2021
■隅の空気が渦巻く
++++
「おはようございます」
「……くしゅん」
「ん?」
「くしゅん。……すみません」
部屋の隅の方からかわいらしいボリュームのくしゃみが聞こえたと思ったら、サキだった。もうひとつくしゃみをして、おはようございますと俺に挨拶を返してくれる。でも、ちょっと鼻声だ。
サークル見学を経てMBCCに正式に入ってくれたサキこと佐崎くんは、見学のときから座っていた隅っこの席が定位置になった。もっと広い席あるよと勧めても、ここがいいと言って頑なだったんだ。そういう場所の方が好きな子なのかもしれないね。
「サキ、もしかして花粉症?」
「はい。一応薬は飲んでるんですけど、くしゅん。この調子で。すみません」
「ううん、大変そうだよね。もししんどそうなら無理はしなくていいからね」
「ありがとうございま、くしゅん」
MBCCで花粉症と言えば伊東先輩の印象がとても強い。伊東先輩はサキの何倍も勢いのあるくしゃみを連発していて、常に保湿ティッシュを小脇に抱えていた。いい陽気なのに花粉が入るからと窓を開けるのも禁止するしでとにかく春は大変そうだなと。
ああいう前例があるから花粉症の人に対する理解はまあまあある方のサークルだと思う。伊東先輩のように寝込むほど酷い人もなかなかいないだろうけど、人によって程度の違うそれに対して、辛い物は辛いのだと理解を示すことが出来るようにはなった。
「サキ、練習出来そう? 動くのしんどそうなら何か読んでる? 生憎、この部屋には過去のノートくらいしか読み物はないんだけど」
「読み物を貸していただけると嬉しいです」
「何がいい? 雑記帳にアナノート、ミキノート、いろいろあるけど」
「パート別にノートがあるんですか」
「うん。昼放送の後にどういう番組だったかとか、何の曲を使って、どういう反省があったかっていうのを書くんだよ」
「ミキノートを読んでみたいです」
「わかったよ。はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
ノートを渡すとサキは隅っこでさらにちまっとなって、黙々とそれを読み始めた。伊東先輩曰く、花粉症の人にとっては部屋の空気が動くのもなかなかにしんどいらしい。これからバタバタと人が来始めるだろうから、またくしゃみが出ちゃうかな。
「おざーっす!」
「おはようございます」
「ああ、シノ、ササ、おはよう」
「くしゅん、くしゅん」
「あれっ、高木先輩以外にも人いるんすか?」
ちなみに、ササこと佐々木くんとシノこと篠木くんも見学後に正式にMBCCに入ってくれることになった。特にこの2人は社学メディ文で俺と同じ学部学科。学部のオリエンテーションで回ったゼミのラジオブースで釣れたみたいだ。これからどうなるかな、いろんな意味で。
それはともかく、サキの定位置は開けたドアのちょうど裏側になるから、覗き込まないとサキがいるのが見えないんだよね。シノがきょろきょろしてるのを後目に、何となくくしゃみの場所を察したらしいササがそこを覗き込む。
「ああ、サキか。おはよう」
「おは、くしゅん、よう」
「おいおい、大丈夫かよ」
「かふ……くしゅん」
「花粉症なのか」
「うん、そうみたい。悪いけど、ドア閉めといてあげてくれる?」
「大変そうだなー。俺花粉症じゃないからツラさはわかんないけど、どんなモンなんだ?」
「バイト先の先輩に花粉症酷い人がいて、寝込むくらいなんだって。症状やその重さは本当に人ぞれぞれだから、自分の経験だけでどうこう言えるモンじゃないらしい」
「そうなんだよね。MBCCにも酷い花粉症の先輩がいたんだよ。今はもう引退したんだけどね。サークル費で空気清浄機を買おうって熱弁してたけど却下されてたよね。懐かしいなあ」
「L先輩なんか大賛成しそうですけどね」
「ホントに。あの人綺麗好きだもんな」
「俺は、賛成」
空気清浄機を買うことに関しては年に1人くらいは賛成派が出るみたいなんだよね。3年生だとL先輩、2年生はエイジが賛成派。でもこの2人は空気清浄機より先に掃除機を買いたいって。だから先送りになってるんだけど、1年生にも賛成派が出たか。
「そういや今日は皆さん遅いですね」
「春だから、いろいろ忙しかったりするんだよ。それに、今日は定例会だからL先輩とハナちゃんは会議に出かけるし」
「へー、会議とかもあるんすね」
「うん。インターフェイスっていう組織に加盟してて、それのね。俺とエイジもその中の対策委員っていうので会議に出てるし」
「いろいろあるんすねー」
「インターフェイスの定例会や対策委員は具体的にどんなことをしてるんですか?」
「定例会は各大学さんが集まって会議したり、これからならファンフェスのことをやってるのかなあ。対策委員は正式名称が技術向上対策委員っていって、初心者講習会や夏合宿を運営したりして、練習や交流イベントをやるって感じ? ゴメンね曖昧で」
「高木先輩」
「どうしたのサキ。しんどい?」
「いえ。議事録の方を貸してもらえますか」
「はいどうぞ。もうミキノート読み終わったの?」
「インターフェイスが何をやってるかとか、自分で調べようと思って」
「……えーっと、俺の説明じゃわかりにくかったってことだよね」
「雰囲気はつかみましたけど、一応」
俺も昔のノートでも読んでインターフェイスの歴史とかを知ってないとちゃんと説明出来ないのかなあとちょっと反省。雰囲気でやってるからね。この3人以外に今後来てくれる1年生にもちゃんと説明出来るようになっとかなきゃなあ。
サキは相変わらず隅っこで書記ノートを読み耽り、ササはパラパラとアナノートに目を通し始めた。シノはノートや御託はいいから機材に触らしてくださいと俺を煽ってくる。うん、そうだね。俺に出来ることをやろうか。そのうち誰か来てくれるよね。
「そしたらシノ、まずは電源を入れるところからやろうか。一応前回説明したの、覚えてる?」
「えーっとっすねー」
end.
++++
単純にMBCC1年生6人だとサキが花粉症っぽいよなあと思っただけのヤツ。くしゃみのボリュームはいち氏より大分控えめ。
ササとタカちゃんが語る花粉症の酷い先輩はお互い知らないけど実は同じ人の話。ナノスパのあるある。
もしかして隅っこでちまっとノートを読んでるサキはTKGの所為で固まった感があるぞ。下手にノートなんか与えるからw
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「おはようございます」
「……くしゅん」
「ん?」
「くしゅん。……すみません」
部屋の隅の方からかわいらしいボリュームのくしゃみが聞こえたと思ったら、サキだった。もうひとつくしゃみをして、おはようございますと俺に挨拶を返してくれる。でも、ちょっと鼻声だ。
サークル見学を経てMBCCに正式に入ってくれたサキこと佐崎くんは、見学のときから座っていた隅っこの席が定位置になった。もっと広い席あるよと勧めても、ここがいいと言って頑なだったんだ。そういう場所の方が好きな子なのかもしれないね。
「サキ、もしかして花粉症?」
「はい。一応薬は飲んでるんですけど、くしゅん。この調子で。すみません」
「ううん、大変そうだよね。もししんどそうなら無理はしなくていいからね」
「ありがとうございま、くしゅん」
MBCCで花粉症と言えば伊東先輩の印象がとても強い。伊東先輩はサキの何倍も勢いのあるくしゃみを連発していて、常に保湿ティッシュを小脇に抱えていた。いい陽気なのに花粉が入るからと窓を開けるのも禁止するしでとにかく春は大変そうだなと。
ああいう前例があるから花粉症の人に対する理解はまあまあある方のサークルだと思う。伊東先輩のように寝込むほど酷い人もなかなかいないだろうけど、人によって程度の違うそれに対して、辛い物は辛いのだと理解を示すことが出来るようにはなった。
「サキ、練習出来そう? 動くのしんどそうなら何か読んでる? 生憎、この部屋には過去のノートくらいしか読み物はないんだけど」
「読み物を貸していただけると嬉しいです」
「何がいい? 雑記帳にアナノート、ミキノート、いろいろあるけど」
「パート別にノートがあるんですか」
「うん。昼放送の後にどういう番組だったかとか、何の曲を使って、どういう反省があったかっていうのを書くんだよ」
「ミキノートを読んでみたいです」
「わかったよ。はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
ノートを渡すとサキは隅っこでさらにちまっとなって、黙々とそれを読み始めた。伊東先輩曰く、花粉症の人にとっては部屋の空気が動くのもなかなかにしんどいらしい。これからバタバタと人が来始めるだろうから、またくしゃみが出ちゃうかな。
「おざーっす!」
「おはようございます」
「ああ、シノ、ササ、おはよう」
「くしゅん、くしゅん」
「あれっ、高木先輩以外にも人いるんすか?」
ちなみに、ササこと佐々木くんとシノこと篠木くんも見学後に正式にMBCCに入ってくれることになった。特にこの2人は社学メディ文で俺と同じ学部学科。学部のオリエンテーションで回ったゼミのラジオブースで釣れたみたいだ。これからどうなるかな、いろんな意味で。
それはともかく、サキの定位置は開けたドアのちょうど裏側になるから、覗き込まないとサキがいるのが見えないんだよね。シノがきょろきょろしてるのを後目に、何となくくしゃみの場所を察したらしいササがそこを覗き込む。
「ああ、サキか。おはよう」
「おは、くしゅん、よう」
「おいおい、大丈夫かよ」
「かふ……くしゅん」
「花粉症なのか」
「うん、そうみたい。悪いけど、ドア閉めといてあげてくれる?」
「大変そうだなー。俺花粉症じゃないからツラさはわかんないけど、どんなモンなんだ?」
「バイト先の先輩に花粉症酷い人がいて、寝込むくらいなんだって。症状やその重さは本当に人ぞれぞれだから、自分の経験だけでどうこう言えるモンじゃないらしい」
「そうなんだよね。MBCCにも酷い花粉症の先輩がいたんだよ。今はもう引退したんだけどね。サークル費で空気清浄機を買おうって熱弁してたけど却下されてたよね。懐かしいなあ」
「L先輩なんか大賛成しそうですけどね」
「ホントに。あの人綺麗好きだもんな」
「俺は、賛成」
空気清浄機を買うことに関しては年に1人くらいは賛成派が出るみたいなんだよね。3年生だとL先輩、2年生はエイジが賛成派。でもこの2人は空気清浄機より先に掃除機を買いたいって。だから先送りになってるんだけど、1年生にも賛成派が出たか。
「そういや今日は皆さん遅いですね」
「春だから、いろいろ忙しかったりするんだよ。それに、今日は定例会だからL先輩とハナちゃんは会議に出かけるし」
「へー、会議とかもあるんすね」
「うん。インターフェイスっていう組織に加盟してて、それのね。俺とエイジもその中の対策委員っていうので会議に出てるし」
「いろいろあるんすねー」
「インターフェイスの定例会や対策委員は具体的にどんなことをしてるんですか?」
「定例会は各大学さんが集まって会議したり、これからならファンフェスのことをやってるのかなあ。対策委員は正式名称が技術向上対策委員っていって、初心者講習会や夏合宿を運営したりして、練習や交流イベントをやるって感じ? ゴメンね曖昧で」
「高木先輩」
「どうしたのサキ。しんどい?」
「いえ。議事録の方を貸してもらえますか」
「はいどうぞ。もうミキノート読み終わったの?」
「インターフェイスが何をやってるかとか、自分で調べようと思って」
「……えーっと、俺の説明じゃわかりにくかったってことだよね」
「雰囲気はつかみましたけど、一応」
俺も昔のノートでも読んでインターフェイスの歴史とかを知ってないとちゃんと説明出来ないのかなあとちょっと反省。雰囲気でやってるからね。この3人以外に今後来てくれる1年生にもちゃんと説明出来るようになっとかなきゃなあ。
サキは相変わらず隅っこで書記ノートを読み耽り、ササはパラパラとアナノートに目を通し始めた。シノはノートや御託はいいから機材に触らしてくださいと俺を煽ってくる。うん、そうだね。俺に出来ることをやろうか。そのうち誰か来てくれるよね。
「そしたらシノ、まずは電源を入れるところからやろうか。一応前回説明したの、覚えてる?」
「えーっとっすねー」
end.
++++
単純にMBCC1年生6人だとサキが花粉症っぽいよなあと思っただけのヤツ。くしゃみのボリュームはいち氏より大分控えめ。
ササとタカちゃんが語る花粉症の酷い先輩はお互い知らないけど実は同じ人の話。ナノスパのあるある。
もしかして隅っこでちまっとノートを読んでるサキはTKGの所為で固まった感があるぞ。下手にノートなんか与えるからw
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