2021

■恨み辛みを込める先

++++

「あっれ! 朝霞クン、大石クンと一緒に来るなんて珍し~でしょでしょ~」

 何と言うか、久々に“ステージスター”の顔を見たなと思う。特に理由もなく、たまには飲むかと大石とサシ飲み。大石絡みの時は大体プチメゾンだし、たまには星港で飲むのも新鮮でいいんじゃないかと思って。
 人が変わっても席ややること自体に変わりはない。俺はいつもの席に座り、いつものように注文をする。生中と五種盛りから。大石も同じように生中と五種盛りから注文して、周りを少し見渡している。プチメゾンと比べると明るい店だとは思う。

「朝霞っていつもここに飲みに来るの?」
「そうだな。飲むだけじゃなくて普通に飯を食いに来ることもある。山口割が利くってのもあるけど、それを抜きにしても元々安いし美味いからな」
「うんうん、安くて美味しいって最高だよね」
「大石クンて確か丼が好きなんだよね? うちの店の丼メニュー、照り焼き丼か親子丼かって感じだけど大丈夫?」
「って言うか居酒屋に丼メニューがあるのが驚きだよ」
「普通にご飯食べに来る人もいるからね。……あっ、いらっしゃーい!」
「ん?」

 いらっしゃいませーじゃなくて、いらっしゃーいと山口が客を迎える時は大体顔見知りの事が多い。誰が来たんだと目をやると、宇部と日野だ。日野はいつも通りという感じだけど、宇部の様子がおかしい。柄にもなく沈んでいるような。

「はーっ……洋平、生とキュウリを」
「宇部、どうした?」
「友人と来ているんでしょう。私のことはいいのよ」
「いやいや、アサちゃんもぐっさんも聞いたって! 今日なー、農学部の球技大会やってんよ。けどなー? メグ、キックベースで失敗してもーてからこの調子やわ」
「あー……そっか、球技大会か。お疲れさん」

 農学部には学部ごとの特殊な行事というのが結構な頻度であるらしい。毎年5月にある球技大会もそのひとつで、今年はキックベースとドッヂボールの2種目行われていたそうだ。だけど宇部は俺と同じで典型的文化系、スポーツは苦手と言うか運動音痴の域にある。
 今年の球技大会の前にもここで大会に対する愚痴なんかを吐いていたんだけど、急に運動神経が良くなるワケでもなく、何事もなく1日が過ぎ去るのを祈るしかないという結論に達していた。俺も運動音痴だから、宇部の気持ちはよくわかる。

「でも、出来ないんだからしょうがないってこないだ朝霞クンと一緒に開き直ってたでしょ?」
「開き直ったわよ。そしてあの後で朝霞から「憎い奴の顔でも思い浮かべてボールを蹴ればいい」と言われてその通りに実践したの」
「え、冗談のつもりだったのに」
「母と日高の顔を思い浮かべて蹴ったわ。練習でも出来なかったレベルの命中よ」
「で、メグが勢いよく蹴ったボールがピッチャーやっとった子を真っ直ぐ襲ってな……その子咄嗟にキャッチ出来んくて突き指してもーてん」
「あっちゃ~……ボールは手の平で受けなきゃケガするよね~」
「よっぽどお前の強い恨みが乗ってたんだな」
「恨みを乗せて蹴ったまでは良かったわ。だけどその結果、何の関係もない人を怪我させただなんて笑えないわ」

 これはつまり、俺の助言が悪かったということなのだろう。ただ自分が運動音痴なだけなら球技大会の日だけの憂鬱で済んだ物を、恨みを乗せた結果、その念に関係のない他人を怪我させてしまえばこの先も気に病んでしまう。恨み辛みはスポーツに乗せるべきではなかったな。

「うん、ネガティブな感情を乗せてスポーツをやるのはお勧めしないよ。相手やチームメイトがいるスポーツなら尚更。水泳とか、1人で黙々とやっていられる競技ならいいんだろうけどね。でも、集中力も続かないし、ストレスでスタミナが切れるのも早く感じるし。やるもんじゃないよ」
「そうなのね」
「大石、随分実感が乗ってるようだけど」
「昔の俺がそうだったからさ。すっごいイライラしてむしゃくしゃしてたけど何に当たればいいのかもわかんなくて、ただただ泳いでた時期があったんだよ。あずさに聞けばわかると思うよ」

 そう言えば、それこそ伏見だったかベティさんだったかが言っていたような気がする。水だけが大石を受け入れてくれていた時期があったと。まあ、思春期特有のあれこれなんだとは思う。その頃見聞きしたり、実際にやっていたことは大人になってもどこか尾を引くものだと。……宇部の親が離婚したのもそれくらいの時期だったか。

「あれっ、そう言えば普通に喋ってるけどお前ら面識あったか?」
「朝霞、あなたはどうしてステージや書き物以外の記憶がここまでガバガバなのかしら」
「宇部さんには野菜を譲ってもらったじゃない。それに、2人で何回かプチメゾンにも来てたでしょ?」
「あー、そういやそうだったかもしれない」
「えっ、朝霞クンいつの間にメグちゃんとバーになんか行ってるの!?」
「あら、朝霞とのサシ飲みなんか珍しくも何ともないわよ」
「メグちゃんばっかりズルい! 俺も朝霞クンと遊びたいのに! 何なの? 何かあったんなら俺にだって言ってくれればいいのに。朝霞クンにとってやっぱ俺って」
「ちょっと、あなたまで変な感情を拗らせるのはやめなさい!」
「ぐっさんはアサちゃんのガチ勢なん?」
「そんな安っぽい言葉では表現出来ないとだけ言っておくわ」

 だけど、山口の変な絡み方で宇部の心配は別のところに移ったらしかった。みんなそれぞれ問題を抱えてはいるんだけど、こうやって何でもないことで笑ったり泣いたり、怒ったりしながらも楽しめるっていうことがどれだけ贅沢か。

「朝霞、洋平が面倒だからそろそろ一度2人で遊びなさい」
「何だよそれ。つか何で俺がコイツのお守り役みたいになってんだよ」


end.


++++

農学部の球技大会で宇部Pがちょっとやらかしてしまったらしかった。と言うかいつの間にそんなアドバイスなんかしてたんや朝霞P
と言うかLIBを経て明るく健全な親友になったはずの洋朝なのに、やまよが久々にちょっと拗らせている。いや、宇部Pを励ますためのポーズだと思いたい。
ちーあさも軽い親友の域にはいると思うけど、そんな素振りできゃっきゃしてるとやっぱクレイジーサイコナントカが出てきそうな日でした。

.
51/100ページ