2020(05)

■陽の当たる場所

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 大学の卒業式という行事も、大きなホールで人の話を聞いているだけで実に退屈だった。1時間ほどで式が終われば、卒業証明書なんかをもらって式場のホールを出る。一般に、部活やサークルでは卒業生を送るために出待ちをしている。放送部でもやっているらしい。
 尤も、俺は部全体のそれに加わったことはなく、班の単位でささやかに先輩を送る程度だった。いざ自分がこちらの立場に立ってみると、式が終わった後でどこへ行けばいいのかわからず、行く当てもないまましばらく立ち尽くして人混みを眺めていた。

「朝霞クン」
「山口。どうしたんだ」
「どうしたじゃないよ。ほら、行こう」
「行こうって、どこに」
「外にだよ。つばちゃんたちが待ってるよ」
「……今って、俺たちみたくムラの輪から弾かれた存在がなくなったワケだろ。陽の当たる場所に馴染めないんだ」
「朝霞クンの気持ちもわかるけどね。帰るんなら俺も付き合うよ。ご飯でも行く?」
「ああ。悪いな」

 部の現役時代は部屋の隅の方に追いやられていたし、今も明るい場所というのはどうも苦手だ。隅っこ自体は好きだから朝霞班のブースが暗くて狭かったのは別に苦じゃなかったけど、こう、みんなの前には今でも出辛い。

「おいおい。可愛い後輩がせっかく見送りに来てやったのに、逃げんなよ朝霞サン」
「戸田」
「洋平、な~にが「帰るならご飯でも行く?」だよ。この人ぜってー逃げるから首輪付けてでも引き摺って来いっつっただろーがよ」
「ゴメンね。放送部としての俺は朝霞クンと一蓮托生だからさ」
「はーっ。鬼のプロデューサーもすっかり女々しくなっちゃって。そんなんで社会でやってけんのかね」
「なんだと」
「いいから早く来て! もう朝霞班待ちなんだから!」
「ちょっ、待て戸田!」

 帰ろうとしていた俺たちの前に現れたスーツ姿の戸田が、俺の手首を掴んでムリヤリ人混みを掻き分けていく。話していたことからすれば戸田から山口に何らかの話が行っていたそうだが、どこに連れて行かれるのかと。
 もみくちゃになりながら人混みを掻き分けて進んでいくと、背中を叩かれて開けた場所に放り出される。やっと落ち着いて周りを見ると、放送部の連中がいる。卒業生だけじゃなくて、在校生たちも。その中には見知った顔もいくつか。

「はいは~い、遅れちゃってゴメンね~、でしょでしょ~。真打は遅れて登場するって言うし~? やっぱ俺ってステージスターだから注目を集めたくって~」

 久方ぶりの“ステージスター”にしょうがねーなと場のみんなが笑っているけど、俺からすれば根暗が無理してんなとちょっと思ってしまうワケで。ただ、その機転に救われている俺もいる。

「おい戸田、何だこれは」
「何だも何も、放送部の出待ちだよ。見りゃわかんだろ」
「柳井前部長と話し合って、今年はひとつの輪で4年生の先輩を送ろうっていうことになったんです」
「気持ちはありがたいが、俺はわざわざ部の全体行事に含めてもらうような立場じゃないし」
「あら、過酷な環境に負けずステージの台本を書き続けて来たプロデューサーというだけではご不満かしら」
「宇部」
「メグちゃん、袴姿が似合ってるでしょ~」
「俺はあのハードモードの中で、お前が死なずに生き延びたのが最大の実績だと思う」
「今、俺の命があるのはお前のおかげだな、菅野」
「まーお前はいけ好かない奴だと思ってたけど、付き合ってみるとむしろいい奴だったし。レイ、これからもよろしく頼むぜ、心の友として」
「こちらこそ。チータ」
「俺が卒業出来るのもお前のおかげだぜ朝霞~!」
「シゲトラ、本当にギリギリだったもんね。朝霞、面倒見るの大変だったでしょ」
「鳴尾浜お前、卒業出来たんだな。じゃあ酒の一杯でも奢ってもらわないとな」
「その程度でいいならすぐにでも!」
「朝霞はステージのことになると周りが見えないけど、根は優しいんだ! ボクの巾着をこっそり返してくれたんだ!」
「お前、何でそれを。……宇部、言ったのか?」
「あら、私じゃないわよ。菅野、誰かしらね」
「コホン」
「アタシ的にはさ、戸田を幹部への復讐とかじゃなくてステージを原動力に動ける奴に育てたっつー意味でアンタに感謝してんだよ」
「うお姐」
「……確かに、ある意味で戸田の成長が負の連鎖みたいな物を断ち切ってくれたのかもな」
「朝霞、確かにあなたは売られた喧嘩をすぐ買うし、ステージには見境がなくて監査という立場で見れば面倒極まりない人だったわ」
「それこそケンカ売ってんのか」
「いえ、最後まで聞きなさい。ステージの映像も残ってないし、戸棚にあるのはフォーマットを無視して書かれたおかげでほとんどの人間には理解出来ない無数の台本。だけど、それがあなたというプロデューサーがいたことの証明。そして今、あなたの書いた本を皆が読めるようにして残そうという動きもある。朝霞班という存在が、評価される時代なのよ」

 評価とか、そんなことは割とピンと来ないし別にいい。だけど、こうして俺の周りにたくさんの人がいて、こうやって言葉を投げかけられることにこそ俺なんかがいいのかという気持ちになる。
 去年の今頃、俺は独り卒業式の会場を後にしようとする越谷さんの腕を掴んで引き留めて、今の俺があることの感謝を怒りに任せて伝えた。越谷さんは自分の所為で俺や山口が理不尽な目に遭っていると言っていたから、アンタバカかとそれを泣きながら否定して。
 ただ、4年になると戸田班という存在を見ながら越谷さんの気持ちもある程度は理解出来るようになった。俺の所為で戸田班が理不尽な目に遭わないかと。彩人の件があったし全くなかったワケではないけど、それでも前よりは命の危険も少なくなったなと思う。
 そして源が部長になった今だ。暗躍している連中は排除され、部は開けた。そして流刑地の主と呼ばれた俺が追いコンだの卒業式の出待ちに呼ばれる対象になった。こんなことになるとは夢にも思わないから、脳の処理がまだ追いついていないんだ。越谷さん、俺はどうしたらいいですか?

「朝霞クン?」
「や、コンタクトが落ちそうになってんだ」
「朝霞、背を向けたままでいいから聞きなさい。今日はこの後18時から、玄で同期の打ち上げがあるから。あなたも来なさいよ」
「……いや、何でわざわざ玄なんだよ」
「あなたが行事の後で玄に飲みに行くのはわかってるのよ。先回りさせてもらったわ。ちなみに、卒業生が同期で飲むのは慣わしみたいなものよ」
「……わかったよ。行けばいいんだろ」
「この世界のシゲトラがお前に最初の一杯を奢ってやるぜ!」
「シゲトラはボクと一緒に5年生になると思ってたんだ」
「星羅、薬学部の5年と人間学部の5年って天と地ほど違うからな?」
「うるせーこのバカップル!」
「菅野と須賀はそこまでイチャついてないし、院への進学と薬学部の5年に対して卒業ギリギリだったシゲトラがバカとは言えないよね」
「マジレスすんな響人、言葉のアヤだよ」
「……はー、コンタクト落ち着いた」
「朝霞クン大丈夫そう?」
「ああ。……今日は仕方ないか。山口、2人で飲むのはまた今度な。明後日以降で」
「了解」


end.


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星ヶ丘の卒業式、長くなりすぎるヤツ。フェーズ1に出て来たほとんどの現4年生が大集合。1人ずつみんなに喋らせるの好きなのよね
書きながらそういや星羅って卒業しないじゃんって思い出したよね。薬学部は6年生まであるみたいなんですね。
今年は4年生として下の子ときゃっきゃしてた朝霞Pだけど、何だかんだ光洋に行ったりもするしこっしーさんが大好きなのは変わってないのよね

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