2021

■壊れない壁

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「朝霞」
「……ああ、宇部か」
「いつか見たような物騒な顔で歩いているのね」
「土曜だろ、お前こそこんなところでどうしたんだ」
「あら、畑に曜日は関係ないのよ。大学での用事を終えて、コーヒーでも飲もうかと思っていたところよ」
「そうか」

 大学で見ている畑や漬け物の世話を終えて、近くの喫茶店へ行こうとしていたときのこと。眉間に皺を寄せて鋭い目付きをした朝霞を見かけた。彼とは放送部の同期なのだけど、部の現役の時のような鬼気迫る表情と言うのが適している。
 かつて“鬼のプロデューサー”と呼ばれた彼も部を引退してしまえば気のいい人で、よく笑うし多趣味故に知識も豊富で、話していてとても楽しいのだけど。現役時代はとても頑固で、融通の利かない面倒な人であったという記憶は昨日のことのように蘇る。

「この後用事がないのなら、あなたもどう? 話くらいは聞くわよ」
「悪いけど、今俺めちゃくちゃイライラしてるから、お前に八つ当たりする未来しか見えない」
「あら、あなたの虫の居所が悪いくらい私にはどうと言うことはないわ。日常だったもの」
「……確かに。不機嫌な俺を一番上手くあしらえるのはお前かもな」
「それに私の愚痴も聞いてもらっていたし、おあいこよ。行きましょう」

 それじゃあ今日は聞いてもらうか、と彼は私の誘いに乗って来た。部の現役時代、私は監査として、そして彼は“流刑地”と呼ばれた班の長として表面上対立しているという体でやっていた。水面下で繋がっていたというのは誰にも悟られぬよう。
 星ヶ丘大学の放送部というのは代々部長が強大な力でもって支配し続けていて、先の部長、日高は一方的に朝霞を敵視していた。私は幹部が部を掌握する体制を潰そうと、誰もが自由にステージをやれる部を作ろうとしていた。
 日高の右腕として汚れ仕事をしたり、日高の所為で始末書を書く羽目になったことは数知れず。やり場のない怒りから発せられる愚痴を裏で朝霞に聞いてもらう日々。朝霞は朝霞で理不尽な扱いを受けていたにも関わらず、快く聞いてくれていた。

「喫煙席に入るわよ」
「ああ、わかった」
「近頃はどこの店でも全面禁煙になってきてるでしょ、行く場所が無くて困ってるの」
「そうだよな。でも、作業なんかをするには喫煙席の方が恵まれた環境であることも珍しくない。カウンター席があったり、充電ポッドがあったり。全面禁煙になって元々喫煙席だった席に座ることが出て来て気付いたんだけど」
「確かにそういう店もあるわね。でも、私としては煙草を吸いながら作業を出来る店の減少傾向はどうにかならないかしらと」
「喫煙者的には困るよな。煙草を吸うにもいちいち外に出なきゃいけないんだ」
「この店は今のままであってもらいたいわ」
「宇部、俺にも1本いいか」
「仕方ないわね」

 日常的に喫煙する習慣を持ち合わせない朝霞は、たまにこうして貰い煙草をする。普段行っている店では店員として働く彼の親友がそれを取り上げるのだけど、その目がない場所では煙草一本の時間で愚痴を吐く。

「そろそろ本題に入るわよ。それで、どうしたの」
「単刀直入に言えば、ちょっと喧嘩をな」
「友達と?」
「インターフェイスのな。相手は伏見の幼馴染みで」
「ああ、伏見さんの」
「伏見からアイツが何か悩んでるっぽいから話を聞いてやってくれーっつって頼まれて、話を聞きに行ったんだ。それでこう、な」
「殴ったの?」
「殴ってねーよ」
「あら、よく踏みとどまったわね」
「俺を何だと思ってるんだ」

 正直に言えば、朝霞が人の相談に乗れるというイメージは全く無い。朝霞はとにかく前だけ向いて壁をぶち壊しながら前進し続ける人だから、立ち止まったり振り返ったりする人の気持ちは理解出来ないんじゃないかしら。
 その相談の過程で伏見さんがどれだけ心配しているのかわかっているのかと詰めたところ、自分こそ彼女の気持ちを分かっていなさすぎると反論されたのだそう。それだけ聞くと伏見さんを巡って起こった喧嘩のよう。

「とりあえず、頭を冷やしなさい。話はそれからよ。あなたは熱くなると視野が極端に狭くなるわ。それで利き手を動かせなくなったのを忘れたの?」
「ぐっ。ま、まあ、一理ある」
「それから、伏見さんの気持ちどうこうのこと。彼女は一般的な感性の優しい女性よ。あなたと彼女の間にある壁は壊れない物と思いなさい。その気持ちをあなたが理解出来るはずないのだけど、寄り添うことくらいは必要かもしれないわね」
「寄り添う、なあ」
「映研の脚本を書く彼女を見ているのでしょう? 口や手を出すだけでなく、黙って見守るということを覚えたらいいわよ」

 朝霞は変人とか変態の部類に属するストイックさで、自分のやり方を周りにも強いる、或いは出来ると思う節がある。部の現役の時は彼の周りにいたのが似たような人たちだったから受け入れられただけで、彼のスタンスを理解出来ない人の方が圧倒的に多い。

「うわ、これ以上は無理だな。短い短い短い」
「はい、終わりね」
「どーもでした」

 愚痴を吐く制限時間は煙草一本分。いつの間にか定まっていた暗黙のルール。だけど、それを過ぎてしまえばすぐに切り替えられるのが案外いいのかもしれない。あまり長々と話しても、私たちが言い争うことになりかねないから。

「……ケーキでも食うかな。カスタードケーキにしよう」
「私も、シフォンケーキでも食べようかしら」
「お前もケーキなんて食うんだな」
「あら、食べる時は食べるわよ。まあ、どちらかと言えば和菓子の方が多いかしら」
「ああ、確かに。それじゃあボタン押すな」


end.


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朝霞Pと宇部Pのお話でこのタイトルは何かのギャグっぽいけど、フェーズ1の今頃?ぶん殴った壁とは一応無関係。
今年度は星ヶ丘の話も初めてになるのかな。現役の子たちの話も遅かったもんね昨年度は。今年度はそろそろやっときたい。
ちーちゃんとのケンカに関しては去年ちょっとやったので今年はナレベ。他にちょこちょこ隙間を埋めるくらいかな。他にもいろいろやりたいんだもの

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