2021
■重鎮の近況報告
++++
「あっ、高ピーお疲れー」
「うーす。しかし急にどうした、メシなんて」
「俺ね、今日クッキー持ってサークルを覗きに行ってきたんだよ。結構面白いことになってたから、そのお土産話をしようと思って」
4限が終わるくらいの時間帯だろうか、伊東から7時過ぎになるけどメシでも行かないかと連絡が入った。断る理由もなかったし、久々だなと思ってその誘いに乗った。奴が作るメシをつまみながら飲む、とかじゃないのが少々寂しくはあるが、これはこれで。
放送サークルMBCCは、基本的にその活動を3年で終えて、4年は引退という形になる。俺たちも例に漏れず去年の年末で引退して、今では隠居という感じでやっている。4年になると就活やら卒論やらで忙しくなるからだろう。まあ、昔からこんな感じだ。
ただ、引退したからと言って顔を出してはいけないということはなく、たまに4年が遊びに来ることはあった。こないだ卒業した先輩たちはあまり来ない方の人たちではあったけど、その前の先輩たちなんかは割とちょこちょこ来ては抜き打ちチェックだの何だのとやっていた。
「で、どうだった」
「今年はね、1年生が現段階で6人いるのかな。みんな仲が良くて、楽しそうにやってる感じだね」
「6人か。まあまあだな。パート比は」
「アナミキ3人ずつ」
「綺麗に割れたな。3年はちゃんとやってたか?」
「ああ、今ね、初心者講習会の時期でしょ?」
「そうだな」
「Lと果林がそれぞれミキ講師とアナ講師になったらしくて、その話し合いとかもしてたよ。あと、全体講師が野坂で、野坂もこっちに来て練習とか、いろいろやってたね」
「果林と野坂はまあ順当として、Lか」
「今年ならではの事情だね」
それこそアナ講師が果林で全体講師が野坂だというのは別に驚きも何もない話だ。だけどまさかここで、定例会議長のクセに存在感の欠片もねえLかと。伊東が高木から聞いた近況によれば、初心者講習会のミキサー講師にLを抜擢したのにも具体的な理由があるそうだ。
というのも、インターフェイスで進めようとしている機材周りの改革。MDストックの廃止や音声ファイルでの同録の保存。それに使うパソコンを絡めた事情に現状一番強いのがLだからだという。現在進行形で変わる事情は、むしろ対策委員も教えてもらわなければならない、と。
「まあ、パソコンを使い始めてインターフェイスもやり方を模索してるのはわかる。けど、野坂はどうした。練習なんざ、向島でも出来るんじゃねえのか。何なら機材環境は一番インターフェイスに近いだろ」
「あー……それがさ、向島さんて人がいなくてなかなか実戦的な練習が出来ないみたいなんだよ」
「そういやそうか。アナウンサーが3人ごそっと抜けちまったな」
「講習内容とか講習会に対する心構えみたいなことはなっちさんに相談して何とかやってるみたいだけどね。見本番組をやるならさすがに果林と打ち合わせなきゃってことみたい。去年の見本番組は気心知れてるなっちさん相手だったからサッと出来たけど」
菜月によれば野坂はネガティブで緊張しい。とにかく自分を下げに下げて、沈み始めるとどこまでも沈んでしまうような奴だそうだ。本人に地力はあるし、それに積み重ねた能力もあるが、如何せん理想が高すぎて己の非力を嘆く傾向にあるとか。
そんな奴だからいざ今の4年がいなくなって、自分たちの足で立って歩いて行かなきゃいけなくなったときに不安になってしまったのだろう。俺は前々からアイツは菜月だの圭斗だのがいない方がちゃんと主体性を持ってやれる奴だという評価をしているが。
「俺も講習の内容をミキサー視点で確認してくれーって言われたけど、特に問題はなかったし、さすが野坂って感じだったよ」
「菜月が野坂に何て言ったかは聞いたか」
「今までのレジュメを参考にしてもいいけどちゃんと自分でも考えろって言われたって。今年の子たちが何が欲しいのか引き出して、抜けがあっても自分で気付くようにアシストしてやれってさ。講師はあくまで補佐だからって」
「ま、この分なら大丈夫か」
相談役も、補佐の補佐。あまり具体的なアドバイスはせずに、野坂自身が考える方向に持って行っているのはさすが、奴の扱い方を誰より理解している菜月だからこそだろう。
「あっ、そうそう。話は戻るけどさ」
「どこまで戻るんだ」
「1年生まで。俺と野坂がMBCCのサークル室に来てたでしょ? 1年生にとっては初めましてだからさ、きっと新しい同期が来てくれたーって嬉しかったんだろうね。すっごい勢いで自己紹介してきた子がいて。何でも聞いてな、よろしくーって」
「前機材部長と対策委員の前議長を相手にか。知らないにしてもただそそっかしい奴じゃねえか」
「でもすっごい元気のいい子だったし、Lとタカシ曰く練習とかもめちゃくちゃ頑張ってるんだって。ただ、勢いが良すぎて失敗しちゃうこともあるみたいだけど」
「これがその失敗のひとつか」
「でも、俺が前機材部長で野坂が対策委員の前議長のミキサーだってわかった瞬間、そんな人なら上手いんだろ、腕を見せてみろーってミキサー席に座らされてさ。俺はミキサーに触るつもりじゃなかったからビックリしたし、咲良さんの抜き打ちテストを思い出した」
「なんだそいつ。まあ、良く言えばミキサーとしての向上心は人一倍、なのか…?」
「そういうことだから、もし高ピーがサークルに遊びに行ってそんなことがあっても怒らないであげてね」
「俺を何だと思ってるんだ。つか、怒る怒らないはそのときの態度にもよるぞ」
まだしばらくサークルに顔を出すつもりはなかったけど、今年もまあまあ順調に動いているのだなとはわかった。今は講習会の準備とかで忙しいだろうからまだ行くつもりはないけど、どこかで1回、果林のケツに火を付けに行くくらいはしてもいいかもしれない。
end.
++++
シノがやらかした後のお話。いち氏、しっかり高崎に報告してますね。怒らないであげてねって。怒るとか、圧をかけそうだというイメージ。
忘れかけてたけど、フェーズ1のMMPはアナウンサー4人のうち3人が3年生だったのでごそっといなくなったんですね。ダメージ大。
高崎はあんまり積極的にサークルに絡みに行くつもりではなかったみたいだけど、後々今の1年生たちに何故か懐かれるようになるんだよなあ
.
++++
「あっ、高ピーお疲れー」
「うーす。しかし急にどうした、メシなんて」
「俺ね、今日クッキー持ってサークルを覗きに行ってきたんだよ。結構面白いことになってたから、そのお土産話をしようと思って」
4限が終わるくらいの時間帯だろうか、伊東から7時過ぎになるけどメシでも行かないかと連絡が入った。断る理由もなかったし、久々だなと思ってその誘いに乗った。奴が作るメシをつまみながら飲む、とかじゃないのが少々寂しくはあるが、これはこれで。
放送サークルMBCCは、基本的にその活動を3年で終えて、4年は引退という形になる。俺たちも例に漏れず去年の年末で引退して、今では隠居という感じでやっている。4年になると就活やら卒論やらで忙しくなるからだろう。まあ、昔からこんな感じだ。
ただ、引退したからと言って顔を出してはいけないということはなく、たまに4年が遊びに来ることはあった。こないだ卒業した先輩たちはあまり来ない方の人たちではあったけど、その前の先輩たちなんかは割とちょこちょこ来ては抜き打ちチェックだの何だのとやっていた。
「で、どうだった」
「今年はね、1年生が現段階で6人いるのかな。みんな仲が良くて、楽しそうにやってる感じだね」
「6人か。まあまあだな。パート比は」
「アナミキ3人ずつ」
「綺麗に割れたな。3年はちゃんとやってたか?」
「ああ、今ね、初心者講習会の時期でしょ?」
「そうだな」
「Lと果林がそれぞれミキ講師とアナ講師になったらしくて、その話し合いとかもしてたよ。あと、全体講師が野坂で、野坂もこっちに来て練習とか、いろいろやってたね」
「果林と野坂はまあ順当として、Lか」
「今年ならではの事情だね」
それこそアナ講師が果林で全体講師が野坂だというのは別に驚きも何もない話だ。だけどまさかここで、定例会議長のクセに存在感の欠片もねえLかと。伊東が高木から聞いた近況によれば、初心者講習会のミキサー講師にLを抜擢したのにも具体的な理由があるそうだ。
というのも、インターフェイスで進めようとしている機材周りの改革。MDストックの廃止や音声ファイルでの同録の保存。それに使うパソコンを絡めた事情に現状一番強いのがLだからだという。現在進行形で変わる事情は、むしろ対策委員も教えてもらわなければならない、と。
「まあ、パソコンを使い始めてインターフェイスもやり方を模索してるのはわかる。けど、野坂はどうした。練習なんざ、向島でも出来るんじゃねえのか。何なら機材環境は一番インターフェイスに近いだろ」
「あー……それがさ、向島さんて人がいなくてなかなか実戦的な練習が出来ないみたいなんだよ」
「そういやそうか。アナウンサーが3人ごそっと抜けちまったな」
「講習内容とか講習会に対する心構えみたいなことはなっちさんに相談して何とかやってるみたいだけどね。見本番組をやるならさすがに果林と打ち合わせなきゃってことみたい。去年の見本番組は気心知れてるなっちさん相手だったからサッと出来たけど」
菜月によれば野坂はネガティブで緊張しい。とにかく自分を下げに下げて、沈み始めるとどこまでも沈んでしまうような奴だそうだ。本人に地力はあるし、それに積み重ねた能力もあるが、如何せん理想が高すぎて己の非力を嘆く傾向にあるとか。
そんな奴だからいざ今の4年がいなくなって、自分たちの足で立って歩いて行かなきゃいけなくなったときに不安になってしまったのだろう。俺は前々からアイツは菜月だの圭斗だのがいない方がちゃんと主体性を持ってやれる奴だという評価をしているが。
「俺も講習の内容をミキサー視点で確認してくれーって言われたけど、特に問題はなかったし、さすが野坂って感じだったよ」
「菜月が野坂に何て言ったかは聞いたか」
「今までのレジュメを参考にしてもいいけどちゃんと自分でも考えろって言われたって。今年の子たちが何が欲しいのか引き出して、抜けがあっても自分で気付くようにアシストしてやれってさ。講師はあくまで補佐だからって」
「ま、この分なら大丈夫か」
相談役も、補佐の補佐。あまり具体的なアドバイスはせずに、野坂自身が考える方向に持って行っているのはさすが、奴の扱い方を誰より理解している菜月だからこそだろう。
「あっ、そうそう。話は戻るけどさ」
「どこまで戻るんだ」
「1年生まで。俺と野坂がMBCCのサークル室に来てたでしょ? 1年生にとっては初めましてだからさ、きっと新しい同期が来てくれたーって嬉しかったんだろうね。すっごい勢いで自己紹介してきた子がいて。何でも聞いてな、よろしくーって」
「前機材部長と対策委員の前議長を相手にか。知らないにしてもただそそっかしい奴じゃねえか」
「でもすっごい元気のいい子だったし、Lとタカシ曰く練習とかもめちゃくちゃ頑張ってるんだって。ただ、勢いが良すぎて失敗しちゃうこともあるみたいだけど」
「これがその失敗のひとつか」
「でも、俺が前機材部長で野坂が対策委員の前議長のミキサーだってわかった瞬間、そんな人なら上手いんだろ、腕を見せてみろーってミキサー席に座らされてさ。俺はミキサーに触るつもりじゃなかったからビックリしたし、咲良さんの抜き打ちテストを思い出した」
「なんだそいつ。まあ、良く言えばミキサーとしての向上心は人一倍、なのか…?」
「そういうことだから、もし高ピーがサークルに遊びに行ってそんなことがあっても怒らないであげてね」
「俺を何だと思ってるんだ。つか、怒る怒らないはそのときの態度にもよるぞ」
まだしばらくサークルに顔を出すつもりはなかったけど、今年もまあまあ順調に動いているのだなとはわかった。今は講習会の準備とかで忙しいだろうからまだ行くつもりはないけど、どこかで1回、果林のケツに火を付けに行くくらいはしてもいいかもしれない。
end.
++++
シノがやらかした後のお話。いち氏、しっかり高崎に報告してますね。怒らないであげてねって。怒るとか、圧をかけそうだというイメージ。
忘れかけてたけど、フェーズ1のMMPはアナウンサー4人のうち3人が3年生だったのでごそっといなくなったんですね。ダメージ大。
高崎はあんまり積極的にサークルに絡みに行くつもりではなかったみたいだけど、後々今の1年生たちに何故か懐かれるようになるんだよなあ
.