2021

■こんなのもいいよね

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 ファンタジックフェスタに向けてそれぞれの班で動き出しているという風にはサークル中とかに聞いていた。もちろん自分もそのように動いている。今回は星大の羽咋先輩が班長で、青女の糸魚川先輩、それからマリンと俺という4人班だ。
 羽咋先輩と糸魚川先輩という、3年生の先輩たちの中でも屈指のゆったりした人たちの組み合わせ。俺もどっちかと言えば緩い方だから、マリンが一番きっちり、ハキハキとしているのかな。でも、番組的には上手いこと行きそうだ。
 ファンフェスの番組はアナウンサーが1人でやる番組を15分ずつ、2人でトークするダブルトークの番組が30分の計1時間で構成される。マリンと糸魚川先輩はアナウンサーとしてのタイプが違うから、ダブルトークでの相性は案外良さそうだと考えている。

「あっ、高木くんおはよう」
「おはようございます」
「さっそくだけど、よろしくお願いします」
「こちらこそお願いします」

 今日は糸魚川先輩と組むピントークの打ち合わせだ。今回の番組では、俺がやりがちな基本の型から崩した番組構成を封印して、基本中の基本の構成で1時間行くことになった。羽咋先輩が慎重派なのもあるし、アナウンサー2人がラジオ系大学じゃないという理由でもある。

「ええと……随分な大荷物ですね」
「あっ、ごめんね、気になるかな。ウチって5月末に植物園でステージやってるんだけど、その衣装を作るのにミシン持ち歩いてて」
「えっ、衣装から作ってるんですか」
「そうなのー。やっぱり、ステージの世界観に合った衣装でやりたいし。家とか大学ではフルサイズのミシンで一気にガーッと縫うんだけど、用途によって使い分けたりもするんだ。小物ならコンパクトミシンでやったりとか」
「へえ……本格的な洋裁なんですね。衣装は毎年新しいのを作るんですか?」
「そうだね。イベント毎に作ってあんまり使い回さない。新しい子も入って来るし、台本も違うし」

 さらっと言うけどやってることが半端じゃなくすごい。何か、伊東先輩が台所関係で電気圧力鍋を買いましたとか真空ナントカ鍋を買いましたみたいな感じでかなり本格的にやってたけど、そう聞くと糸魚川先輩はプロ級の洋裁の腕前なんだなと。
 小脇に置かれたコンパクトミシンと、それで作った衣装の装飾に使う造花の袋がやたら目に入って来ると言うか。造花が袋から溢れそうなほどこんもり入ってるんだ。まあ、手のひらサイズの花なら服を飾る以外にも使い道はあるか。俺はよくわかんないけど。

「ああ、それとね」
「まだ何か」
「これ、よかったら食べてくれる? お菓子なんだけど」
「お菓子ですか? ありがとうございます」
「こういうの好き? 中にカスタードクリームが入ってるんだけど」
「好きですよ」
「よかったー。私の彼がこのお菓子が好きで、作って欲しいって言われて作ったんだけど、どうも私、何でもかんでも作りすぎちゃう癖があって」

 確かに、造花にしてもこのお菓子にしても結構な量がある。手作りのお菓子だからあまり日持ちはしないし早めに食べてねと言われても、1人で食べる量ではないんだよなあ。エイジ……は手作り微妙だからなあ。まあ、果林先輩に声をかければ一瞬でなくなるか。

「えっと、ユキちゃんからチラッと聞きましたけど、糸魚川先輩の彼氏さんて、青敬の先輩なんでしたっけ」
「えっ、ユキちゃんそんな話もしてるのー!? そう、4年生の長野さんていうんだけど、高木くんは面識ないよね」
「いえ、お会いしたことはありますよ」
「えっ、そうなの?」
「緑大に呪いの民俗学の授業を受けに来てた方ですよね。ハロウィンの時期に、ウチのサークル室でお化けに扮して高崎先輩を驚かせようと入り待ちしてました。それで、伊東先輩からクッキーをもらってて」
「そうそう、その宏樹さんなんだけど……ええ、緑大まで行って何をやってるの……」
「友達が長野先輩の高校の後輩らしくって、長野先輩はこういう愉快な人だからって言ってました」
「愉快。愉快ね。……愉快、なのかなあ」

 当時被っていたお化けを模した白い布は、糸魚川先輩相手に使うために実苑くんに拵えてもらった物だったとかで、高崎先輩はドッキリとかオカルト関係が苦手な人がどういう反応をするかの実験相手だったようだ。高崎先輩で実験をする度胸……さすがは4年生だ。

「あっ、そう言えば自分の雑談ばっかりで番組の話全然してなかったよね、ごめんねー」
「いえ、大丈夫ですよ。雑談も番組をやるに当たっては大事なので」
「どういうこと?」
「一見どうでもいいようなことを話すことで意思の疎通を取れるようになるだとか、相手のキャラクターや話し方なんかを知ることでBGM選びの参考になります。尤も、奥村先輩の受け売りではあるんですけど」
「なるほど、菜月先輩譲りか」
「はい。夏合宿でお世話になったときに、打ち合わせと称した雑談回があって、そこでそんな風に言ってました」
「そしたら、マリンちゃんとも雑談してみた方がいいかな? あの子のことまだあんまりよく知らないんだよね」
「そうですね。一度雑談回を設けたらいいんじゃないかなと思います。……まあ、羽咋先輩が何て言うかにもよりますけど」

 言ってしまえば番組構成が基本中の基本と決まっている以上、机の上で話し合うことはさほどないに等しいんだ。マイクの前、機材の前でどうするこうすると実践練習をしているならともかく。だから、雑談で相手と向き合う時の緊張を少なくしたいというのが人見知りなりのやり方かな。


end.


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今年度はファンフェスの話をあまりやっていなかったのだけど、なかなか新鮮な組み合わせのさとちゃんとタカちゃん。
そもそもさとちゃん久し振り過ぎて一人称とか忘れてるし、どんな子だったっけっていうところからのスタート。妹はうたちゃん。
奇抜な番組構成がウリのタカちゃんだけど、ごくごく普通の番組もやれます一応。練習イラネって言えるレベルではやれるよ。

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