2021
■ハカセの観察日誌
++++
「やっ」
声と同時に発せられる放物線をみんなで見送る。放たれたボールは見事リングの中へ。
「……おおー、連続で入ったじゃん?」
「よっちゃんすごいなあ! 三浦より上手かも!」
「ゲームでの動きなどを度外視して、フリースローだけで言えば三浦よりも入るのは確かだ。いや、康平よりも精度が高い可能性もある」
「もー! さとぴっぴー! 何でそんなイジワル言うのー!」
「俺は事実を言っただけだ。三浦も康平も、フリースローを打つ機会はそれなりにあるのだから、少しは葉山を見習ってフリースローの練習に励め」
「は~い」
「わかりました」
――とまあ、サトシさんから痛い所を突かれつつも、フリースローが苦手なことに違いない俺は、葉山の急成長に驚きを隠せないのと同時に、ちょっとした焦りも少し。一応バスケは12年やってるんだけど、こないだバスケを始めたばっかりの葉山と比較されてるっていう点がな。
バスケロボへの興味からバスケサークルGREENsに入った1年の葉山は、スリーポイントシュートを研究したいんですと最初に宣言した通り、ミドルレンジ以降のシュートの観察を日々重ねて研究をしているようだ。ただ、本人は元々根っからの文化系なので、お世辞にもスポーツは得意じゃないし、スタミナもない。
バスケのルール自体は勉強したからよく知っている。だけど練習やゲームを一通りこなす体力はまだない。それでも研究観察だけじゃなくてバスケをやって楽しんでもらいたいという先輩たちの意向で、自分でもシュート練習をしたらいいんじゃないか、ということでフリースローの練習を始めたのがひと月前のこと。
さすがと言うか何と言うか、コツじゃないけど、シュートフォームなんかはそれらしくサマになってるんだよな。観察対象はGREENsの人……主にサトシさんや景サンなんかが近くにいるし、プロリーグの映像も見ているらしいから。イメトレは誰よりもバッチリなんだよな。
「でも、さとぴっぴもフリースローの練習なんて簡単に言うけどさあ、遠くなると難しくなるのは当たり前じゃんねえ? ねえ鵠沼クン!」
「なんつーか、フリースローって独特の緊張感があって未だに苦手なんだよな。あの、周りからめちゃ見られてる感じがどうも嫌で」
「そーだよ! バスケ歴十ウン年の鵠沼クンだって苦手なんだもん、バスケ歴1年の三浦が苦手でもしょーがないよねえ! 練習しろってんならコーチを連れて来いって話ですよ、コーチを!」
ちなみに今日、慧梨夏サンは足首の古傷が痛むとかで休みだ。向島エリアは梅雨入りしてるんだけど、湿度や気圧に足のコンディションが左右されるのがめんどい、と慧梨夏サンはよく嘆いている。バクダン持ちの人って大変だよなあと常々思う。そんな理由で三浦のコーチはいないので、俺の周りでわあわあ喧しくしているというワケだ。
「三浦、試しに1本打ってみ」
「え~、今ぁ~? じゃあ打つよ~。そ~れっ」
三浦が打ったフリースローは普通にリングに弾かれた。よく見る光景だ。邪魔がいないんだから集中して打てばいいというだけの話なんだけど、集中したところで緊張する物は緊張するし、ミドルレンジ以降のシュートがそもそも得意ではない俺たちだった。
「あの、三浦さん。差し出がましいようですがいいですか?」
「よっちゃん」
「三浦さんて、フリースローを打つ時に体が左に傾くクセがあるみたいなんです」
「えっ、そーなの!?」
「試しにもう1本、打ってみてもらえませんか。鵠沼さんもよく見ててください」
「それじゃあ打つよ。それっ」
「あ、ホントだ。左に傾いてるじゃん? 葉山、よく気付いたな」
「いえ。大きな特徴だったので、気付きやすかっただけです。この傾きを矯正するか、それが難しければ、どれくらい傾いているのかを分析して、その分だけ右から打つ。そうすれば少しは成功率が上がるかと思います」
「ほほ~う! ちょっとやってみるよ!」
練習しろしろばっかりで何のアドバイスもくれないさとぴっぴとは大違い~などといつものようにナチュラルにサトシさんにケンカを売りながら、三浦はフリースローの練習を始めた。でも確かに、自分のクセを知ることってのは大事だもんな。葉山の目は凄い。
「僕が言うのも難ですが、三浦さんはワンハンドシュートを取り入れてもいいんじゃないかと思いますね」
「っていうのは?」
「三浦さんは身長も高いですから単純に打点が高くなりますし、ゴール下でディフェンスと対峙しても片手でボールがコントロール出来ればツーハンドの時よりも様々な状況に対応しやすくなるんですね。体勢を崩されてもシュートには行けますし」
「あー……言ってることはわかる」
「現状も、前に飛ばそうとしてフォロースルーの高さがリングより低くなっているんですね。あれではなかなか入る物も入りません。ですから、最初から打点を高くしてしまえばいいんです。女子はまだまだツーハンドが主流のようですし、三浦さんの場合コーチがコーチなのでツーハンドシュートが前提だったようですが。僕は三浦さんにはワンハンドシュートを推奨していきたいですね」
葉山が“ハカセ”の名に恥じない分析力で熱く語っている。知識はガチモンなんだよな、コイツは。言っていることには一理あるので、その点に関しては今度慧梨夏サンとも話してみようなと今日は落ち着いた。新しいことを始める前には一応現コーチの許可取りも必要だろう。
「鵠沼さんのフリースローもぜひ見せてもらいたいんですが」
「見られるのが嫌なんだよな、緊張して」
「そこをなんとか」
end.
++++
よっちゃんは体力面ではまだまだですが、フリースローだけは一部の先輩と並べてもそれらしくなってきたようです。さとぴっぴのお墨付きだよ!
慧梨夏は何気にバクダン持ちなので、気圧が低くなったりすると古傷が痛いなーっつって跳んだり走ったりが出来なくなります。
きっとよっちゃんはこんなことがあったとか何とかっていう話をレナともしてるんだろうなあ。レナとよっちゃんの話もまたやりたい。
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「やっ」
声と同時に発せられる放物線をみんなで見送る。放たれたボールは見事リングの中へ。
「……おおー、連続で入ったじゃん?」
「よっちゃんすごいなあ! 三浦より上手かも!」
「ゲームでの動きなどを度外視して、フリースローだけで言えば三浦よりも入るのは確かだ。いや、康平よりも精度が高い可能性もある」
「もー! さとぴっぴー! 何でそんなイジワル言うのー!」
「俺は事実を言っただけだ。三浦も康平も、フリースローを打つ機会はそれなりにあるのだから、少しは葉山を見習ってフリースローの練習に励め」
「は~い」
「わかりました」
――とまあ、サトシさんから痛い所を突かれつつも、フリースローが苦手なことに違いない俺は、葉山の急成長に驚きを隠せないのと同時に、ちょっとした焦りも少し。一応バスケは12年やってるんだけど、こないだバスケを始めたばっかりの葉山と比較されてるっていう点がな。
バスケロボへの興味からバスケサークルGREENsに入った1年の葉山は、スリーポイントシュートを研究したいんですと最初に宣言した通り、ミドルレンジ以降のシュートの観察を日々重ねて研究をしているようだ。ただ、本人は元々根っからの文化系なので、お世辞にもスポーツは得意じゃないし、スタミナもない。
バスケのルール自体は勉強したからよく知っている。だけど練習やゲームを一通りこなす体力はまだない。それでも研究観察だけじゃなくてバスケをやって楽しんでもらいたいという先輩たちの意向で、自分でもシュート練習をしたらいいんじゃないか、ということでフリースローの練習を始めたのがひと月前のこと。
さすがと言うか何と言うか、コツじゃないけど、シュートフォームなんかはそれらしくサマになってるんだよな。観察対象はGREENsの人……主にサトシさんや景サンなんかが近くにいるし、プロリーグの映像も見ているらしいから。イメトレは誰よりもバッチリなんだよな。
「でも、さとぴっぴもフリースローの練習なんて簡単に言うけどさあ、遠くなると難しくなるのは当たり前じゃんねえ? ねえ鵠沼クン!」
「なんつーか、フリースローって独特の緊張感があって未だに苦手なんだよな。あの、周りからめちゃ見られてる感じがどうも嫌で」
「そーだよ! バスケ歴十ウン年の鵠沼クンだって苦手なんだもん、バスケ歴1年の三浦が苦手でもしょーがないよねえ! 練習しろってんならコーチを連れて来いって話ですよ、コーチを!」
ちなみに今日、慧梨夏サンは足首の古傷が痛むとかで休みだ。向島エリアは梅雨入りしてるんだけど、湿度や気圧に足のコンディションが左右されるのがめんどい、と慧梨夏サンはよく嘆いている。バクダン持ちの人って大変だよなあと常々思う。そんな理由で三浦のコーチはいないので、俺の周りでわあわあ喧しくしているというワケだ。
「三浦、試しに1本打ってみ」
「え~、今ぁ~? じゃあ打つよ~。そ~れっ」
三浦が打ったフリースローは普通にリングに弾かれた。よく見る光景だ。邪魔がいないんだから集中して打てばいいというだけの話なんだけど、集中したところで緊張する物は緊張するし、ミドルレンジ以降のシュートがそもそも得意ではない俺たちだった。
「あの、三浦さん。差し出がましいようですがいいですか?」
「よっちゃん」
「三浦さんて、フリースローを打つ時に体が左に傾くクセがあるみたいなんです」
「えっ、そーなの!?」
「試しにもう1本、打ってみてもらえませんか。鵠沼さんもよく見ててください」
「それじゃあ打つよ。それっ」
「あ、ホントだ。左に傾いてるじゃん? 葉山、よく気付いたな」
「いえ。大きな特徴だったので、気付きやすかっただけです。この傾きを矯正するか、それが難しければ、どれくらい傾いているのかを分析して、その分だけ右から打つ。そうすれば少しは成功率が上がるかと思います」
「ほほ~う! ちょっとやってみるよ!」
練習しろしろばっかりで何のアドバイスもくれないさとぴっぴとは大違い~などといつものようにナチュラルにサトシさんにケンカを売りながら、三浦はフリースローの練習を始めた。でも確かに、自分のクセを知ることってのは大事だもんな。葉山の目は凄い。
「僕が言うのも難ですが、三浦さんはワンハンドシュートを取り入れてもいいんじゃないかと思いますね」
「っていうのは?」
「三浦さんは身長も高いですから単純に打点が高くなりますし、ゴール下でディフェンスと対峙しても片手でボールがコントロール出来ればツーハンドの時よりも様々な状況に対応しやすくなるんですね。体勢を崩されてもシュートには行けますし」
「あー……言ってることはわかる」
「現状も、前に飛ばそうとしてフォロースルーの高さがリングより低くなっているんですね。あれではなかなか入る物も入りません。ですから、最初から打点を高くしてしまえばいいんです。女子はまだまだツーハンドが主流のようですし、三浦さんの場合コーチがコーチなのでツーハンドシュートが前提だったようですが。僕は三浦さんにはワンハンドシュートを推奨していきたいですね」
葉山が“ハカセ”の名に恥じない分析力で熱く語っている。知識はガチモンなんだよな、コイツは。言っていることには一理あるので、その点に関しては今度慧梨夏サンとも話してみようなと今日は落ち着いた。新しいことを始める前には一応現コーチの許可取りも必要だろう。
「鵠沼さんのフリースローもぜひ見せてもらいたいんですが」
「見られるのが嫌なんだよな、緊張して」
「そこをなんとか」
end.
++++
よっちゃんは体力面ではまだまだですが、フリースローだけは一部の先輩と並べてもそれらしくなってきたようです。さとぴっぴのお墨付きだよ!
慧梨夏は何気にバクダン持ちなので、気圧が低くなったりすると古傷が痛いなーっつって跳んだり走ったりが出来なくなります。
きっとよっちゃんはこんなことがあったとか何とかっていう話をレナともしてるんだろうなあ。レナとよっちゃんの話もまたやりたい。
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