2021

■異なる光のスペクトル

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「おはようございます」
「あっ、ちょおーどいーところに野坂君!」
「え、あ、はい、何でしょう」

 ゼミ室に入るなりに、前原先輩からいいところに来たと言われれば身構えてしまうのは自然の摂理だろう。良からぬことに巻き込まれるのではないかという恐怖が前面に来るのはこの人の日頃の行いだ。

「29日にさ、野島ゼミ杯の麻雀大会やるんだけど、野坂君確かちょっとやれるっつってたよね? 良かったら来てくんない?」
「賭博の要素のある会であれば不参加ということで」
「や、今回はガチな賭けはなし。精々コンビニでビール1缶奢れとかその程度の可愛いヤツだよ」
「なるほど。勝ったとしてもケーキをひとつ買ってくださいと言える程度の可愛い規模の会であると」
「そーそー、健全なヤツ。飲みながら麻雀やって、ゼミ生同士の親交を深めようっていうヤツだよ」

 俺が所属する野島ゼミという研究室に属する学生は、麻雀の嗜みがある人がまあまあいるらしく、たまにみんなで集まって楽んでいるそうだ。前原さんはギャンブルに負けて借金をしている印象がとても強いけど、負けるのはパチスロで、麻雀は軽く楽しむ程度であるとか。本当かな。
 磐田先輩も来られるということで、俺も人数合わせ程度に顔を出してみることに。負けても1日ワンコイン程度の出費で済むそうなので、致命傷にはならないかと。ただ、履修に余裕が生まれるのは秋学期から。バイトを始めるにはまだ早い。たかがワンコイン、されどワンコインだ。

「佐久間君て麻雀やれたっけ。やれるんなら誘ってみてよ」
「ヒロは麻雀には興味がないはずですね。それから、誘っても来ないと思います」
「そっか、残念。まあいいや。会場は俺の家だし、裏にコンビニあるから飲み食いには困んないはずだけど、欲しいモンがあるなら用意してきてもらって」
「わかりました」

 そうこう話していると、おはよーと夢の国の某ネズミのような声色で磐田先輩がやって来た。磐田先輩はとてもお人好しで頼まれたことにはNOと言えない性格だ。だから前原先輩や京川さん(本能が警鐘を鳴らす危険な人)という悪い人たちにつけ込まれがちだ。

「あっ、野坂くんも麻雀大会来てくれるんだ」
「はい。賭けの規模が可愛らしいと聞いたので」
「うん、そうだねー。野島ゼミ杯ってついてる大会はホントに、出したとしても1000円以内だからねー。逆に言えば、そうじゃない会はお札が飛び交うこともあるから、気を付けてね」
「え。……情報に感謝します。えっと、再確認ですが、この度の会は可愛らしい野島ゼミ杯で間違いないですか?」
「うん。29日のは野島ゼミ杯。5月の連休のは何でもアリの会だね」
「――っとっと、あっぶねー! 前原先輩、やっぱり金銭も賭けてるんじゃないですか!」
「いや、俺は負けるからアブねーヤツは場を提供してるだけ! 家主特権で負けてもマイナスにはなんねーようにしてもらってっし!」
「そういう問題ではありません」

 危ない危ない。この話を聞けていなかったら、今後札が飛び交う危ない方の集まりにも巻き込まれるところだった。本当に、このゼミで平穏に生きて行くには磐田先輩からの情報が必須じゃないか。こわいこわい。俺はギャンブルをしたとしてもゲーム内のスロット程度だ。

「いやあ野坂君、俺のことをこの怪しい奴めみたいな目で見てるけどさ、磐田も十分グレーな奴なんだぜ?」
「磐田先輩に限ってそのようなことがあるはずないでしょう」
「あるんだっつーの。天文部がどんだけヤベー部活か知らねーからそんなコト言えんだよ」
「あれ。磐田先輩は比較的真面目に天文部としての活動をしているのでは? 去年、磐田先輩がプラネタリウムを作っているところをお見かけしましたが」
「天文部はさっそく今年入った1年を食ってるらしーもんなァー。なあ磐田、実質的飲みサーとか合コンサークルみたいなモンなんだって」
「うーん、否定できないね。天文してるのは俺を含めても片手で間に合うし」
「ただ、磐田は飲みサー的なクソみてーな飲み会の雰囲気も嫌いじゃない。で、流されて飲まされて潰されて、陽キャどものおもちゃにされるまでがワンセット。心底ドMなんだよコイツは」

 どんだけまともに見えよーが磐田の本質なんか俺とダチやってる時点でお察しだろ、と前原先輩は笑う。そう言われてしまうと確かにそうなんだけども、前原先輩は金銭に対して特別酷いだけで他はクズって言っても可愛いレベルなんだよな。プログラミングの腕は確かだし。
 しかしこう聞くと、天文部という団体が部活の皮を被ったとんでもない団体であるという風に聞こえる。去年の新歓ビラ配りの際、菜月先輩が「天文部は酒ばっか飲んでロクに天文してないクソ部活だ」と天文部の横で言ってたけどこれだけの証言があるならガチなんだろう。

「そーだ磐田、ウチの後輩の幼なじみっつー女子が天文部に行ってると思うんだけど、それらしい真面目な天文女子来た?」
「うん、それらしい子は来てくれたから、天文ガチ勢で何とか囲ってるよ」
「あーうん、頼んます。俺も一応バドサーでのメンツっつーモンがあるからさ。後輩からの頼みは無碍に出来ねーんだわ」
「あの子は本当に天文部にしか行き場がないのかなあ。他にもっとまともな天文サークルでもあれば、そこを紹介してあげたいんだけど」
「まあ、ちゃんと天文やりたい奴には酷な環境だわな」

 MMPではあまり聞かないタイプの話だから、世の中っていろいろだなあと強く思うワケで。どの社会的空間がどんな色なのかっていうのはパッと見だけじゃなかなかわからないからこそ、いろいろな視点からの情報が大事になってくるんだろう。


end.


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ノサカが多少汚い社会の話を知っていくには、前原さんだの樹理ちゃんだのとの絡みが必須だとも思うワケで。それこそMMPでは知り得ないことだからこそ。
前原さんとバンデンとの間で1年生を巡る密約的なヤツがあったようですが、そのおかげで春風が比較的ちゃんと星のことをやれてたのでしょう
前原さんはクズであることには違いないけど、人情には厚かったり能力がクソってワケではないので後はやっぱり金銭、賭けの感覚なんだろうなあ

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