厄介者扱いね」
「クリーンな部に近付くという意味ですよ」
「ところで、高萩麗には前科があって、これが初犯ではないわ」
「は?」
「噂程度ではあったけれど、高萩が身体を使って当時の部長に近付いたという話は萩さんも情報として掴んでいて。ちなみに、高萩は日頃から裏配信などで金を稼いでいるし、それから――」
「いや、ちょっと待って下さい。あなたはどれだけの情報を持っているんですか」
「旧日高班……いえ、今は長門班ね。それらを全員、良くて停学処分に出来る程度。と、言えばいいかしら」
「その情報を使えば、連中を部から排除出来る」
「ええ。文化会規約では、条件さえ整えば部長が特定の部員を除籍処分にすることも可能よ。今回の事案に加えて、あれを使えば十分に条件は整うわ」
「よし…!」
坊やは少し逸っているようだけれど、私に足りなかったのがこの勢いや、青さなのかもしれない。もしかしたら、本当にやるかもしれないわね。
「柳井、やると言うなら白河を尋ねなさい。私が代替わりのときに監査に託した物があるわ」
「白河ですね!」
「ただし。その時は、あなたも相応の覚悟を持ちなさい。私が白河に爪として持たせたのは、あなたの首どころではなく放送部自体が取り潰される可能性のある、それくらいの情報よ。無関係の部員を巻き込むのは、部長としての本意ではないでしょう」
「……とりあえず、長門班に関してはそれを見てから決めようと思います。ただ、高萩は今回の件だけでも十分に処罰に値します。通報するかは谷本にも聞いてからにはなりますが」
「ええ。それでいいわ」
本来は日の目を見ない方が良かったけれど、代替わりで監査に託した物がいよいよ開かれようとしているのね。そこから部長はどうするか。少し見させてもらいましょうか。
end.
++++
事が起こった後の、偉い人たちの話です。元々旧宇部班で師弟関係にあった宇部Pと現部長の柳井です。だから話が早いと言えば早い。
萩さんの時代からずっと何となく見えていたしっぽを、今になってようやく掴むことが出来そうだというタイミング。
談話室で待機させられている戸田班の班員たちの様子なんかもまた見てみたいので、それは来年度以降になりそうですね
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「そしたら、後のことは頼んだ」
「ええ。戸田さんも、十分に気を付けて」
「仮に何かあったらLINEを打って来い」
「じゃあ、そういうことで。彩人行くよ」
戸田さんと谷本君が文化会の幹部室を出ると、自然と溜め息が漏れる。これからどうしたものかと。先刻、文化会監査として各部活の様子を見回っていると、普段なら人の気配もなく静まり返っているような場所で激しい音が聞こえて来た。まるで争い事でも起きているかのような音だった。
私が恐る恐るその現場に近付くと、目に飛び込んで来たのはとんでもない光景。そこにいたのは放送部の高萩麗と、手を拘束され身体の自由が奪われた男子学生。下半身が露出されまさに性交渉が行われようとしていた状況で、彼は辛うじて動かすことの出来た足で必死の抵抗をしていた。
合意ではないと判断し高萩麗を問い詰めると、やはり都合が悪かったのか逃げるように去って行った。そして、襲われた恐怖からか動けなくなった彼を保護して文化会役員室で休ませ、聞ける範囲で事情を聴くと、相変わらず放送部は腐り切ったままだったのかと呆れが前面に出て来た。
襲われていた彼は放送部で、戸田班に在籍しているのだと。数日前にあの女に接触され、所沢怜央からあの女には気を付けろと忠告を受けていたこと。そして、戸田さんからも何かあっても合意ではないという証明出来るようにしておけと聞いていたと。そのおかげで高萩がクロであるとの証拠は残っているのだけど。
「しかし、どうしたものでしょうね。対応の順序と言いますか」
「そうね。先程戸田さんとも話したように、文化会でどうこうするレベルの話ではないから、私は警察に付き出すべきだと考えているわ」
「最終的にはそれでいいと思いますけど、大学を挟むかどうかという話ですね。第一発見者が宇部さんという時点で文化会の処分もあるでしょう。それはそうとして、です」
高萩の処遇について文化会監査の私と放送部部長の柳井がヒートアップしていると、戸田さんは「これ以上この話を彼に聞かせるのも辛いだろうから」と言って被害者の谷本君を連れて帰ってしまった。それは彼女の判断が正しくて、まだどこかで潜んでいるかもしれない残党にだけ気を付けるよう伝えた。
処遇と言っても、強制わいせつという明らかな犯罪なのだから警察に付き出せというのが私の考え。ただ、大学の……この場合は学生課になるのかしら、そういった部署を挟むのか、直で警察に行くのか、そしてその場合処罰の対象となるのはどこになるのか、などなどいろいろな事情が入り混じる。
「柳井。この調子だと高萩だけでなく、長門班全体も傍若無人な振る舞いをしているのかしら」
「そうですね、相変わらずです。長門にはもう何の権限もないというのに」
「ところで、長門は確か会計だったわよね。部費の流れはあなたもきちんと確認しているわよね」
「長門は仕事が雑なので一切の仕事をさせていません。それに伴い金を扱ったり会計帳簿を見る権利も剥奪しました。一応役職名こそ会計として残してありますが、現在会計の仕事をしているのは所沢です」
「そう。所沢怜央は信用に値するの? あれは旧日高班の鉄砲玉よ。あなたは随分と目を掛けているようだけど」
「幹部気取りで実のない連中よりは、アイツの方がよほど仕事をしますからね。もしも俺を刺すようなことがあれば潰すだけです」
「そう」
柳井の話を聞く感じだと、旧日高班からなる長門班の連中が未だに部で好き放題しているよう。それこそ日高が朝霞に私怨を抱いて嫌がらせをしていたように、戸田さんに対する私怨で今回の行動に出たのが高萩麗、という構図が見える。
「まあ、長門班の連中が部の癌であることは俺も把握しています。連中を排除出来れば宇部さんからこうして目を光らされることも少なくなりますかね」
「あら、私は厄介者扱いね」
「クリーンな部に近付くという意味ですよ」
「ところで、高萩麗には前科があって、これが初犯ではないわ」
「は?」
「噂程度ではあったけれど、高萩が身体を使って当時の部長に近付いたという話は萩さんも情報として掴んでいて。ちなみに、高萩は日頃から裏配信などで金を稼いでいるし、それから――」
「いや、ちょっと待って下さい。あなたはどれだけの情報を持っているんですか」
「旧日高班……いえ、今は長門班ね。それらを全員、良くて停学処分に出来る程度。と、言えばいいかしら」
「その情報を使えば、連中を部から排除出来る」
「ええ。文化会規約では、条件さえ整えば部長が特定の部員を除籍処分にすることも可能よ。今回の事案に加えて、あれを使えば十分に条件は整うわ」
「よし…!」
坊やは少し逸っているようだけれど、私に足りなかったのがこの勢いや、青さなのかもしれない。もしかしたら、本当にやるかもしれないわね。
「柳井、やると言うなら白河を尋ねなさい。私が代替わりのときに監査に託した物があるわ」
「白河ですね!」
「ただし。その時は、あなたも相応の覚悟を持ちなさい。私が白河に爪として持たせたのは、あなたの首どころではなく放送部自体が取り潰される可能性のある、それくらいの情報よ。無関係の部員を巻き込むのは、部長としての本意ではないでしょう」
「……とりあえず、長門班に関してはそれを見てから決めようと思います。ただ、高萩は今回の件だけでも十分に処罰に値します。通報するかは谷本にも聞いてからにはなりますが」
「ええ。それでいいわ」
本来は日の目を見ない方が良かったけれど、代替わりで監査に託した物がいよいよ開かれようとしているのね。そこから部長はどうするか。少し見させてもらいましょうか。
end.
++++
事が起こった後の、偉い人たちの話です。元々旧宇部班で師弟関係にあった宇部Pと現部長の柳井です。だから話が早いと言えば早い。
萩さんの時代からずっと何となく見えていたしっぽを、今になってようやく掴むことが出来そうだというタイミング。
談話室で待機させられている戸田班の班員たちの様子なんかもまた見てみたいので、それは来年度以降になりそうですね
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