2021
■スキルのなりゆき
++++
「おはようございます」
「おはようサキ」
「おはよー」
「おはようすがやん」
ゆったりとやってきたサキがよいしょ、と棚に荷物を置いて定位置の隅っこの席に着こうとしたときのこと。
「あれ」
「どうした?」
「取れない」
「あ、袖が引っかかってんのか」
荷物置きの棚に、シャツの袖が引っかかって取れなくなってしまったらしい。向島でも大分暑くなってきて、学内には半袖の人も増えて来た。サキは理系でパソコンの授業も多いから冷房のかかる涼しい部屋にいることが多い。だからもうしばらくは長袖でいるのかな。
さすがに少しは暑かったのか、袖のボタンを外していたことで棚に引っかかってしまったようだ。すがやんと2人で何とかして取ろうとしているけど、取れる気配がない。しばらくやっていると、痺れを切らしたサキがムリヤリ袖を引っ張った。
「取れた」
「取れたってお前、ムチャしやがって。ボタンどっかに吹っ飛んだぞ」
「どこだろ」
「高木せんぱーい、どの辺に飛んだか見てませんでしたー?」
「そっちの方に飛ばなかった? いつもレナが座ってるらへん」
「あざーっす。サキ、そっちだって」
「えーと……あった」
「見つかって良かったな。L先輩が掃除機かけてたら吸い込まれてたぞ」
「でも、随分派手にやったね」
「まあ、これはこれで」
「サキ、そのシャツ貸して」
「え?」
「ボタンくらいならすぐ付け直せるから」
「ああ、じゃあ、お願い」
そう言うとすがやんはカバンから携帯用の裁縫道具を取り出して、サキのシャツのボタン付けを始めた。男子が裁縫道具を持ってるっていうのも驚きだけど、結構手慣れた感じなんだよね。普通に上手だし、様になっている。
すがやんが作業している様子をサキは隣でまじまじと見ている。俺たちも一応義務教育の家庭科の授業でこれくらいのことはやったはずだけど、やっぱり日頃からやらないとなかなか出来るようにはならないもので、手がすっかり退化してしまったんだ。
「おっはよーございまーす!」
「おはようくるみ」
「あれっ、サキが半袖着てる。めずらしー」
「サキのシャツはすがやんが今ボタンを付け直してるんだよ」
「えっ!? ホントだ! すがやんすごーい! お裁縫出来るんだ!」
「裁縫っていう程の裁縫じゃないけどな。精々ボタンを付け直したり、ほつれたところをちょっと応急処置するくらいで」
「でも、あたしそんなこと全然やらないもん! すごいなー。その裁縫道具はどこから出て来たの?」
「俺の自前」
「じゃあ普段からやること考えてるってことだよね! あたしも見習わなきゃ!」
くるみはかなり頑張り屋さんな子だとここしばらくで分かって来たけど、今度はボタン付けなんかの簡単な針仕事をサッと出来るようになるよう努力するんだろうか。まあ、出来ないよりは出来た方が、生活をしていく上ではいいんだろうけどね。うちにも一応針と糸くらいはあるんだけどね。触らないよね。
「そう言えば、すがやんの車の鍵にクマのぬいぐるみみたいなキーホルダーついてるでしょ。あれももしかしてすがやんが作ったとか?」
「あ、これのこと?」
「そうそう! 探検服着てるしツルハシ担いでるし、すがやんのオリジナルかなと思って見てたんだー」
「さすがに自分じゃこんなの作れないって。友達が作ったのをもらったんだよ」
「え、じゃあ本当に手作りなんだ。すっごー」
「はいサキ、ボタン出来たぞ」
「ありがと」
受け取ったシャツを羽織って、サキは満足げにしている。袖のボタンもしっかりと留め直して。車のキーについているぬいぐるみのキーホルダーは、くるみがまじまじと観察している。裁縫に対する興味が俄然湧いているって感じなのかな。
「ほら俺、MBCCに来る前にいろいろサークル回って来てるじゃん。NSCって部活で出来た友達と釣り行ったときに星大の子を紹介してもらったんだけど、そいつがメチャクチャ裁縫が上手いんだよな。自分が着る服を縫ったり、テディベア作りが趣味だったりしてさ」
「えっ、男の子で?」
「男子で。ササと同じくらいタッパある結構な大男だよ。なのにすげー細かいとこまで気を遣ってあるんだよな」
「俺が倉庫のバイトに行ったときには、女の人の方が細かいところに気を配れるという風には言ってたけどね。男子なんだね」
「そうっすね」
「男ってさ、こだわり出したら止まらないタイプ、少なからずいるでしょ。すがやんの友達も、そういうタイプなんじゃない?」
「もしかしたらそうなのかもな。釣りのときに見せてもらったテディベアを褒めたら作ってくれてさ。可愛かったし実用性もあったからありがたくつけさせてもらってんだ」
「でも、実際趣味に性別がどうしたとかって、ナンセンスかもね。現に俺たちの身内にも、ロボットやバイクが好きなレナがいるんだし」
「そうだなー」
たまたま自分たちがそれらしいイメージの物を好きなだけで、いつ、何を好きになるかはきっかけがあるものだろうし。それに、家庭科で習うようなことが女子のやる物っていう先入観みたいなものも随分前に取っ払われてるはずの話だ。
「でも、すがやんはどうして簡単な裁縫が出来るようになったの? あたし女子だけど全然普段裁縫とかしないし」
「デニムを自分でアレンジしてたんだよ。ダメージを入れたり、柄の裏地を縫いつけたりしてさ。切った裾をリメイクもしてた。そんなことをやってるうちに、簡単なことなら出来るようになってたんだよ」
「えー、あたしのジーンズもダメージ加工して欲しいなー!」
「持ってきてくれたらいくらでもやるけど」
「ホント!? お願いしまーす!」
end.
++++
すがやんが裁縫道具や救急セットを携帯しているというのは、活発なアクティビティが多いからかなと推測。
引っかかって取れないからとシャツの袖を引っ張ってボタンを引きちぎるというのもサキにしては思い切ったかもしれない。めんどくさかったのかしら
サキもサークルに馴染んだのか、最初の頃より口数がちょっと増えましたね。この調子で頑張れ。
.
++++
「おはようございます」
「おはようサキ」
「おはよー」
「おはようすがやん」
ゆったりとやってきたサキがよいしょ、と棚に荷物を置いて定位置の隅っこの席に着こうとしたときのこと。
「あれ」
「どうした?」
「取れない」
「あ、袖が引っかかってんのか」
荷物置きの棚に、シャツの袖が引っかかって取れなくなってしまったらしい。向島でも大分暑くなってきて、学内には半袖の人も増えて来た。サキは理系でパソコンの授業も多いから冷房のかかる涼しい部屋にいることが多い。だからもうしばらくは長袖でいるのかな。
さすがに少しは暑かったのか、袖のボタンを外していたことで棚に引っかかってしまったようだ。すがやんと2人で何とかして取ろうとしているけど、取れる気配がない。しばらくやっていると、痺れを切らしたサキがムリヤリ袖を引っ張った。
「取れた」
「取れたってお前、ムチャしやがって。ボタンどっかに吹っ飛んだぞ」
「どこだろ」
「高木せんぱーい、どの辺に飛んだか見てませんでしたー?」
「そっちの方に飛ばなかった? いつもレナが座ってるらへん」
「あざーっす。サキ、そっちだって」
「えーと……あった」
「見つかって良かったな。L先輩が掃除機かけてたら吸い込まれてたぞ」
「でも、随分派手にやったね」
「まあ、これはこれで」
「サキ、そのシャツ貸して」
「え?」
「ボタンくらいならすぐ付け直せるから」
「ああ、じゃあ、お願い」
そう言うとすがやんはカバンから携帯用の裁縫道具を取り出して、サキのシャツのボタン付けを始めた。男子が裁縫道具を持ってるっていうのも驚きだけど、結構手慣れた感じなんだよね。普通に上手だし、様になっている。
すがやんが作業している様子をサキは隣でまじまじと見ている。俺たちも一応義務教育の家庭科の授業でこれくらいのことはやったはずだけど、やっぱり日頃からやらないとなかなか出来るようにはならないもので、手がすっかり退化してしまったんだ。
「おっはよーございまーす!」
「おはようくるみ」
「あれっ、サキが半袖着てる。めずらしー」
「サキのシャツはすがやんが今ボタンを付け直してるんだよ」
「えっ!? ホントだ! すがやんすごーい! お裁縫出来るんだ!」
「裁縫っていう程の裁縫じゃないけどな。精々ボタンを付け直したり、ほつれたところをちょっと応急処置するくらいで」
「でも、あたしそんなこと全然やらないもん! すごいなー。その裁縫道具はどこから出て来たの?」
「俺の自前」
「じゃあ普段からやること考えてるってことだよね! あたしも見習わなきゃ!」
くるみはかなり頑張り屋さんな子だとここしばらくで分かって来たけど、今度はボタン付けなんかの簡単な針仕事をサッと出来るようになるよう努力するんだろうか。まあ、出来ないよりは出来た方が、生活をしていく上ではいいんだろうけどね。うちにも一応針と糸くらいはあるんだけどね。触らないよね。
「そう言えば、すがやんの車の鍵にクマのぬいぐるみみたいなキーホルダーついてるでしょ。あれももしかしてすがやんが作ったとか?」
「あ、これのこと?」
「そうそう! 探検服着てるしツルハシ担いでるし、すがやんのオリジナルかなと思って見てたんだー」
「さすがに自分じゃこんなの作れないって。友達が作ったのをもらったんだよ」
「え、じゃあ本当に手作りなんだ。すっごー」
「はいサキ、ボタン出来たぞ」
「ありがと」
受け取ったシャツを羽織って、サキは満足げにしている。袖のボタンもしっかりと留め直して。車のキーについているぬいぐるみのキーホルダーは、くるみがまじまじと観察している。裁縫に対する興味が俄然湧いているって感じなのかな。
「ほら俺、MBCCに来る前にいろいろサークル回って来てるじゃん。NSCって部活で出来た友達と釣り行ったときに星大の子を紹介してもらったんだけど、そいつがメチャクチャ裁縫が上手いんだよな。自分が着る服を縫ったり、テディベア作りが趣味だったりしてさ」
「えっ、男の子で?」
「男子で。ササと同じくらいタッパある結構な大男だよ。なのにすげー細かいとこまで気を遣ってあるんだよな」
「俺が倉庫のバイトに行ったときには、女の人の方が細かいところに気を配れるという風には言ってたけどね。男子なんだね」
「そうっすね」
「男ってさ、こだわり出したら止まらないタイプ、少なからずいるでしょ。すがやんの友達も、そういうタイプなんじゃない?」
「もしかしたらそうなのかもな。釣りのときに見せてもらったテディベアを褒めたら作ってくれてさ。可愛かったし実用性もあったからありがたくつけさせてもらってんだ」
「でも、実際趣味に性別がどうしたとかって、ナンセンスかもね。現に俺たちの身内にも、ロボットやバイクが好きなレナがいるんだし」
「そうだなー」
たまたま自分たちがそれらしいイメージの物を好きなだけで、いつ、何を好きになるかはきっかけがあるものだろうし。それに、家庭科で習うようなことが女子のやる物っていう先入観みたいなものも随分前に取っ払われてるはずの話だ。
「でも、すがやんはどうして簡単な裁縫が出来るようになったの? あたし女子だけど全然普段裁縫とかしないし」
「デニムを自分でアレンジしてたんだよ。ダメージを入れたり、柄の裏地を縫いつけたりしてさ。切った裾をリメイクもしてた。そんなことをやってるうちに、簡単なことなら出来るようになってたんだよ」
「えー、あたしのジーンズもダメージ加工して欲しいなー!」
「持ってきてくれたらいくらでもやるけど」
「ホント!? お願いしまーす!」
end.
++++
すがやんが裁縫道具や救急セットを携帯しているというのは、活発なアクティビティが多いからかなと推測。
引っかかって取れないからとシャツの袖を引っ張ってボタンを引きちぎるというのもサキにしては思い切ったかもしれない。めんどくさかったのかしら
サキもサークルに馴染んだのか、最初の頃より口数がちょっと増えましたね。この調子で頑張れ。
.