2021

■負けて得られる物もある

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「果林先輩、再戦お願いします」
「どうぞ」

 6月に開かれる初心者講習会に向けて、俺たち対策委員は講師を誰に頼もうかという段階にあった。会議では果林先輩とマーシーさんに頼めれば勝ち確だろってノリで、じゃあ頼むかーと各々頼める奴が頼みに散った。
 俺と高木でさっそく果林先輩に講習会の講師を頼んだところ、対策委員は詰めが甘いとバッサリ行かれてしまったんだ。まず、アナウンサー講習なのか全体講習なのか、何をどうしたいから誰に頼むのかが決まってないのに頼みに来るなと。
 詰めの甘さで言えば、前対策委員で講習会の事に関しては粗方わかっている先輩たちがこっちの言いたいことを理解してくれるだろうという期待をし過ぎたというのもある。今年の俺たちが何をしたいのかちゃんと考えてから来いという話になった。
 それを受けて対策委員で話し合った結果、果林先輩にはアナウンサー講習を頼むことになった。そしてマーシーさんには全体講習を。で、ミキサー講習には今年の俺らが頼みたい、パソコンの扱い方について現段階で一番精通してるL先輩を攻めるぞと。

「まず、結論から言えば果林先輩にはアナウンサー講習を頼みたいっす」
「アナウンサー講習ね。他の講師陣は?」
「全体講習をマーシーさんにお願いしてるところで、それからミキサー講習はL先輩がやってくれることになったっす。L先輩には昨日高木が頼んで、それでオッケーをもらいました」
「へえ、Lなんだ。その経緯も聞いていい?」
「パソコンを使い始めてからミキサー事情が大きく変わったってのもあって、そこのところの事情を一番理解してるL先輩に講習をしてもらうのがいいだろうって話っすね。今は一応収録だけっすけど、そのうちパソコンから出力をやるようにもなるだろうからって」
「なるほどね。先を見据えた結果ね」
「そういうことになるっすね」

 今年っぽさって何だと考えた結果、やっぱりパソコンだろうと。3月にあった春の番組制作会からパソコンを使って同録を保存し始めたんだけど、高木によればパソコンを1台噛ませるだけでも機材の接続の仕方はやや煩雑になったらしい。
 その辺の事情を一番理解してる、と言うかその仕組み作りだとか改革だとかをしようとしているのがL先輩だっつー事情もある。対策委員の機材管理担当として、高木的にミキサー関係の話を教えてもらうなら誰だと考えた結果、L先輩だったようだ。

「で、アナウンサー講習なんすけど」
「そうね。そっちはどうする予定?」
「従来通り、トークの組み立て方だとか簡単な発声の基礎練習、それから、状況に応じた番組内容の作り方みたいなところを詰めてもらえればと思ってるっす」
「ふんふん」
「アナウンサー講習で今年っぽさってのは正直あんま思いつかなかったんすけど、何せ基礎っすね。ステージ勢でも映像勢でも持ち帰って自分らのトコで使える感じの基礎っす。ラジオに限らない話っつーヤツが欲しいなと」

 なるほどねー、と果林先輩はしばし考えている。何をどう考えているのかがわからない分正直めっちゃ怖くはあるんだけど、前回よりはちゃんとこっちの考えていることだとか、どう講習会を進めようとしているのかっつー部分は伝わっているはずだ。つか、これでダメならどうしようもない。
 ミキサー事情は大きく変わったけど、アナウンサーに関しては去年と比較してもそこまで大きな変化はない。だったら、これまで通りの基礎を積み上げていくしかないじゃないかと。強いて言えば、作品の公開の仕方が変わることでの表現方法の違いとかがあるけど、それは全体講習の範囲だし。

「まあ、いいんじゃないですか? 何となく講習会のビジョンは見えたし」
「マジすか! それじゃあ」
「アナ講師、やるよ。5日の土曜日だっけ?」
「そうっす! お願いします! つか、今回の頼み方はどうっした? 前よりはマシになったんじゃないかとは思うんすけど」
「確かに、すごくいいかって言ったらそうじゃないし、前よりはマシ、普通って感じだね。でもアタシも鬼じゃないからさ、さすがに高ピー先輩と戦えるレベルのプレゼンは求めないし。それを抜きにしても前回がちょっと酷すぎたからね」
「反省はしたっす」
「そうね。それはわかった」

 前回は俺がちょっと果林先輩をナメてたっつーか、先輩側に投げてたところもあったっつーのは認めざるを得ない部分だ。今回も、いいか悪いかっつったら良くはないとは言われちまったけど、一応伝える部分は伝わったと思っていいだろう。もちろん反省と改善はするっていう。

「ああ、それでなんすけど。果林先輩にちょっと相談があって」
「なになに?」
「対策委員ってメンバーが結構ミキサーに偏ってて、アナが俺とサドニナしかいないんすよ。青女は今忙しいし、アナのことが実質俺の独断で決まっちまうのはどうかなーとは思ってて。委員長が言うんだしそれでいいんじゃないっつーのも、違うっていう。で、打ち合わせの中で果林先輩の意見とかも聞かしてもらえたらなーと」
「なるほどね。第三者としての目で見てくれと」
「そんなようなことっす。俺と果林先輩でもMBCC的になりそうなんで、本来はちゃんとサドニナにも聞けたらいいんすけどね」
「まあこの時期の青女さんは忙しいから無理は言えないね。わかったよ。その辺はまた打ち合わせのときにね」
「あざっす」

 話がちゃんとまとまって、一気に力が抜けた。体の中に籠もった熱い空気を、長く大きく吐き出す。疲れた。果林先輩相手でこれっつーことは、高崎先輩相手のプレゼンバトルはもっとエネルギーを消費すんだなっていう。それを日常的にやってた果林先輩って、実は只者じゃねーべ。

「プレゼンって疲れるっすね」
「エージはまだ経験が少ないからね。でも、エージがザコいのは実質アタシの責任でもあるから、代替わりまでにみ~っちり鍛えてあげよう」
「お手柔らかに頼んます」


end.


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ザコいとはっきり言われてしまったエイジだけど、高崎相手の焼きそばの時は手加減されてたんやろなあ……1年補正とかで
というワケでエイジvs果林のバトルだけども、果林が折れた形ではあるけどエイジの完全勝利とはいかなかった様子。まだまだこれからだね
タカちゃんがどのようにしてLを攻めたのかっていうのも気になるところ。その辺は来年度以降で見れたらいいね。

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