2020(05)
■もったいないお化けがいるぞ
++++
「本当の本当にこれが最後だからな! もう実家帰るし」
「わーってるって! 長い間あざっした」
「ったく。それじゃ」
「おー。元気でなー」
実家に帰るため星港駅へと向かうなっちを見送り、俺たちはまた須賀邸のスタジオに戻る。今日はなっち扮するナユの本当の本当にラストのレコーディングだった。大学の卒業式翌日、向島エリアにいる時がラストチャンスだと菅野がアポを取っていたらしい。
一応、菅野は月に1曲ペースで公開するため6曲を作って~的な感じで計算してたらしいんだけど、ハードワーカー2人がノってしまうと上がって来る曲が6曲どころでは済まなくなっていた。反省も後悔もするものか。なっちの高すぎる歌唱力と菅野の煽りが悪い。
これまで公開された曲と未公開曲を合わせた歌物アルバムはすでに完成している。アルバムタイトルは「In space, no one can live alone.」だ。ただ、それでも収まりきらなかった曲をガチの未公開曲とか隠しトラックとして収録させてもらったのだ。作ったままボツにするのももったいないからな。
「それはそうと、お前のギターも最初の頃に比べるとまあまあ聞けるようになってきたじゃんな」
「さすがに最初よりはな。練習配信で視聴者さんからもいろいろアドバイスもらってたし」
「それで、セルフライナーノーツとやらの原稿は上がりそうなのか?」
「もちろん。俺を誰だと思ってるんだ」
最初はムチャ振りだった作詞の作業にも大分慣れてきたように思う。だけど俺は基本的に文章を書く人間だ。あと、中古で買った古いCDとかに挟まれてるライナーノーツの紙とかが大好きで、今回のアルバムではあれをやりたいと思ったんだよな。
その曲がどういった意図で作られていて、どんな背景があって、みたいな物を読むのが好きな奴はきっと俺だけじゃないだろうと踏んで。いや、需要がなくても俺自身の記録として残しておきたかった。次のネタに結びつくかもしれないし。
「歌詞を練ってるメモ用紙とか自分の楽譜をそのまま画像化して乗っけるとかさ」
「俺のメモに対する需要は知らないけど、他の作品とかでそういう制作途中のラフ画とかそういうのが見られるとめちゃくちゃ興奮すんだよ」
「あー、わからんでもない。ゲームとかでも隠し要素として開発途中の絵が見れるアートギャラリーとかあったりすんだよな。それに近いようなことか」
「多分そんなようなこと。制作の裏側とかを見るのが狂おしいほど好きでさ。資料的価値をギュインギュイン感じ取れるっつーか。きっとそれは俺だけじゃないから、自分がされたら嬉しいことを自分もやろうの精神だな。その冊子のアートワークはきららに頼んであるし。本の装丁って大事じゃんか」
「こだわり出すとキリがねーなお前」
「お前が言うな」
――とか何とかやっているとスタジオにきららが入ってきて、呼び出しを食らう。きっとライナーノーツの件だろう。ああだこうだいろいろワガママを言ったけど、大丈夫かな。そのお叱りならば甘んじて受けるけれども押せるところは押すつもりだ。
「ああ、レイ君。一応仮のイメージは出来たからちょっと見てみて」
「さすが、早い。ありがとうございます」
「俺にも見して見して」
「太一くんは呼んでない」
「いいだろちょっとくらい。第三者の意見も必要だって」
「それから、勝手にだけどレイ君の顔出し絵も用意してみた。顔出す方針じゃなかったら非公開のファンアートになるけど」
「えっ、もったいな!」
「公式絵師のツラいトコだよな。自分が発信したことが公式になっちまうんだから。つか、それはそうと何で顔出し絵を描こうと思ったんだよ」
「セルフライナーノーツ、それを語ってる場所がレイ君の書斎のイメージだった。プライベートな空間ではさすがにフード取ってるかなと思って」
レイの顔を出すかどうかはまた京川さんと相談してから決めることにして、その他のイメージはありがたく見させてもらった。概ねいい感じだけど、もう少しだけ細かい注文を付けさせてもらって。でも、これで飯を食ってるだけあって凄いの一言だ。
「そうだレイ君」
「ああ、はい」
「今回のアルバムのジャケットのイラストあるでしょ。あの絵のメイキング映像っていうのを暇潰しで作ったんだけど、よければそれもこの冊子を手に取った人限定で見られるようにしてもいい?」
「俺は大歓迎。って言うかそんなところまで見せちゃって大丈夫?」
「大丈夫。そしたら私の動画用のQRコードも付けとくね」
「つかきらら、それ今見れんのか?」
「私のパソコンの中だから、部屋に行けば見れるよ。見てみる?」
「お、いいね~」
「是非見たいです」
きららの部屋という名の仕事場に通され、件の映像を見せてもらう。うん、何やってるかさっぱりわかんない。何倍速かわからないけど物凄い早さで絵が出来上がっていくんだもんな。これがプロの仕事か。
「冊子の方にはレイ君からもらった最初のラフイメージも付けとくね」
「えっ、あれも出すの? 文章はともかく絵を出されるとか恥ずかしすぎるんだが」
「レイ君普通に上手いと思うけど。あと、具体的に注文もらえてこっちも仕事しやすかったし」
「この絵にも資料的価値っつーヤツがあんだろ、お前風に言うと」
そんなことをやってたら、冊子のページ数が普通にどんどん増えてるし。最初は無料配布のつもりだったけど、紙の本で読むのがこだわりとか言ってると、少しはいただかないと。いや、実費で何とかするか? それとも配信で元を取れるように頑張るか。
end.
++++
卒業式の話の最後らへんで朝霞Pが洋平ちゃんと飲みに行くのを明後日以降でって言っていた理由がこのレコーディング。
Pさんはライナーノーツとか多分大好きだろうなあと思った結果、自分でも書かせることになったよね。読むのも書くのも好きそうだもの
卒業式を終えた菜月さんが実家に帰ったということは、これでこうしてお話の上では登場しにくくなるのね。いや、元々春休みはいないキャラだったわ
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「本当の本当にこれが最後だからな! もう実家帰るし」
「わーってるって! 長い間あざっした」
「ったく。それじゃ」
「おー。元気でなー」
実家に帰るため星港駅へと向かうなっちを見送り、俺たちはまた須賀邸のスタジオに戻る。今日はなっち扮するナユの本当の本当にラストのレコーディングだった。大学の卒業式翌日、向島エリアにいる時がラストチャンスだと菅野がアポを取っていたらしい。
一応、菅野は月に1曲ペースで公開するため6曲を作って~的な感じで計算してたらしいんだけど、ハードワーカー2人がノってしまうと上がって来る曲が6曲どころでは済まなくなっていた。反省も後悔もするものか。なっちの高すぎる歌唱力と菅野の煽りが悪い。
これまで公開された曲と未公開曲を合わせた歌物アルバムはすでに完成している。アルバムタイトルは「In space, no one can live alone.」だ。ただ、それでも収まりきらなかった曲をガチの未公開曲とか隠しトラックとして収録させてもらったのだ。作ったままボツにするのももったいないからな。
「それはそうと、お前のギターも最初の頃に比べるとまあまあ聞けるようになってきたじゃんな」
「さすがに最初よりはな。練習配信で視聴者さんからもいろいろアドバイスもらってたし」
「それで、セルフライナーノーツとやらの原稿は上がりそうなのか?」
「もちろん。俺を誰だと思ってるんだ」
最初はムチャ振りだった作詞の作業にも大分慣れてきたように思う。だけど俺は基本的に文章を書く人間だ。あと、中古で買った古いCDとかに挟まれてるライナーノーツの紙とかが大好きで、今回のアルバムではあれをやりたいと思ったんだよな。
その曲がどういった意図で作られていて、どんな背景があって、みたいな物を読むのが好きな奴はきっと俺だけじゃないだろうと踏んで。いや、需要がなくても俺自身の記録として残しておきたかった。次のネタに結びつくかもしれないし。
「歌詞を練ってるメモ用紙とか自分の楽譜をそのまま画像化して乗っけるとかさ」
「俺のメモに対する需要は知らないけど、他の作品とかでそういう制作途中のラフ画とかそういうのが見られるとめちゃくちゃ興奮すんだよ」
「あー、わからんでもない。ゲームとかでも隠し要素として開発途中の絵が見れるアートギャラリーとかあったりすんだよな。それに近いようなことか」
「多分そんなようなこと。制作の裏側とかを見るのが狂おしいほど好きでさ。資料的価値をギュインギュイン感じ取れるっつーか。きっとそれは俺だけじゃないから、自分がされたら嬉しいことを自分もやろうの精神だな。その冊子のアートワークはきららに頼んであるし。本の装丁って大事じゃんか」
「こだわり出すとキリがねーなお前」
「お前が言うな」
――とか何とかやっているとスタジオにきららが入ってきて、呼び出しを食らう。きっとライナーノーツの件だろう。ああだこうだいろいろワガママを言ったけど、大丈夫かな。そのお叱りならば甘んじて受けるけれども押せるところは押すつもりだ。
「ああ、レイ君。一応仮のイメージは出来たからちょっと見てみて」
「さすが、早い。ありがとうございます」
「俺にも見して見して」
「太一くんは呼んでない」
「いいだろちょっとくらい。第三者の意見も必要だって」
「それから、勝手にだけどレイ君の顔出し絵も用意してみた。顔出す方針じゃなかったら非公開のファンアートになるけど」
「えっ、もったいな!」
「公式絵師のツラいトコだよな。自分が発信したことが公式になっちまうんだから。つか、それはそうと何で顔出し絵を描こうと思ったんだよ」
「セルフライナーノーツ、それを語ってる場所がレイ君の書斎のイメージだった。プライベートな空間ではさすがにフード取ってるかなと思って」
レイの顔を出すかどうかはまた京川さんと相談してから決めることにして、その他のイメージはありがたく見させてもらった。概ねいい感じだけど、もう少しだけ細かい注文を付けさせてもらって。でも、これで飯を食ってるだけあって凄いの一言だ。
「そうだレイ君」
「ああ、はい」
「今回のアルバムのジャケットのイラストあるでしょ。あの絵のメイキング映像っていうのを暇潰しで作ったんだけど、よければそれもこの冊子を手に取った人限定で見られるようにしてもいい?」
「俺は大歓迎。って言うかそんなところまで見せちゃって大丈夫?」
「大丈夫。そしたら私の動画用のQRコードも付けとくね」
「つかきらら、それ今見れんのか?」
「私のパソコンの中だから、部屋に行けば見れるよ。見てみる?」
「お、いいね~」
「是非見たいです」
きららの部屋という名の仕事場に通され、件の映像を見せてもらう。うん、何やってるかさっぱりわかんない。何倍速かわからないけど物凄い早さで絵が出来上がっていくんだもんな。これがプロの仕事か。
「冊子の方にはレイ君からもらった最初のラフイメージも付けとくね」
「えっ、あれも出すの? 文章はともかく絵を出されるとか恥ずかしすぎるんだが」
「レイ君普通に上手いと思うけど。あと、具体的に注文もらえてこっちも仕事しやすかったし」
「この絵にも資料的価値っつーヤツがあんだろ、お前風に言うと」
そんなことをやってたら、冊子のページ数が普通にどんどん増えてるし。最初は無料配布のつもりだったけど、紙の本で読むのがこだわりとか言ってると、少しはいただかないと。いや、実費で何とかするか? それとも配信で元を取れるように頑張るか。
end.
++++
卒業式の話の最後らへんで朝霞Pが洋平ちゃんと飲みに行くのを明後日以降でって言っていた理由がこのレコーディング。
Pさんはライナーノーツとか多分大好きだろうなあと思った結果、自分でも書かせることになったよね。読むのも書くのも好きそうだもの
卒業式を終えた菜月さんが実家に帰ったということは、これでこうしてお話の上では登場しにくくなるのね。いや、元々春休みはいないキャラだったわ
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