2020(05)
■夢と言葉とパンの森
++++
「あっエージ、おつまみできたよ」
「サンキュ。マジで美味そう」
「それじゃあかんぱーい! はー……バイト終わりの一杯がおいし~……」
「あー、このひき肉ゴロゴロ入ったサンドイッチがビールとの相性最高だっていう。パンを使ったおつまみ作らしたらお前の右に出る奴はいねーな!」
「ふっふーん、そうでしょ? ハナだってパンを使った料理を日々研究してるんですよ」
久し振りに飲みたいなという話になって、ハナの部屋にお邪魔する。大学が普通にやってるとサークル終わりとかにハナの車で駅まで送ってもらうこともあるし、たまに一緒に飯食ったり、部屋にお邪魔することもある。春休みだし最近はいろいろご無沙汰だったっていう。
俺はビールで、ハナは焼酎で乾杯。ハナは豊葦でも人気のパン屋でバイトをしていて、商品にするには少し難があるパンをもらって帰ることがある。そんなことをしていると主食はパンになる。パンのまま食うのもそれはそれで美味いけど、パンをアレンジした料理をするようになっていったらしい。
「あ、テレビ緑風の話してる」
「ホントだ。緑風も雪すげーなー。えっ、こん中を裸足で走る? うわー」
「雪の上を裸足で走って、お寺の鐘を突いて、滝に打たれるっていう、レース形式のお祭りだね」
「さっむ!」
テレビでは緑風の祭りの特集をやっていて、地元が懐かしいのかハナはそれを食い入るように見ている。パン床なる物で作った野菜の漬け物をつまみながら、方言懐かしいなーなんて言って。地方の言語文化……特に方言なんかを勉強したいと思っている俺は、テレビから聞こえる地元のおっさんの言葉に耳を傾ける。
『昔からずっと出とったけど、勝てんようなってきたわ。もうここ10年はずっとこのっさん。きっついわ』
『はー、やっぱりキツイですか』
「今の「きっつい」のニュアンス、多分ちゃんとわかったの緑風の人だけだね」
「え、今の何か違ったニュアンスがあったんか」
「しんどいとか辛いみたいな意味でも今の文脈は通っちゃうんだけど、今の「きっつい」は10年間勝ち続けてるおじさんが強くて感心するっていうニュアンスの方が強いんだよ」
「はー……奥深いな。標準的な意味合いでも文脈が通っちまうけど本当に言いたかった意味は違うっつーのが」
やっぱり、言葉ひとつとってもその真意みたいな物がどう伝わるかっていうのが変わって来るのが面白い。今の話を聞いて、俺はもっといろんな地方の言葉を聞きたいと思ったし、自分の地元の言葉でも余所の人にはそのニュアンスが伝わりにくい物っていうのがあるのかなと探してみたくもなった。
それっていうのは、単純に大学での専攻というだけじゃなくて、将来的なことにも通じて来る。そういう、言葉に関係する仕事をやりたいなとうっすら思い始めて。それは本当に今思い始めて。さすがに全国のそれを網羅するのは難しいから、せめて山浪の言葉だけでもきちんと噛み砕いて理解出来るように。
「なあハナ」
「なに?」
「そろそろ将来のこととか考えなきゃだよな」
「考えてるに越したことはないと思うけど、まだそこまで焦るような段階でもなくない?」
「そうなんだけどさ。ドラマとかである“どこどこ言葉指導”みたいな職業? 職業ってあんのかな、そういう仕事ってどうやったらなれんのかな。やっぱ自分も役者である必要があんのかな」
「あー、方言指導とかね。でもそういうのってさ、今の時代だけじゃなくてちょっと昔に使われてた方言とかもわかってないといけないじゃん。しょぼんじゃない? ハナたち若いし本当のお年寄りの人たちが使ってる方言とかわかんなかったりもするじゃん」
「だから、俺はそれを勉強したいし残したいっつーか、伝えたい。ただ伝えるだけじゃなくって、演劇の場でそれをやることで、よりリアルな舞台にしたい」
「エージ、演劇の道に進みたいの?」
「全然思ってなかったけど、何も考えてなかったところから無意識で言ってるってことは、やっぱ根っこの部分にはあるんだと思う。演劇と、方言っつーか言葉の文化を絡めた仕事がしたい」
自分がまだどこかで演劇に関わりたいと思っていることがわかったのが今で良かったのかもしれない。これが卒業間近で一般企業への就職が決まった後だったらそれを押し殺したままそういうモンだとムリヤリ納得したまま何となく暮らしてただろうから。それがわかったのが今ならこれからどうにでもなる。
「エージは将来のこと考えててエライし、夢もあって羨ましい。ハナ何にもないから」
「別に、そんなモンはなるようになるべ。何歳から夢を持ったっていいんだっていう」
「そうねー。もうしばらくはパンのおつまみを極める道を突き進むかー」
「お前のパンのおつまみはマジでビールとの相性最高だし、これからも研究して欲しいっていう。なんならこれを突き詰めて、パンバルを開くとかもアリだべ」
「パンバルかー、いいね、夢がある。まあ、しばらくはお客さんがエージだけのおうちパンバルだけど。しょぼーん」
「そういやお前、部屋にあんま人入れない主義か? 高崎先輩じゃあるまいし」
「ハナの部屋、立地が微妙だから人が来ないんだよ。ハナは車あるから不便に思わないんだけどさ」
「ああ、そういう。確かに駅からも遠いしバスも通ってないもんな」
「そうそう。何か買うなり食べに行くにも徒歩だと遠いしね。何なら星港で飲んで帰っても駅からの道のりがま~あ長い! だからおうちでちびちび飲むくらいがいいんだよハナは」
「飲みたくなったらいつでも付き合うべ」
「じゃあまたよろしくね」
end.
++++
エイジはタカちゃんの部屋に入り浸っているだけでなくハナちゃんの部屋にもたまにお邪魔しています。意外に家にはあんまりいないのかも。
3年生にもなってくると将来のことを漠然とでも考え始めるようになるのかしら。エイジは何となく分かって来たみたいですが、ハナちゃんはどうするんだろ。
ハナちゃんはまだ自炊とかいろいろ頑張ってるのかな。自分で漬け物を作るくらいだし好きそうよね。お部屋も綺麗そうだし。
.
++++
「あっエージ、おつまみできたよ」
「サンキュ。マジで美味そう」
「それじゃあかんぱーい! はー……バイト終わりの一杯がおいし~……」
「あー、このひき肉ゴロゴロ入ったサンドイッチがビールとの相性最高だっていう。パンを使ったおつまみ作らしたらお前の右に出る奴はいねーな!」
「ふっふーん、そうでしょ? ハナだってパンを使った料理を日々研究してるんですよ」
久し振りに飲みたいなという話になって、ハナの部屋にお邪魔する。大学が普通にやってるとサークル終わりとかにハナの車で駅まで送ってもらうこともあるし、たまに一緒に飯食ったり、部屋にお邪魔することもある。春休みだし最近はいろいろご無沙汰だったっていう。
俺はビールで、ハナは焼酎で乾杯。ハナは豊葦でも人気のパン屋でバイトをしていて、商品にするには少し難があるパンをもらって帰ることがある。そんなことをしていると主食はパンになる。パンのまま食うのもそれはそれで美味いけど、パンをアレンジした料理をするようになっていったらしい。
「あ、テレビ緑風の話してる」
「ホントだ。緑風も雪すげーなー。えっ、こん中を裸足で走る? うわー」
「雪の上を裸足で走って、お寺の鐘を突いて、滝に打たれるっていう、レース形式のお祭りだね」
「さっむ!」
テレビでは緑風の祭りの特集をやっていて、地元が懐かしいのかハナはそれを食い入るように見ている。パン床なる物で作った野菜の漬け物をつまみながら、方言懐かしいなーなんて言って。地方の言語文化……特に方言なんかを勉強したいと思っている俺は、テレビから聞こえる地元のおっさんの言葉に耳を傾ける。
『昔からずっと出とったけど、勝てんようなってきたわ。もうここ10年はずっとこのっさん。きっついわ』
『はー、やっぱりキツイですか』
「今の「きっつい」のニュアンス、多分ちゃんとわかったの緑風の人だけだね」
「え、今の何か違ったニュアンスがあったんか」
「しんどいとか辛いみたいな意味でも今の文脈は通っちゃうんだけど、今の「きっつい」は10年間勝ち続けてるおじさんが強くて感心するっていうニュアンスの方が強いんだよ」
「はー……奥深いな。標準的な意味合いでも文脈が通っちまうけど本当に言いたかった意味は違うっつーのが」
やっぱり、言葉ひとつとってもその真意みたいな物がどう伝わるかっていうのが変わって来るのが面白い。今の話を聞いて、俺はもっといろんな地方の言葉を聞きたいと思ったし、自分の地元の言葉でも余所の人にはそのニュアンスが伝わりにくい物っていうのがあるのかなと探してみたくもなった。
それっていうのは、単純に大学での専攻というだけじゃなくて、将来的なことにも通じて来る。そういう、言葉に関係する仕事をやりたいなとうっすら思い始めて。それは本当に今思い始めて。さすがに全国のそれを網羅するのは難しいから、せめて山浪の言葉だけでもきちんと噛み砕いて理解出来るように。
「なあハナ」
「なに?」
「そろそろ将来のこととか考えなきゃだよな」
「考えてるに越したことはないと思うけど、まだそこまで焦るような段階でもなくない?」
「そうなんだけどさ。ドラマとかである“どこどこ言葉指導”みたいな職業? 職業ってあんのかな、そういう仕事ってどうやったらなれんのかな。やっぱ自分も役者である必要があんのかな」
「あー、方言指導とかね。でもそういうのってさ、今の時代だけじゃなくてちょっと昔に使われてた方言とかもわかってないといけないじゃん。しょぼんじゃない? ハナたち若いし本当のお年寄りの人たちが使ってる方言とかわかんなかったりもするじゃん」
「だから、俺はそれを勉強したいし残したいっつーか、伝えたい。ただ伝えるだけじゃなくって、演劇の場でそれをやることで、よりリアルな舞台にしたい」
「エージ、演劇の道に進みたいの?」
「全然思ってなかったけど、何も考えてなかったところから無意識で言ってるってことは、やっぱ根っこの部分にはあるんだと思う。演劇と、方言っつーか言葉の文化を絡めた仕事がしたい」
自分がまだどこかで演劇に関わりたいと思っていることがわかったのが今で良かったのかもしれない。これが卒業間近で一般企業への就職が決まった後だったらそれを押し殺したままそういうモンだとムリヤリ納得したまま何となく暮らしてただろうから。それがわかったのが今ならこれからどうにでもなる。
「エージは将来のこと考えててエライし、夢もあって羨ましい。ハナ何にもないから」
「別に、そんなモンはなるようになるべ。何歳から夢を持ったっていいんだっていう」
「そうねー。もうしばらくはパンのおつまみを極める道を突き進むかー」
「お前のパンのおつまみはマジでビールとの相性最高だし、これからも研究して欲しいっていう。なんならこれを突き詰めて、パンバルを開くとかもアリだべ」
「パンバルかー、いいね、夢がある。まあ、しばらくはお客さんがエージだけのおうちパンバルだけど。しょぼーん」
「そういやお前、部屋にあんま人入れない主義か? 高崎先輩じゃあるまいし」
「ハナの部屋、立地が微妙だから人が来ないんだよ。ハナは車あるから不便に思わないんだけどさ」
「ああ、そういう。確かに駅からも遠いしバスも通ってないもんな」
「そうそう。何か買うなり食べに行くにも徒歩だと遠いしね。何なら星港で飲んで帰っても駅からの道のりがま~あ長い! だからおうちでちびちび飲むくらいがいいんだよハナは」
「飲みたくなったらいつでも付き合うべ」
「じゃあまたよろしくね」
end.
++++
エイジはタカちゃんの部屋に入り浸っているだけでなくハナちゃんの部屋にもたまにお邪魔しています。意外に家にはあんまりいないのかも。
3年生にもなってくると将来のことを漠然とでも考え始めるようになるのかしら。エイジは何となく分かって来たみたいですが、ハナちゃんはどうするんだろ。
ハナちゃんはまだ自炊とかいろいろ頑張ってるのかな。自分で漬け物を作るくらいだし好きそうよね。お部屋も綺麗そうだし。
.