2021
■黄金の袖の下プリン
++++
「おーす。遅れたー」
「おっせーなーマエトモ。アンタが時間指定しときながら遅れるってどーゆーこったよ」
「だから悪いっつってんだろ」
「言ってねーわ」
「で? 奥村さんは?」
「ヒマ拗らせてゴロゴロしてる」
「真希、一瞬冷蔵庫借りるわ」
ちょっと前に前原から連絡があって、うちに用事があるというから真希の部屋で待機していた。バドミントンサークルに属する前原とは確かに同じ緑風エリア出身という共通点はあるけど、地元が一緒ってワケでもないし顔見知り以上でも以下でもない。真希という共通の友人がいるだけだ。
ただ、共通の友人はもう1人。うちの地元の悪友で、今は青丹エリアにいる橘亮介という奴だ。うちとは高校の同級生だったんだけど、前原とは中学時代にバドミントンの大会で顔を合わせるライバル的存在だったらしい。その関係で絡まれて、去年の年末に地元で飲んだことはある。
で、その前原がうちにどんな用事があるとも聞かされないまま、真希の部屋でゴロゴロしていた。部屋には真希の好きなバンドのライブDVDが流されていて、音楽に包まれながら怠惰な時間を送ることの喜びだ。そして手元にはレンチンしたチータラ。これがサクサクして美味しいんだ。
「やー、すんませんね遅れて」
「遅いぞ」
「つか起きてもらっていーすか」
「残念だったなマエトモ。こうなった菜月はそうそう起きないぞ」
「じゃーそのままでいーんで本題に移らしてもらっていーすか」
「どーぞ」
「時に奥村さん、MMPに最近顔出してる?」
サークルの話題に、ゴロゴロと横に揺れていた動きを止める。ゆっくりと、気合を入れて起き上がり、ひとまず座る。サークル関係の話題で言えば最近圭斗と昼放送を聞いたりりっちゃんから近況を聞いたりしたけど、自分の目では見ていない。
「出してないけど、それがどうかしたか。と言うかどうしてお前からそんなことを言われなきゃいけないんだ」
「や、ウチの1年にさ、MMPに興味あるって子がいるんだよ。見学に行きたいっつってて。で、良かったら奥村さんに引率してもらえねーかなーとか思ったりしたワケよ。ほら、パッと思い浮かんだMMPの人っつったら奥村さんじゃん?」
「いや、それこそ現役に言えばいいんじゃないのか。ノサカが同じゼミだとか言ってなかったか?」
「ほら、俺って野坂君からクズ認定されてるからなかなか警戒を解いてもらえなくてさ。あの子真面目っしょ? ロボコンの話くらいしか聞いてもらえねーから」
「あー……想像には難くない」
実際前原の話を聞いていれば、酒と煙草とギャンブルと借金っていうイメージだから一般的に言われるクズのイメージとはさほど遠くはないんだろう。うちも公共料金の赤紙が来たりするくらいお金にはルーズな方だけど、さすがに借金まではしていない。
この話をするにあたり、ノサカがダメっぽいというのもあったけど、同じバドサーにいる真希からうちのことが連想されたらしい。その1年と、MMPの話になる直前まで亮介の話をしていたというのもうちの顔が思い浮かぶ要因となったそうだ。で、話を付けてやるよと安請け合いして現在に至る。
「1年が見に来てくれるなら現役もきっと丁重に迎えるだろうから、連れて行くのはまあ」
「マジすか!」
「ただ、うちは人見知りだからな。その1年とやらはお前が責任を持って連れて来てうちに紹介すること。初対面の奴と2人でサークル棟までの徒歩15分と行かせるとか、万死に値するからな」
「そのくらいはやらせてもらいますよ! ちょっと待って下さい?」
前原が立ち上がったかと思えば、台所の方に消えていった。で、戻って来たその手には、何やら白い箱が。
「っつーワケで、これを」
「何だこれ」
「奥村さんに頼み事をするときっつったら貢ぎ物がマストじゃん? だからプリンと焼き菓子」
「ちゃんとした店のじゃないか。サークルへの引率くらいなら対価なんか求めないけど、もらえるならありがたくいただきまーす。わ、固いプリンに、ダックワーズ。うちの好みがしっかり反映されてるな。誰に聞いたんだ? ノサカか?」
「や、野坂君に奥村さんの好きなお菓子とか聞いたら睨まれるって」
「マエトモのクセに何の下心があるんだーっつってね」
「それな。たまたまゼミ室に遊びに来てた水沢さんだよ」
「みずさ……えー!? まさかのダイさん!? ちょっ、それはそれで大先輩に何てことをしてくれてるんだお前は!」
ダイさんと言えばうちらの3個上の先輩で、ちょこちょこサークルにも遊びに来てくれてたし、麻里さんの彼氏でもあるからなかなか馴染み深い方の先輩だ。そういや、在学年が被ってないから直接の絡みこそないけどノサカと同じゼミだって言ってたな。
「まあ、何はともあれありがたくいただきます。真希、冷蔵庫貸してー」
「はいはい」
「しかしまあ、何はともあれ見学に来たいって子が見つかっただけで良かったなあ」
「MMPって今そんな危機的状況なんすか」
「見学希望の連絡もあんまり無かったとは聞いてるな。とりあえず、引率の細かい日程とかはまた連絡してくれ。MMPの活動は月水金だから」
「じゃあ今LINEして聞きますよ」
「ちなみにその1年ってのは男子か? 女子か?」
「男子っすね。すげー人懐こい感じの子で、好奇心旺盛ってのかな?」
「ああ、そんな感じね。真っ直ぐで熱い感じの子で、練習も一生懸命だし。アタシから見てもいい子だと思うよ、まだマエトモに毒されてないから」
「へえ、真希が言うなら本当にいい子なんだなあ。楽しみだ」
「――って俺の信用はないんすか!」
「正直あんまり」
「だろうな!」
end.
++++
菜月さんへの頼み事をするには貢ぎ物がマストって考えもなかなかだけど、実際ないよりある方が成功率は上がるもんなあ。
前原さんって何気にノサカだのダイさんだの、圭斗さんとも話したことはあるからMMPにはアクセスしやすい人ではあったね。
真希の姐御のお部屋では菜月さんは安定の堕落っぷり。きっとその後で軍曹と化した真希ちゃんに扱き倒されるんだろうけどね。
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「おーす。遅れたー」
「おっせーなーマエトモ。アンタが時間指定しときながら遅れるってどーゆーこったよ」
「だから悪いっつってんだろ」
「言ってねーわ」
「で? 奥村さんは?」
「ヒマ拗らせてゴロゴロしてる」
「真希、一瞬冷蔵庫借りるわ」
ちょっと前に前原から連絡があって、うちに用事があるというから真希の部屋で待機していた。バドミントンサークルに属する前原とは確かに同じ緑風エリア出身という共通点はあるけど、地元が一緒ってワケでもないし顔見知り以上でも以下でもない。真希という共通の友人がいるだけだ。
ただ、共通の友人はもう1人。うちの地元の悪友で、今は青丹エリアにいる橘亮介という奴だ。うちとは高校の同級生だったんだけど、前原とは中学時代にバドミントンの大会で顔を合わせるライバル的存在だったらしい。その関係で絡まれて、去年の年末に地元で飲んだことはある。
で、その前原がうちにどんな用事があるとも聞かされないまま、真希の部屋でゴロゴロしていた。部屋には真希の好きなバンドのライブDVDが流されていて、音楽に包まれながら怠惰な時間を送ることの喜びだ。そして手元にはレンチンしたチータラ。これがサクサクして美味しいんだ。
「やー、すんませんね遅れて」
「遅いぞ」
「つか起きてもらっていーすか」
「残念だったなマエトモ。こうなった菜月はそうそう起きないぞ」
「じゃーそのままでいーんで本題に移らしてもらっていーすか」
「どーぞ」
「時に奥村さん、MMPに最近顔出してる?」
サークルの話題に、ゴロゴロと横に揺れていた動きを止める。ゆっくりと、気合を入れて起き上がり、ひとまず座る。サークル関係の話題で言えば最近圭斗と昼放送を聞いたりりっちゃんから近況を聞いたりしたけど、自分の目では見ていない。
「出してないけど、それがどうかしたか。と言うかどうしてお前からそんなことを言われなきゃいけないんだ」
「や、ウチの1年にさ、MMPに興味あるって子がいるんだよ。見学に行きたいっつってて。で、良かったら奥村さんに引率してもらえねーかなーとか思ったりしたワケよ。ほら、パッと思い浮かんだMMPの人っつったら奥村さんじゃん?」
「いや、それこそ現役に言えばいいんじゃないのか。ノサカが同じゼミだとか言ってなかったか?」
「ほら、俺って野坂君からクズ認定されてるからなかなか警戒を解いてもらえなくてさ。あの子真面目っしょ? ロボコンの話くらいしか聞いてもらえねーから」
「あー……想像には難くない」
実際前原の話を聞いていれば、酒と煙草とギャンブルと借金っていうイメージだから一般的に言われるクズのイメージとはさほど遠くはないんだろう。うちも公共料金の赤紙が来たりするくらいお金にはルーズな方だけど、さすがに借金まではしていない。
この話をするにあたり、ノサカがダメっぽいというのもあったけど、同じバドサーにいる真希からうちのことが連想されたらしい。その1年と、MMPの話になる直前まで亮介の話をしていたというのもうちの顔が思い浮かぶ要因となったそうだ。で、話を付けてやるよと安請け合いして現在に至る。
「1年が見に来てくれるなら現役もきっと丁重に迎えるだろうから、連れて行くのはまあ」
「マジすか!」
「ただ、うちは人見知りだからな。その1年とやらはお前が責任を持って連れて来てうちに紹介すること。初対面の奴と2人でサークル棟までの徒歩15分と行かせるとか、万死に値するからな」
「そのくらいはやらせてもらいますよ! ちょっと待って下さい?」
前原が立ち上がったかと思えば、台所の方に消えていった。で、戻って来たその手には、何やら白い箱が。
「っつーワケで、これを」
「何だこれ」
「奥村さんに頼み事をするときっつったら貢ぎ物がマストじゃん? だからプリンと焼き菓子」
「ちゃんとした店のじゃないか。サークルへの引率くらいなら対価なんか求めないけど、もらえるならありがたくいただきまーす。わ、固いプリンに、ダックワーズ。うちの好みがしっかり反映されてるな。誰に聞いたんだ? ノサカか?」
「や、野坂君に奥村さんの好きなお菓子とか聞いたら睨まれるって」
「マエトモのクセに何の下心があるんだーっつってね」
「それな。たまたまゼミ室に遊びに来てた水沢さんだよ」
「みずさ……えー!? まさかのダイさん!? ちょっ、それはそれで大先輩に何てことをしてくれてるんだお前は!」
ダイさんと言えばうちらの3個上の先輩で、ちょこちょこサークルにも遊びに来てくれてたし、麻里さんの彼氏でもあるからなかなか馴染み深い方の先輩だ。そういや、在学年が被ってないから直接の絡みこそないけどノサカと同じゼミだって言ってたな。
「まあ、何はともあれありがたくいただきます。真希、冷蔵庫貸してー」
「はいはい」
「しかしまあ、何はともあれ見学に来たいって子が見つかっただけで良かったなあ」
「MMPって今そんな危機的状況なんすか」
「見学希望の連絡もあんまり無かったとは聞いてるな。とりあえず、引率の細かい日程とかはまた連絡してくれ。MMPの活動は月水金だから」
「じゃあ今LINEして聞きますよ」
「ちなみにその1年ってのは男子か? 女子か?」
「男子っすね。すげー人懐こい感じの子で、好奇心旺盛ってのかな?」
「ああ、そんな感じね。真っ直ぐで熱い感じの子で、練習も一生懸命だし。アタシから見てもいい子だと思うよ、まだマエトモに毒されてないから」
「へえ、真希が言うなら本当にいい子なんだなあ。楽しみだ」
「――って俺の信用はないんすか!」
「正直あんまり」
「だろうな!」
end.
++++
菜月さんへの頼み事をするには貢ぎ物がマストって考えもなかなかだけど、実際ないよりある方が成功率は上がるもんなあ。
前原さんって何気にノサカだのダイさんだの、圭斗さんとも話したことはあるからMMPにはアクセスしやすい人ではあったね。
真希の姐御のお部屋では菜月さんは安定の堕落っぷり。きっとその後で軍曹と化した真希ちゃんに扱き倒されるんだろうけどね。
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