2020(05)

■ぶち破り未来へのステップ

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「うーすササ」
「ああ、おはようシノ」
「俺たちが一番乗りかー。今日って何で集められてんだっけ?」
「新入生オリエンテーションの何かっていう話だったかな」

 4月から新年度を迎えるにあたり、入学式の翌日、2日に行われる新入生学部オリエンテーションという物の準備が学部問わず行われているそうだ。それは社会学部も例外でなく。
 理系の学部だと実験室や研究用のロボットを見て回るそうだけど、文系ではあまり見て回る物もなく話を聞くだけでほぼ終わる。ただ、社会学部の目玉と言えば、佐藤ゼミが構えるガラス張りのラジオブースだ。
 このラジオブースの体験会のためにゼミ生……主に2、3年生が集められ、1年生の誘導やプリント配布などをするという流れになっている。……と、ここまではいい。

「あっ、おはようササ、シノ。もう来てたんだね」
「おざーす」
「おはようございます。先輩も召集されてるんですね」
「2、3年生の仕事だっていう話だからね」

 よくよく考えればまだ演習という授業も受けていないのにスタッフのゼミ生として働く方が先になるのかと思ったけど、ゼミ合宿もあったから雰囲気は何となく掴めている。なるほど、こんな感じで生きるのか。
 時計の針が11時を回った頃、スタジオ入り口の階段から佐藤先生がほいほいと声を発しながら軽快に降りてくる。その手にはやたら分厚い紙束の入ったカゴ。何かの資料だろうか。

「やあやあおはよう君たちぃ」
「おはようございます」
「高木君、午前中だけど君もちゃんと来れたね」
「頑張りました」
「でも明後日ちゃんと来れるか怪しいし、鵠沼君の部屋にでも泊まらせてもらったらどう?」
「あー……考えておきます」
「俺の部屋でもいいっすよ」
「あ、ホント? じゃあシノのお世話になろうかなあ」
「高木君、君には先輩の威厳という物がないのかな?」
「ないですね」
「しっかりしなさいよ、仮にもゼミのエースがそんな調子じゃ困るんだよ君ぃ」
「すみません」

 佐藤先生が来て気付いたけど、他のゼミ生の姿がない。今ここにいるのは俺とシノと高木先輩の3人。そしてこの3人の共通点と言えば、MBCCのメンバーであるということ。

「さて、揃ったね」
「あの、佐藤先生。今日って俺たち3人だけなんですか?」
「他の子たちは午後からだよ。先に呼んだのは君たちだけ。高木君、ちゃんと用意は出来てる?」
「出来てます」
「それじゃあ行こうか。高木君、カゴ持って」

 高木先輩はこれから起こることがわかっているみたいだけど、何が何だかわかっていない俺とシノはそわそわしながら先生の後について歩く。MBCCのメンバーだけを個別に集めて始めることが何なのか。謎が謎を呼ぶ。

「さて。新入生オリエンテーション、社会学部コースの目玉はもちろん我が佐藤ゼミの誇るこのラジオブースになるワケだけど、絶え間なく1年生が見に回る状況の中で、何が起こるかわからない状況下では君たちMBCCの子の力が不可欠になります」
「俺がこのブースの中に入るってコトすか!?」
「シノキ君、話は最後まで聞きなさい」
「すんませーん」
「まあ、君たちにブースに入ってもらうことには違いないけど、今後のことだね」
「今後」
「あれを見なさい」

 そう言って先生が指した先には、普段は番組内容が掲示されるコルクボードがある。だけど、今貼り出されているのは番組の内容ではなくて、何倍かに引き延ばされたMBCCの勧誘ポスターだ。
 そしてここに来るときに先生が高木先輩に預けていた例のカゴの中身はMBCCのビラだ。入学式から2、3日間にわたって配るんだという風に聞いていたけど、まさかここでこれを見るとは。

「何すかあのポスター! えっ、高木先輩作ったんすか!?」
「作ったね。ゼミ室のパソコンに入ってるソフト使って。これが脱法的に貼れるMBCC6枚目のポスターだよ」
「脱法って。え、ポスターに決まりとかあるんすか?」
「新入生勧誘用のポスターは各団体5枚までで、その掲示場所も決まってる体なんだよね。ビラを配る枚数にも一応規則がある。だけどMBCCは毎年こうやってこっそり宣伝させてもらってて」
「それもこれも私がMBCCの顧問だから出来ることだよぉ、君たちぃ」
「サークルに顧問とかあったんすね」
「シノキ君、君は緑ヶ丘大学のサークル規定を1度しっかり読みなさい。MBCCがサークルなのに部室棟に部屋を持てているのも顧問を置いているからだよ」

 緑ヶ丘大学のサークルには公認サークル、認定サークル、非公認サークルの3種類があるらしい。公認サークルは活動もちゃんとしていて顧問も置いている、一番しっかりした物に値するとのこと。
 部活の下に同好会があって、そしてサークルはその下になるらしい。だけど公認サークルは同好会よりも立場的には強くなるとかで、学内での事務的な扱いもまた変わってくるそうだ。
 何せMBCCは佐藤ゼミとズブズブで、使える物は使えと互いに思っている。MBCCに社会学部のメンバーが増えてゼミにも入ればゼミのラジオ活動も充実するし、そこで得た技術をサークルに持ち帰るという式で成り立っている。

「高木君にはブースに常駐してもらうから、佐々木君とシノキ君が交代でビラを配ったらいいじゃない。他の資料に混ぜてこっそりやりなさいね。それから、君たちも合間合間にブースには入ってもらうから」
「え、シノはミキサーだからともかく、俺もですか?」
「頼むよ佐々木君! 君は知的かつビジュアル担当なんだから!」
「ビジュアル担当…?」
「先生、コイツ特定の相手いますよ?」
「ガチ恋勢と同担拒否は相手にしなくていいからね。君を推す子は彼女との話すら推しが幸せで幸せなんだよ! そういう子たちを作ってMBCCと佐藤ゼミに人を寄せるんだよ。いいね?」

 先生の言っていることがよくわからないのだけど、結局俺は何をすればいいんだろうか。うん、サークルの脱法ビラ配りか。やめろシノ、そんな哀れんだ目で俺を見るな。

「うん、まあ、頑張ってねササ」
「高木先輩、ずっとブースにいるからって他人事だと思ってません?」
「まあ、使える物は使えがMBCCのスタンスだからねえ。金策のために女装するよりいいでしょ?」
「すみませんでした」


end.


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女装も大変だったけど、ミスターコンに売られてしっかり顔が割れた高崎の方が後から大変だったんだよなあ
というワケで佐藤ゼミとMBCCの暗躍の話。お互い使える物は使っていくのでヒゲさんもMBCCの勧誘に協力的です。
TKGはちょっとしたポスターくらいだったらソフトでパパッと作れちゃうのね。MMPからしたら羨ましい話だろうなあ

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