2021
■春だけの白昼夢
++++
「ぶえっきしょい! あー……」
まだもうしばらく春は続きますねえ。買い物から帰って来て、玄関のドアを閉めた瞬間これだもんなあ。玄関先でやることは、体や服についた花粉を払うこと。花粉を払うだけじゃなくて、払ったそれを即クイックルワイパーで掃除しなきゃいけないんですよ。
部屋の奥には、今では婚約者って呼ぶのが正しい彼氏がティッシュを抱きかかえてグロッキーになってるんだろうけど、その彼氏サマが何を隠そう重度の花粉症で。どれっくらい酷いかっていうと、最悪寝込むレベル。だから春はダメダメになっちゃうんだよね。
「カーズー、帰ったよー」
「おがえり。えっきしょい!」
「はい、ティッシュ買って来ました」
「あざます……」
「自分の家があるんだから、そっちで休んでたらいいのに」
カズとは同じ緑ヶ丘大学に通ってるんだけど、カズはこの春で1人暮らしを終えて実家に戻っている。うちはまだ大学の近くで1人暮らしをしてて、まだもう少し残っている授業を普通に受けに行ってますよね。趣味がね。楽しいんですよ。
とは言え、お互い1人暮らしをしてた時からどっちかの部屋に2人でいてばっかりだったから、婚約してからも、カズが実家に戻ってもやってることはずっと一緒。今はうちの部屋で2人でいるのが当たり前って感じ。
「マスク慣れた?」
「あー、まあ……ちょっと。でもやっぱ好きじゃない」
「しょうがないじゃん。就活でも外出歩くんだし、少しでも慣れとかなきゃって納得してマスクの練習始めたんだから」
マスク嫌いのカズだけど、4年生になって就職活動が始まって来るとさすがにマスクをしないといけないかなあという気になったみたい。それでマスクを付けてる時の感触や臭いに慣れる練習として家の中でもマスクをしている。
それでもマスクが嫌いなことには変わりないし、ちょっとした隙間から入って来た花粉にやられてくしゃみを連発させるからそれはもう大変なことになっていて。薬も飲んでるけど眠くなりにくいって広告が出てる割にはカズは眠そうだよね。
「あー、やっとちょっと落ち着いてきた」
「よかったねえ」
「やっぱ空気が動くとダメだな」
「大変だね。うちもゆくゆくは花粉症になっちゃうのかな」
「お前はマジで花粉症にならないようにしててくれ! 生活が成り立たなくなる…!」
「花粉症とかのアレルギー症状って、その人の許容量を越えたら発症するんだっけ?」
「あー、何かそこから溢れたら発症とは聞いたことがあんな。つまり、お前はいつも通り引き籠もってくれてれば許容量を越えるのを遅らせることが出来る」
お前が花粉症にならないためなら何だってする、とカズはティッシュケースを抱きかかえたままベッドにもたれかかっている。別に花粉症に関係なくいつも何でもしてくれてるのにねえ。春以外の季節は。
でも、うちの花粉の許容量ってどれくらいなんだろうね。趣味の関係で引き籠もってることが多いとは言え、イベント好きだしそれなりに走り回ってもいるから外に出ないワケじゃないんだけど。とりあえず今のところは全然平気だから何とかなってるけど。
「説明会も面接も全部マスクしたままでもオッケーになればいいのに」
「それはさすがに暴論じゃない? いくら花粉症でも」
「多様性ってヤツだよ」
「うーん、多様性とは少し違うような気がするけど」
「でも、就活が少し遅れてスタートするようになってよかった。今の時期にガツガツ面接とかだったら俺マジで死んでたと思うし、試験とかでも実力出せなかったと思う」
そういう考え方もあるんだなあと感心したところで、買い物してきた物を改めて整理する。ただ、空気を動かさないようにしないといけないのでこの部屋の中で出来る範囲で。部屋にはカズが前の部屋で使ってた空気清浄機もあるんだけどね。除湿・加湿・サーキュレーター機能の付いたすっごい空気清浄機がね。学生の買う物じゃないんだって。
「結婚して新しい家に住んだらさ、絶対空気清浄機は買おう」
「えっ、今使ってるのじゃダメなの? これも結構いいのでしょ?」
「いいヤツだけど、1台しかないと不便じゃんか。最低でもリビング用と寝室用が必要だと俺は強く主張したい」
「はあ」
「それから、これは高ピーから話に聞いて前々から考えてたんだけど、布団乾燥機と布団掃除機。確かにこれは必要だと思う。布団は季節によっちゃ外で干すことも出来ないし、掃除機で綺麗にしとくのは重要だ」
「わからないでもないのでその時になったらまた検討しましょうね。予算も限られてるんだから、何にお金を割り振るかっていうのは結構な問題じゃんね」
「空清と布団乾燥機のためならめっちゃ働くわ」
「うちもうちの欲しい物のためにはきっちりバイトしないとなー。それか、ワンチャン書いたものに投げ銭していただけるように頑張るか」
入籍は11月、そして同居が秋学期が終わってからという風には話し合ってあるので、それまでにある程度の貯金をしておかなきゃいけないんですよね。家財道具だとか、住む家とか、お金はいろいろかかりますからね。手続きも含めて準備することをまとめとかなきゃね。それこそネットに先人たちの残してくれたお役立ち情報はたくさんありますから。
「でも、めっちゃ働くのは地獄を抜けてからでいいか」
「どうぞどうぞ。就活もあるし、無理のない範囲で。空気清浄機はもう1台はあるワケだから。最初からゆとりのある生活を夢見ない方がいいよ」
「わかってます、はい。あー、マジで早く夏になんねーかな」
end.
++++
困った時のいちえりちゃん。いち氏が花粉症でうるさいのもサークルがないとなかなかやらないのでね。お久し振りに。
いち氏は花粉を滅するためなら何でもするし、慧梨夏の部屋なのに自分の部屋に適用されてたルールを持ち込んでるっていう状態。家に帰れ。
マスクの練習のために家でもマスクをして練習してるいち氏がなかなか健気。社会に出ていかなきゃいけないからね。春だからって引き籠もってもいられないのだ
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「ぶえっきしょい! あー……」
まだもうしばらく春は続きますねえ。買い物から帰って来て、玄関のドアを閉めた瞬間これだもんなあ。玄関先でやることは、体や服についた花粉を払うこと。花粉を払うだけじゃなくて、払ったそれを即クイックルワイパーで掃除しなきゃいけないんですよ。
部屋の奥には、今では婚約者って呼ぶのが正しい彼氏がティッシュを抱きかかえてグロッキーになってるんだろうけど、その彼氏サマが何を隠そう重度の花粉症で。どれっくらい酷いかっていうと、最悪寝込むレベル。だから春はダメダメになっちゃうんだよね。
「カーズー、帰ったよー」
「おがえり。えっきしょい!」
「はい、ティッシュ買って来ました」
「あざます……」
「自分の家があるんだから、そっちで休んでたらいいのに」
カズとは同じ緑ヶ丘大学に通ってるんだけど、カズはこの春で1人暮らしを終えて実家に戻っている。うちはまだ大学の近くで1人暮らしをしてて、まだもう少し残っている授業を普通に受けに行ってますよね。趣味がね。楽しいんですよ。
とは言え、お互い1人暮らしをしてた時からどっちかの部屋に2人でいてばっかりだったから、婚約してからも、カズが実家に戻ってもやってることはずっと一緒。今はうちの部屋で2人でいるのが当たり前って感じ。
「マスク慣れた?」
「あー、まあ……ちょっと。でもやっぱ好きじゃない」
「しょうがないじゃん。就活でも外出歩くんだし、少しでも慣れとかなきゃって納得してマスクの練習始めたんだから」
マスク嫌いのカズだけど、4年生になって就職活動が始まって来るとさすがにマスクをしないといけないかなあという気になったみたい。それでマスクを付けてる時の感触や臭いに慣れる練習として家の中でもマスクをしている。
それでもマスクが嫌いなことには変わりないし、ちょっとした隙間から入って来た花粉にやられてくしゃみを連発させるからそれはもう大変なことになっていて。薬も飲んでるけど眠くなりにくいって広告が出てる割にはカズは眠そうだよね。
「あー、やっとちょっと落ち着いてきた」
「よかったねえ」
「やっぱ空気が動くとダメだな」
「大変だね。うちもゆくゆくは花粉症になっちゃうのかな」
「お前はマジで花粉症にならないようにしててくれ! 生活が成り立たなくなる…!」
「花粉症とかのアレルギー症状って、その人の許容量を越えたら発症するんだっけ?」
「あー、何かそこから溢れたら発症とは聞いたことがあんな。つまり、お前はいつも通り引き籠もってくれてれば許容量を越えるのを遅らせることが出来る」
お前が花粉症にならないためなら何だってする、とカズはティッシュケースを抱きかかえたままベッドにもたれかかっている。別に花粉症に関係なくいつも何でもしてくれてるのにねえ。春以外の季節は。
でも、うちの花粉の許容量ってどれくらいなんだろうね。趣味の関係で引き籠もってることが多いとは言え、イベント好きだしそれなりに走り回ってもいるから外に出ないワケじゃないんだけど。とりあえず今のところは全然平気だから何とかなってるけど。
「説明会も面接も全部マスクしたままでもオッケーになればいいのに」
「それはさすがに暴論じゃない? いくら花粉症でも」
「多様性ってヤツだよ」
「うーん、多様性とは少し違うような気がするけど」
「でも、就活が少し遅れてスタートするようになってよかった。今の時期にガツガツ面接とかだったら俺マジで死んでたと思うし、試験とかでも実力出せなかったと思う」
そういう考え方もあるんだなあと感心したところで、買い物してきた物を改めて整理する。ただ、空気を動かさないようにしないといけないのでこの部屋の中で出来る範囲で。部屋にはカズが前の部屋で使ってた空気清浄機もあるんだけどね。除湿・加湿・サーキュレーター機能の付いたすっごい空気清浄機がね。学生の買う物じゃないんだって。
「結婚して新しい家に住んだらさ、絶対空気清浄機は買おう」
「えっ、今使ってるのじゃダメなの? これも結構いいのでしょ?」
「いいヤツだけど、1台しかないと不便じゃんか。最低でもリビング用と寝室用が必要だと俺は強く主張したい」
「はあ」
「それから、これは高ピーから話に聞いて前々から考えてたんだけど、布団乾燥機と布団掃除機。確かにこれは必要だと思う。布団は季節によっちゃ外で干すことも出来ないし、掃除機で綺麗にしとくのは重要だ」
「わからないでもないのでその時になったらまた検討しましょうね。予算も限られてるんだから、何にお金を割り振るかっていうのは結構な問題じゃんね」
「空清と布団乾燥機のためならめっちゃ働くわ」
「うちもうちの欲しい物のためにはきっちりバイトしないとなー。それか、ワンチャン書いたものに投げ銭していただけるように頑張るか」
入籍は11月、そして同居が秋学期が終わってからという風には話し合ってあるので、それまでにある程度の貯金をしておかなきゃいけないんですよね。家財道具だとか、住む家とか、お金はいろいろかかりますからね。手続きも含めて準備することをまとめとかなきゃね。それこそネットに先人たちの残してくれたお役立ち情報はたくさんありますから。
「でも、めっちゃ働くのは地獄を抜けてからでいいか」
「どうぞどうぞ。就活もあるし、無理のない範囲で。空気清浄機はもう1台はあるワケだから。最初からゆとりのある生活を夢見ない方がいいよ」
「わかってます、はい。あー、マジで早く夏になんねーかな」
end.
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困った時のいちえりちゃん。いち氏が花粉症でうるさいのもサークルがないとなかなかやらないのでね。お久し振りに。
いち氏は花粉を滅するためなら何でもするし、慧梨夏の部屋なのに自分の部屋に適用されてたルールを持ち込んでるっていう状態。家に帰れ。
マスクの練習のために家でもマスクをして練習してるいち氏がなかなか健気。社会に出ていかなきゃいけないからね。春だからって引き籠もってもいられないのだ
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