2020(05)

■常識の範疇を越えられない

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「3年生追いコンお食事の部は、焼肉ですッ! 皆さんどんどん食べてくださいねーッ!」

 MMPでは3年生追いコンという行事が伝統的に行われるそうだ。MBCCでは3年生を改めて送ることはしないからなかなか新鮮だ。カノンから誘われて、俺が参加していいのかなと思ったけど3年生の先輩に世話になっただろと言われれば、確かに。
 ボウリング大会の後でやって来たのは焼肉店。MMPの3年生はみんな結構食べるから食べ放題システムが整っている店の方が安心だろうという理由らしい。まあ、無難っちゃ無難だよな。肉は好きだし焼肉は普通に嬉しい。昼からっていうのがちょっと贅沢だ。

「例によって席はクジで決めますッ! さっそく引いちゃって下さいッ!」

 ――と言うワケで。

「ほーらっ。すがやんはこっち」
「ちょっ、何すんだ奏多」
「今更春風の隣に座ってもなー。俺はその向かい側でどこまで化けの皮を被ってられるかじ~っくり見ててやるからよ」
「人聞きの悪いこと言わないで」

 本当は違う席のクジを引いたんだけど、奏多がムリヤリ自分のと交換して来て春風の隣に。向かい側には野坂先輩とりっちゃん先輩、それから奏多。

「そんなコト言っても、お前が肉を前にお淑やかキャラでいられるイメージがねーんだよなぁ」
「もしかシて、春風も四次元胃袋の持ち主か何かで、野坂とぶつけると食糧戦争が勃発する的なヤツすか?」
「それは危ない。だとすると俺も本気を出さざるを得ないな」
「春風、もしお前の胃袋の容量が果てしなくても俺はそれくらいじゃもうビックリしないし、普通に、食べたいように食べてくれればいいからな?」
「えーと、先輩たちにすがやん? 四次元とか戦争とか、話がデカくなってんすけど?」
「ウチにどんだけ食っても腹いっぱいにならない特異体質の先輩がいてさ。だから春風もそうなのかなって」
「どんな巨漢だよ」
「奈々先輩と同じくらいの女子だよ」
「マジかよ」
「私は……その、確かに一般的な女子よりは少し、食べるかもしれませんが、さすがに満腹にはなるので」
「まァ、春風は背も高いスからね。食わないよりは健康的でいーンじゃないスか?」
「一般的な女子より少し食べるぐらいなら全然だわ」
「春風、環境に救われたな」
「こればっかりは本当に」

 一般的な女子より少し食べる程度であれば、さすがに果林先輩より食うということはないだろう。そうか、あんまり見境なく何でもたくさん食べるって思われるのは恥ずかしいと思われることもあるのかな。何か感覚がマヒってたわ。

「ま、この席順だったら積極的に取りに行かないと食いっぱぐれることには違いないし、すがやんも奏多も食いたかったら戦え」
「私も、気合を入れていただきます」
「さ、頼みますかネ」

 とりあえず、タッチパネルで肉やサイドメニューといった食べる物を少し多めに、それから1人一杯のドリンクを注文。確かに野坂先輩もりっちゃん先輩も食べる人だから食いに行かないと負ける。その戦い方はMBCCでも叩き込まれてるからな。
 網を前に気合を入れる春風がただかわいいかよ。くるみみたくスイーツが好きとかレナみたくオシャレなサラダから飯を食うとかっていうのが俺の周りの女子のイメージだから、肉好きってのが新鮮だしむしろ全然アリじゃん。

「よし、食うぞ」
「では、いただきます。ん~! やっぱりお肉は最高ですね! ほら、徹平くんも食べないと無くなりますよ」

 え、ただただかわいいんだけど。

「あ、うん。そうだな。俺も食わないと」
「すがやん、さては春風の食いっぷりに圧倒されたか~?」
「だからそれくらいじゃ引かないっつーの」
「そうだぞ奏多。ワンチャンあるとすれば肉食ってる姿が可愛いなっつって見とれてたヤツだろ」
「ちょっ、野坂先輩!」
「悪い悪い」
「ははーん、そっちね~。じゃ、すがやんが春風に夢中になってる間に俺も肉食っとこうかな」

 いっけね。でもこれは危険すぎた。まだまだ春風については知らないこともたくさんあるし、肉食ってる姿がこんなに可愛いとかそもそも知ってるはずもないじゃんな。これまでに何回かデートしてるけど、肉っていう肉を食ったことはなかったし。

「ちょっと待てよ。春風、もしかして甘い物とかより肉とかの方が好きだったりする?」
「甘い物も好きですよ。でも、お肉も魚も甲乙付け難いですね……」
「そっか、それならいいんだ。うん」
「すがやん、これからのデートコースとか考えてたのか~?」
「まあ、豊葦市内でちょっとお茶すんのに良いカフェとかないかなーっつって調べてたんだよ」
「や~、良かったなァ春風。お前そこまで想われてんぞ」
「あの、その……ありがとう、ございます」
「はー……」

 だからかわいいんだって!

「すがやん、隙あり」
「ちょっ、野坂先輩その肉俺の前なのに!」
「俺の前で隙を見せる方が悪い。ほら、タッチパネル持って」
「もー……注文しないとマジでないじゃないすかー!」
「徹平くん、オーダーするのなら私にライス(大)を取ってもらっていいですか?」
「あ、俺にも」
「自分にも頼みヤすわ」
「あ、すみません。それからユッケジャンスープを辛さ3倍で」
「辛さ3倍!? 春風、辛い物も好きなのか?」
「甘い物も辛い物も、お肉もお魚もお野菜も、何でも食べますよ」
「おーい春風、辛さ3倍ぽっちで大丈夫か~? MAXまで行かなくてよ~」
「春風、辛い物好きならそのように頼んでもいいんだぞ。MMPの人間は辛さにお強い方のことも知ってるから今更引かない」
「いえ、とりあえず3倍から始めようかと」
「そっか」


end.


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ごはんが大好きな春風は多分MBCCの方に混ざっても上手くやっていけると思うんだぜ。第1学食のLサイズとかも普通にイケそう。
すがやんが春風の一挙手一投足にかわいいかよっつってるだけの話。まあまだそんなに経ってないもんなあ。いちいちかわいいわね。
ちなノサカがそれを一発で見破ったのは自分もうまうましてる菜月さんかわいいなーっつって悶絶してるからね。身に覚えしかないのよ。

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