2020(05)
■君はお客さん
++++
「あ~……シノの匂いが落ち着く~……」
俺もまるで信じられないんだけど、俺のベッドにダイブするなりそう言ってゴロゴロしているのはあのササだ。MBCCの同期だけじゃなくて先輩、でもって曲者として名高いヒゲ教授にすらしっかり者の完璧超人だと思われているササが、ゴロゴロしている。
大学の近くで1人暮らしを始めてひと月半ほど。もうすぐ2ヶ月になろうとしている。ゼミとか同期とか、各種泊まりの遠出の機会があったと言えそれなりに暮らす中で、何となく生活のリズムみたいな物も整い始めて来たのかなと。
豊葦市内に住んでいるということで、ササがたまにうちに遊びに来るようになった。俺は大学近くのガソリンスタンドとコーヒーショップの併設店でバイトを始めたんだけど、今は深夜帯で研修中だから日中は割とヒマだってアイツも知ってるんだよな。
「俺の匂いが落ち着くって何だよ。それを言われるならいつか出来る彼女かと思ってたのにお前かよ」
「俺じゃ不満か?」
「いや、いいんだけど、お前ってそんなキャラだったかなと思って。人の部屋に来るなりゴロゴロしてさ」
「俺だってゴロゴロしたい事もある」
「ゴロゴロするのはいいんだけど、今日布団に掃除機かけてないぞ」
「わかった。俺の気が済んだらかけるから」
「ああそう。じゃ頼むわ」
完璧超人やるのもきっと楽じゃないんだろうな。しっかりしてるって思われてると、そのようにやらないとっていう重圧になっててもおかしくないだろうし。それに、ササは好きな奴の前じゃカッコいい自分でいたいらしいから、力を抜ける瞬間が少ないのかな。
「シノ、布団掃除機なんて嗜好品だろ。そんな物をわざわざ買ったのか」
「いや、それもお下がり。高崎先輩が置いてったヤツの中にあった」
「本当に大体揃ってるな」
「L先輩によれば、高崎先輩が使ってたヤツだけあって少し年数経ってるけど性能はガチ。だって」
「花粉症がしんどかったらこの時期は外で干せないしな。シノ、お前花粉症大丈夫か?」
「今までは大丈夫だったんだけど、今年ちょっと怪しいかも」
「大学の保健センターでも診てもらえるらしいぞ」
「え、マジで?」
「ミドカも使えるし」
「マジかよー、買い物も郵便局も病院も大学で済むとか神立地じゃんかコムギハイツ!」
「体を動かしたければジムもプールもジョギングコースもあるからな」
言ってることはいつものササなんだけど、体勢がすげーぐだぐだなんだよな。うつ伏せから横向きにごろんと変わって、完全に溶け切っている。いいんだけどさ。逆に普段どれだけ気を張ってるのかって心配にもなってくるな。
「って言うかお前は鼻詰まりとかなってねーのかよ」
「なってないからお前の匂いがわかるんだろ」
「あそっか。つか俺の匂いで落ち着くって何だよ。体臭キツいみたいに聞こえるんだけど」
「いや、キツくはないんだよ。人の匂いを何となく嗅ぎ分けるみたいなことは昔からやっててさ」
「へー。鼻が利くのな。犬みてー。お手」
「わん」
ササはレナとか俺だから匂いがわかるってワケじゃなくて、大体の人にその人の匂いっていうのを感じてるらしい。ササにとっては顔とか声と同じくらい匂いの印象というのがデカいんだとか。俺はよっぽど強烈じゃねーとわかんねーだろうなー。
「でも、落ち着く匂いって、例えば一緒にいて安らぐみたいな意味で恋人の匂いとかじゃねーの?」
「それも間違ってないんだけど、状況によりけりなんだよ。中てられることも少なくないからな」
「あてられる?」
「興奮するってこと。少なからず性欲と結びつくから」
「ああ、そういう」
「俺がカッコよくあるために力を入れなくて良くて、性的に興奮もしないって意味で一番安らげるのはお前の前だな」
「それって褒められてんの?」
「褒めてる。それだけお前に甘えてるってこと」
「そーかよ。それじゃあどんどん甘えてくれよ。俺も世話になってるしな」
「とりあえず、これ以上ゴロゴロしてたら起きれなくなりそうだから掃除機かけるわ」
「おー、頼むぜー」
掃除機は俺がやるよりササの方がしっかりしてそうだから今日のところはとりあえず頼んでおく。L先輩の話では、高崎先輩は布団掃除機の他にも布団乾燥機なんかも使って雨の日でもバッチリの布団コンディションを保っていたらしい。寝具ガチ勢だとか。
「そう言えばシノ、勉強してるのか? その本。付箋たくさん貼ってるけど」
「あー、そうなんだよ。バイトの関係で資格取らなきゃいけなくて。物理とか化学の基礎っつーのをサキに見てもらったりしてさ。何だかんだ本を使って泥臭く勉強する方が俺には合ってるんだよな」
「うん、お前はスマートじゃないけど何だかんだやれば出来る奴だもんな」
「褒めるかディスるかどっちかにしてくれよ」
「でも、そういう資格とかって持ってると将来就職にも使えるかもしれないし、更新し続けられるなら一生モノだよな」
「そっか、就職にもワンチャンあるのか。なら尚更1発で通りて~…! 合格したら受験費用バイト先で負担してくれるんだよ。タダで資格欲し~!」
「倹約の鬼のお前なら出来る。タダで一生モノの資格をゲットだ」
布団のついでに部屋の掃除機もかけたくなってきたな、とササは言うけどそれはさすがに止める。いくら相棒とは言え一応はお客さんにさせることじゃないとは思うんだ。……いや、そういやコイツ、前に言ってたな。俺の部屋に入り浸るイメージは高木先輩とエージ先輩のあの感じだって。
「シノ、今日はバイトじゃないだろ? 夕飯どうする? よかったら食べながら次の履修でも考えないか?」
「おっ、いいね。履修なー、そろそろ考えなきゃとは思ってたんだよ」
「よーし、それなら今日は俺が作るぞ。最近ちょっと練習してるんだ」
「――ってちょっと待て! さすがにそこまではさせられねーって!」
end.
++++
ササにごろごろさせたかっただけの話。ササがこんだけぐだぐだになるのはシノの部屋でだけらしい。基本いいカッコしいだからな!
でもタカエイのあの感じで入り浸られるとするならそのうちお客さんに本格的な家事をさせることが始まるけど、ここはそうはならなさそうだね。シノの方がしっかりさん。
いつかTKG先輩が言ってたけど、ササとシノの関係ってのはシノの方がササを支えたり引っ張ったりして成り立って行くのかもしれないね
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「あ~……シノの匂いが落ち着く~……」
俺もまるで信じられないんだけど、俺のベッドにダイブするなりそう言ってゴロゴロしているのはあのササだ。MBCCの同期だけじゃなくて先輩、でもって曲者として名高いヒゲ教授にすらしっかり者の完璧超人だと思われているササが、ゴロゴロしている。
大学の近くで1人暮らしを始めてひと月半ほど。もうすぐ2ヶ月になろうとしている。ゼミとか同期とか、各種泊まりの遠出の機会があったと言えそれなりに暮らす中で、何となく生活のリズムみたいな物も整い始めて来たのかなと。
豊葦市内に住んでいるということで、ササがたまにうちに遊びに来るようになった。俺は大学近くのガソリンスタンドとコーヒーショップの併設店でバイトを始めたんだけど、今は深夜帯で研修中だから日中は割とヒマだってアイツも知ってるんだよな。
「俺の匂いが落ち着くって何だよ。それを言われるならいつか出来る彼女かと思ってたのにお前かよ」
「俺じゃ不満か?」
「いや、いいんだけど、お前ってそんなキャラだったかなと思って。人の部屋に来るなりゴロゴロしてさ」
「俺だってゴロゴロしたい事もある」
「ゴロゴロするのはいいんだけど、今日布団に掃除機かけてないぞ」
「わかった。俺の気が済んだらかけるから」
「ああそう。じゃ頼むわ」
完璧超人やるのもきっと楽じゃないんだろうな。しっかりしてるって思われてると、そのようにやらないとっていう重圧になっててもおかしくないだろうし。それに、ササは好きな奴の前じゃカッコいい自分でいたいらしいから、力を抜ける瞬間が少ないのかな。
「シノ、布団掃除機なんて嗜好品だろ。そんな物をわざわざ買ったのか」
「いや、それもお下がり。高崎先輩が置いてったヤツの中にあった」
「本当に大体揃ってるな」
「L先輩によれば、高崎先輩が使ってたヤツだけあって少し年数経ってるけど性能はガチ。だって」
「花粉症がしんどかったらこの時期は外で干せないしな。シノ、お前花粉症大丈夫か?」
「今までは大丈夫だったんだけど、今年ちょっと怪しいかも」
「大学の保健センターでも診てもらえるらしいぞ」
「え、マジで?」
「ミドカも使えるし」
「マジかよー、買い物も郵便局も病院も大学で済むとか神立地じゃんかコムギハイツ!」
「体を動かしたければジムもプールもジョギングコースもあるからな」
言ってることはいつものササなんだけど、体勢がすげーぐだぐだなんだよな。うつ伏せから横向きにごろんと変わって、完全に溶け切っている。いいんだけどさ。逆に普段どれだけ気を張ってるのかって心配にもなってくるな。
「って言うかお前は鼻詰まりとかなってねーのかよ」
「なってないからお前の匂いがわかるんだろ」
「あそっか。つか俺の匂いで落ち着くって何だよ。体臭キツいみたいに聞こえるんだけど」
「いや、キツくはないんだよ。人の匂いを何となく嗅ぎ分けるみたいなことは昔からやっててさ」
「へー。鼻が利くのな。犬みてー。お手」
「わん」
ササはレナとか俺だから匂いがわかるってワケじゃなくて、大体の人にその人の匂いっていうのを感じてるらしい。ササにとっては顔とか声と同じくらい匂いの印象というのがデカいんだとか。俺はよっぽど強烈じゃねーとわかんねーだろうなー。
「でも、落ち着く匂いって、例えば一緒にいて安らぐみたいな意味で恋人の匂いとかじゃねーの?」
「それも間違ってないんだけど、状況によりけりなんだよ。中てられることも少なくないからな」
「あてられる?」
「興奮するってこと。少なからず性欲と結びつくから」
「ああ、そういう」
「俺がカッコよくあるために力を入れなくて良くて、性的に興奮もしないって意味で一番安らげるのはお前の前だな」
「それって褒められてんの?」
「褒めてる。それだけお前に甘えてるってこと」
「そーかよ。それじゃあどんどん甘えてくれよ。俺も世話になってるしな」
「とりあえず、これ以上ゴロゴロしてたら起きれなくなりそうだから掃除機かけるわ」
「おー、頼むぜー」
掃除機は俺がやるよりササの方がしっかりしてそうだから今日のところはとりあえず頼んでおく。L先輩の話では、高崎先輩は布団掃除機の他にも布団乾燥機なんかも使って雨の日でもバッチリの布団コンディションを保っていたらしい。寝具ガチ勢だとか。
「そう言えばシノ、勉強してるのか? その本。付箋たくさん貼ってるけど」
「あー、そうなんだよ。バイトの関係で資格取らなきゃいけなくて。物理とか化学の基礎っつーのをサキに見てもらったりしてさ。何だかんだ本を使って泥臭く勉強する方が俺には合ってるんだよな」
「うん、お前はスマートじゃないけど何だかんだやれば出来る奴だもんな」
「褒めるかディスるかどっちかにしてくれよ」
「でも、そういう資格とかって持ってると将来就職にも使えるかもしれないし、更新し続けられるなら一生モノだよな」
「そっか、就職にもワンチャンあるのか。なら尚更1発で通りて~…! 合格したら受験費用バイト先で負担してくれるんだよ。タダで資格欲し~!」
「倹約の鬼のお前なら出来る。タダで一生モノの資格をゲットだ」
布団のついでに部屋の掃除機もかけたくなってきたな、とササは言うけどそれはさすがに止める。いくら相棒とは言え一応はお客さんにさせることじゃないとは思うんだ。……いや、そういやコイツ、前に言ってたな。俺の部屋に入り浸るイメージは高木先輩とエージ先輩のあの感じだって。
「シノ、今日はバイトじゃないだろ? 夕飯どうする? よかったら食べながら次の履修でも考えないか?」
「おっ、いいね。履修なー、そろそろ考えなきゃとは思ってたんだよ」
「よーし、それなら今日は俺が作るぞ。最近ちょっと練習してるんだ」
「――ってちょっと待て! さすがにそこまではさせられねーって!」
end.
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ササにごろごろさせたかっただけの話。ササがこんだけぐだぐだになるのはシノの部屋でだけらしい。基本いいカッコしいだからな!
でもタカエイのあの感じで入り浸られるとするならそのうちお客さんに本格的な家事をさせることが始まるけど、ここはそうはならなさそうだね。シノの方がしっかりさん。
いつかTKG先輩が言ってたけど、ササとシノの関係ってのはシノの方がササを支えたり引っ張ったりして成り立って行くのかもしれないね
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