2021

■透明な絶壁の影

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「おい高崎、お前見るからに不機嫌じゃねーか」
「ソースカツ丼が俺のすぐ手前で売り切れた。クソが。もっと用意してもいいだろうがよ」
「俺にアタんのやめろよー!」
「別に当たっちゃいねえよ」

 いつものように第2学食のテイクアウトでソースカツ丼を買って、飯野と青空ランチをする予定だった。だけど、俺の手前でラス1のソースカツ丼が買われてしまったので、仕方なく揚げ鶏丼にスイッチ。これはこれで美味いが、口がソースカツ丼のままなんだよな。
 今年の向島エリアはいくらか早く梅雨入りをしたが、今日はたまたま晴れている。雨が降っていると青空ランチが出来ねえから、普段外で食ってる連中も中に入ってきて席がなくなる。だから、晴れ間は気分良く飯を食える空間が増えるという意味でもありがたい。

「ま、そーゆーコトもあるって。つか、ソースカツ丼が食いたきゃいつでも食いに来れる距離だろ」
「まあな。授業中を狙うか」

 俺たちの指定席は学生課や総務課のある1号館のエントランス下だ。建物に入るには10段ほどの階段を上らなければならないが、階段下まで屋根が迫り出していて、座って飯を食うにはちょうどいい。芝生や池もあって眺めがいいというのも高ポイントだ。
 腰を下ろしてさあ飯を食うぞ、とやっていると、階段上に置かれたスピーカーから響く大爆音。佐藤ゼミのラジオだ。センタービルに設置されたガラス張りのラジオブースでやっている番組を、スピーカーで外にも流していやがるのだ。
 正直とても聞けたモンじゃねえが、一応緑ヶ丘大学の名物として平日昼12時20分から50分までの30分間、曜日に沿ったテーマで放送しているようだ。繰り返すが、正直とても聞けたモンじゃねえ。ちなみに、これの裏で細々と第1学食でやっているのがMBCC昼放送だ。

「今日は一段とうるっせーな、佐藤ゼミ!」
「音量がデカすぎるんだ。ミキサーは何やってんだ。音量チェックしてねえのか」

 スピーカーの方に目をやると、テイクアウト丼の列で俺の真ん前にいた3人組がいる。忘れもしねえ、俺の狙っていたソースカツ丼をかっさらっていった奴だ。連中はスピーカーのすぐ前に座っている。この爆音で耳がやられたようだ。

「今日はゲストまで呼んでんのにMCの独り相撲じゃねえか」
「せっかくいい人呼んでんのに、そっちの話を聞きたいよなー」

 火曜日はスポーツ番組という体でやっていて、スポーツに強い緑ヶ丘大学だからこそのゲスト……たとえば、現役アスリートなんかを呼んできて話を聞いたりするのが本題らしい。が、今日はゲストを置いてけぼりにMCが早口で知識をひけらかしている。
 その知識を使ってゲストから話を引き出すのがMCの仕事だろうに。誰もお前の話なんざ聞きたくねえということに何故気付かない。ゲストが喋っているのを遮り、否定を被せるなんて言語道断だ。
 しかも、興奮しているのか早口で噛みまくりの声は、外のスピーカー越しでは何を喋ってるのかさっぱりわからない。建物の中では音が反響して余計聞こえが悪いだろう。ここ最近では一番酷い放送だ。

「おい高崎、お前見るからに不機嫌じゃねーか」
「こんなクソみたいな番組を大音量で聞かされてみろ。俺じゃなくても「は?」って思うだろ」
「じゃあお前がかっくいー番組ってのをあのブースでやったればいいんじゃん? 緑大準ミスターでFMむかいじまのパーソナリティーコンテスト審査員特別賞の名MCサマがよ」
「準ミスターって言うな」
「特別賞と名MCはいいのな」
「どんだけ頼まれても、どんだけ金を積まれても俺があのヒゲの下で番組をやることはない」
「ホント、お前の佐藤教授嫌いってガチだよな。安部ちゃんからも卒論詰んだらあの人んトコ行けって言われてんのに」
「死んでも行くか。つか、俺がそう簡単に詰むかよ」

 確かにあのブースで番組をやるのは面白そうだとは思う。だけど、俺がヒゲ嫌いなのもあるし(てめェのクソ下らねえ見栄のために利用されてたまるかっつー話だ)、俺の求めるレベルでやれるミキサーがいんのかっていう話な。いねえだろ。
 そんなことを話していると、スピーカー前の方もヒートアップしているのか、声がどんどん大きくなっている。いや、さすがに外の音量がデカすぎると気付いた奴がいたのか、気持ち程度ではあるが音が抑えめになっていたというのもある。
 どうやらこちらも佐藤ゼミの番組のことについて話しているようで、少し耳を傾けてみる。一端の口を利いてるじゃねえかと思えば、言葉の節々にはサークルでやってる番組だの、MBCCだのという言葉が散りばめられている。なるほど、そういうことな。

「つかさ、MBCCって佐藤ゼミの奴も何人かはいるんだろ? そーゆー子がいんのに何で番組の質が良くなんねーの?」
「今いるウチの奴は俺と同等かそれ以上のヒゲ嫌いだ。番組がやりたいからっつってヒゲに媚びを売るようなことはしねえ」
「あー……お前と同レベルならガチだな」

 番組の質云々の話で言えば、ワンチャン果林と高木が組めばそれらしくなるとは思うが、あのブースに入るのは基本3年らしいから、それも実現しないだろう。と言うか、そんな話になろうモンならもう高木を利用してきたっつって果林がブチ切れるだろう。高木も利用される覚悟はしてるだろうけどな。

「ヒゲは自分好みの女に枠を与えたがる傾向にあるし、そもそもMBCCで重宝されるのはミキサーだ。アナウンサーでヒゲとの相性の悪い断崖絶壁の女なんざヒゲもお呼びじゃねえし、アイツも願い下げってな」
「断崖絶壁?」
「胸のデカさの話だ。ヒゲのセクハラの話なんか今に始まったことじゃねえだろ」
「まあな。ロリ巨乳が受かりやすいとか聞くもんな」
「マジで気色悪りィ。飯野、気分を害した。チョコサンデー奢れ」
「は!? いやいやいや、自分で買えよ!」


end.


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くるちゃんがソースカツ丼の歌を歌ってササレナと青空ランチをしていた裏の話。お馴染み、高崎と飯野の青空ランチです。
高崎(と果林)のヒゲ教授アレルギーがガチとかいうレベルじゃないガチなので、ディスりが止まりません。
忘れかけてたけど、高崎は慧梨夏の件もあってヒゲ教授に対する嫌悪を加速させてたんでした。物事には理由があります。

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