2021

■スタートラインの上に立ち

公式学年+1年

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「ひゅ~っ、これがラジオブースのスタッフジャンパーか。真っ赤だなー!」
「あと30分ほどで最初のグループが来るらしいぞ」

 緑ヶ丘大学では昨日入学式があって、今日は新入生オリエンテーションがある。学部学科ごとに大学の施設や学部の特色の説明を受けながら歩き回るっていう。カレンダーによると、明日は新入生の健康診断と履修登録になるらしい。
 2年生以上は来週にならないと授業もないし、本来はまだ休み。だけどこのオリエンテーションにスタッフとして駆り出される学生も少なくはないようだ。それに、サークルや部活の勧誘活動が一番活発になるのも今。MBCCでも昨日からさっそく活動に入っていた。
 緑ヶ丘大学社会学部の一番の特徴は、センタービルのど真ん中に構えられたガラス張りのラジオブースだろう。これはメディア文化学科の佐藤ゼミのメディア実践学習のために設置された物で、平日の昼休みに30分番組をここから放送している。
 ラジオブースのスタッフとして渡された赤いジャンパーに袖を通すと、俺たちも2年生に……そして、佐藤ゼミ生になったんだなと感慨深い。俺、佐々木陸とその相棒、篠木智也は佐藤ゼミに入ってこのブースで番組をやるんだと言い続けて来ていた。スタート地点に立ったんだ。

「あれっ、そういやビラのカゴどこ行った?」
「ブースの中じゃなかったかな。高木先輩に聞いてみたらいいと思う」

 佐藤ゼミ生であると同時に、俺たちは放送サークルMBCCのメンバーでもある。ここでゼミ生としての仕事をしながらやることは、サークルのビラを配るという脱法行為。ただ、これは佐藤先生がMBCCの顧問だから出来ることだ。

「ふー、あったあった。そういや、俺らって3年生の先輩の休憩のタイミングでブースに入れって言われてんじゃん。それっていつなんだろ」
「ああ、確かに。確認しておかないとな。ちょっと高木先輩突っついて来るわ」

 ゼミがラジオブースを持っているという都合上、ラジオの機材を日頃から扱うMBCCというサークルとの親和性は非常に高い。佐藤ゼミの活動に興味を持つ人はMBCCに興味を持ちやすいし、その逆も然り。
 MBCCはここでラジオに興味のある人を釣りたいし、ゼミはMBCCに入った人を引っ張って来たいという相互関係が成り立っている。お互い利用出来るものは利用してやると割り切っているけど、たまにどす黒い駆け引きもあるとかないとか。

「ああ、ササ。おはよう」
「おはようございます」

 黒のジャケットにメガネをかけた、物腰穏やかそうなこの人がゼミとサークル、どちらの先輩でもある高木先輩だ。機材を扱うミキサーとしての技術が高く、サークルでは機材部長という大役を担い、ゼミでも先生からその辺りのことを期待されている。

「休憩の時間だよね。とりあえず、必ず3年がブースにいるように休憩の時間はずらすから、ササとシノが2人だけでブースに入ることはないかな。って言うか2人がどっちもブースに入っちゃうとMBCCのビラを配れなくなるからね」
「それもそっすね」
「全部で8班来るから、とりあえず佐竹さんには3つ目で1回休憩に入ってもらうよ。2つやってる間にササは雰囲気を掴んどいてね。で、俺は4つ目で休憩に入るから、そこでシノと1回交代ね」
「つかゼミの機材触ったことないんすけど大丈夫っすか?」
「平気平気。MBCCのがわかってるなら大体対処出来るから。1年生のラジオ体験でも簡単なフェーダーの上げ下げくらいしかしないのは去年やってるから知ってるでしょ?」
「はい。あの時はそれでもすげーって思ったんすけど、今から思うとそんだけしか出来ねーのかって」
「いいんだよ、触りだから。それで興味を持ってもらえればMBCCに来てもらえる可能性も上がるから。シノ、いい? 今回は体験の1年生をサポートするのがミキサーの主な仕事だからね。そもそもゼミのラジオで技術なんか要求されないんだから」
「はーい」

 憧れのラジオブースに入れるというのに、自分がガッツリミキサーを触るのではなく1年生のサポートが主な仕事だと改めて念を押されたシノは明らかに不満そうだ。ただ、高木先輩はゼミの仕事ではなくMBCCの勧誘に舵を切っている。3年生ともなると腹の括り方がすごい。
 でも、ミキサーに関しては高木先輩の言うことがまさにそれ。ゼミのラジオで技術は要求されない。アナウンサーはトーク内容や話術が問われるけど、ミキサーは本当に初歩の初歩のそれでも間に合ってしまうんだそうだ。

「まあでも、一応簡単に機材の並びと役割を確認しとこうか。シノ、来て。そうだ、ササも。マイクもMBCCのとは微妙に違うところがあるから。インカムは初めてだよね」
「そうですね、それこそ去年のオリエンテーションで付けたきりです」
「それじゃあやっとこうか。カフの使い方も説明しなきゃだし」
「お願いします」

 MBCCのことを理解していれば佐藤ゼミのラジオにも対応出来るとは言うけれど、それでも少しずつ違うところはある。それを確認してオリエンテーション本番に挑むのだ。去年は新入生としてこのブースに入ったけど、今年はスタッフか。身が引き締まる。昼の番組をやれるのはまだ先だろうけど、枠をもらえるように頑張ろう。

「高木君、A班が散歩始めたって」
「了解です。それじゃあ、もうしばらくしたら1年生が来るみたいだし説明を急ごうか」


end.


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フェーズ2も2年目に入り、何となくキャラが固まって来たので公式+1年の概念を復活させました。17年度でやった+2年の時間軸ですね。
ササシノがめでたく正式に佐藤ゼミ生となり、スタッフデビューです。これから馬車馬のように働かされるんだけどなあ
そして3年生となり名実ともにゼミのエースと呼ばれるようになったTKGパイセン。腹の中はますます黒くなっていくのか。乞うご期待。

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