2021

■興味の食卓

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 その人から「良ければ夕飯でも食べに来ないか」と誘われた時には、本当にビックリした。俺を招いてくれた浅浦さんはバイト先の先輩で、学生バイトの中では一番のベテランさん。仕事も出来るし、とにかくクールでカッコいい人だ。
 先輩の住むマンションには行ったことがあったから、記憶を頼りに原付を走らせる。築年数が比較的新しめの、綺麗なマンションだ。部屋は確かロフト付きで、ロフト部分を実質的な書斎みたいな感じにレイアウトしてあったっけ。

「ああ、いらっしゃい。突然呼び出して悪いね。家の人とか何も言わなかった?」
「大丈夫です」
「それなら良かった。上がって」
「お邪魔します」

 大学に入っていくらか友達は出来たけど、MBCCの同期も含めて一人暮らしをしている人というのはあまりいない。だからこうして一人暮らしをしている人の部屋に入ると物珍しさからきょろきょろ辺りを見渡してしまうのは育ちの悪さか。

「今日呼ばれたのって俺だけですか?」
「そうだよ。佐々木君だけ」
「何か緊張します。何で俺だったんですか?」
「まあ、その辺のことは食べながら。グラタン、今焼いてるところだし。もう少しお待ちください」

 本日のメニューはエビグラタンだそうだ。グラタンは今焼いているところだというけれど、サラダとコンソメスープがもう出揃っていて、洋食屋か何かのセットメニューかなと目を疑ってしまう。一人暮らしでここまでやるかと。
 ただ、前にお邪魔したときにちらりと聞いた話によれば、浅浦さんは自炊するときにそれ一品だけっていうのが嫌なタイプだったと記憶している。だからメインになるグラタンの他に、前菜となるサラダやスープがついてくるのかと。

「はい。俺のは今から焼くし、先食べてていいよ」
「すみません、いただきます」

 うっま。

「浅浦さん、こういうのって自分で作るんですか? それとも何か素的なのがあるんですか?」
「俺はソースとかも自分で作ってる」
「ますます凄いですね」
「料理は趣味の一環だから。そう、それで昨日、ふとグラタンが食べたいなと思い立つんだけど、1人分のグラタンを作るのは逆に面倒で」
「そうですよねえ」
「伊東でも呼んでやろうかと思って後は焼くだけの状態にするだろ? さあ連絡だとスマホを取り出して、アイツ無理だって思い出したんだ。好物でもさすがに2日連続はなーって感じだし、かと言って冷凍するか? って感じだし。そこで割とフットワークの軽い佐々木君に白羽の矢を」
「そういう理由でしたか。選んでもらってありがとうございます」

 伊東さんというのも同じバイト先の先輩で、厳密にはMBCCの先輩でもあるんだけど、やっぱりバイト先の先輩って印象の方が先に来る。浅浦さんとは生まれる前からの腐れ縁とかで、今も変わらず仲良くしているそうだ。大学もバイト先も一緒だもんな。
 聞けば、浅浦さんは伊東さんとその彼女さんに頼まれてエビグラタンやオムライスといった得意料理を振る舞うことがあるそうだ。頼まれることがあれば自分から誘うこともあるとかで、昨日不発に終わったらしいディナーのお誘いも、不定期イベント。

「アイツ昨日誕生日でさ。誕生日とか世間一般のイベントの時は、アイツらカップルも外に出てデートをするっていう決まり事があるから」
「へえ、おめでたいですね」
「そうなんだけど、俺はそれをグラタンを焼く直前まですっかり忘れてたんだよ」
「でも、焼く前に気付いて良かったじゃないですか」
「そう思うしかないよな」
「俺としてはラッキーでしたけどね、浅浦さん直々に誘ってもらってこんなに美味しいディナーセットをごちそうになれましたし」
「物は言い様だな。ポジティブで羨ましい」

 そんなことを話していると浅浦さんのグラタンも焼けた。表面のチーズがこんがり焼けてぐつぐつと泡立つ様子は何度見ても美味そうだという以外の感想がない。エビグラタンと銘打たれているだけあって、中のエビがぷりっぷりで大きいんだ。

「そう言えば、浅浦さんて伊東さんとすごい腐れ縁じゃないですか」
「そうだな」
「彼女さんとの馴れ初めなんかも知ってるんですか?」
「もちろん。何なら出会いの場にもいたからな」
「どんな感じの出会いだったんですか?」
「高校の入学式の日だったな。クラス割りを確認してた時に、ちょうど真後ろにいた彼女の足をアイツが踏んづけたんだ」
「あらら」
「それでスイマセンスイマセンって彼女に謝って、高校入学初っ端からすげー失敗した~ってヘコんでて」
「うんうん」
「それで彼女と同じクラスになったってわかってからは、意識しっぱなしだよ。後からわかったことだけど、お互い一目惚れに近い感じだったみたいだし、そういうことってあるんだなとは」
「へー、青春ですねー、いいですねー」

 親御さんの教育方針で3年生までは一人暮らしをしていたらしい伊東さんだけど、住んでた部屋を引き払ってからは彼女さんの住んでいる部屋に帰ることもある。半同棲と言われて久しいそうだけど、リアル同棲も時間の問題だとは浅浦さん談。

「そう言えば、伊東さんも料理出来るんですか? 一人暮らししてたなら」
「アイツは一人暮らしの3年で物凄く腕を上げた」
「え、気になります。どんな感じなんだろ」
「さっき佐々木君が俺のグラタンをディナーセットって表現したのを基準にするなら、アイツのそれは晩ご飯だな。それから、MBCCで鍛えられてるから宅飲み飯の腕が一級品だ」
「ええー……気になりすぎる! 浅浦さん、今度伊東さんに声かけて飲みません?」
「アイツは俺の部屋じゃ全く台所に立たないから。アイツの料理の腕を見たいならそれこそMBCCの人に頼むとかしないと」


end.


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バイト先の先輩後輩ということで、割と仲良くしているらしい2人です。ノサカでもいたら「顔がいい!」みたいなノリになるんだろうか
いち氏無理だったわーって思い出して、次に誰に声をかける? となったときの候補選びの様子も少し気になる。
ササのフットワークの軽さはこの後もいろいろな人から言われるし、結構タフなのでみんなビックリしがちなのよね

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