2020(05)
■熱量の限界
++++
「おー、サキ! 来てくれてサンキュ!」
「それで、シノの勉強を見るんだっけ?」
「そーなんだよ。何かさー、バイトの都合で危険物取扱者の資格取らなきゃいけないんだよ」
「へえ、頑張るね」
「ガソリンスタンドで働く以上持ってた方がいいらしいし、夜勤やるならマストなんだって。果林先輩も持ってるっつってたし、俺も取れって言われてさー」
自分ひとりで勉強するにはちょっと限界があったんだよな。果林先輩によれば中学の理科が分かってればスムーズに理解出来るようになってくるらしいんだけど、中学の頃なんか学校の勉強なんか将来役に立たなくねって思ってるから、理科とか全然真面目にやってなかったよな。ムズかったし。
ササに助けを求めても良かったけど、ササはド文系だし何気に忙しい奴だ。いや、サキが暇そうってワケでもないんだけど、サキは理系だし理科も強いかなと思って。でも冷静に考えたら家が遠いんだったよな。ここはド文系でも豊葦に住んでるササの方が良かったかなー……。
「中学理科のレベルじゃねーよこんなの~」
「ちょっと見せてくれる?」
「どーぞ……」
「これが中学理科ってワケじゃなくて、中学理科が分かっていれば解法を理解しやすくなるって話なんでしょ?」
「それがわからねーから軽く詰んでんだよ。中学ン時から文系だもんよー。ちょっと気分転換にお茶淹れるわ。サキ、お前も何か飲む?」
「何があるの」
「紅茶とココアとコーヒー」
「あー……じゃあ、ココアがいいな」
「ちょっと待ってて。そーだ、後での話になるけど昼飯はレンチンだけど買って来てるし、腹減ったら言って」
「お構いなく」
お湯を沸かして、飲み物を淹れる。サキはココアで、俺は……紅茶にしよう。昼飯は大学でサクッと買って来た丼物。大学の中にはコンビニもあるし購買もある。食堂もあるから食う分には困らない。今日買って来たのは第2食堂のテイクアウト丼だ。大盛りと普通のカツ丼を1つずつ。
「はい」
「ありがと」
「はー……」
「一応この間にシノが勉強してる資格について調べてみたけど、何が苦手とかってあるの? 法令? 物理化学? 危険物の性質ならびに火災予防及び消火の方法?」
「物理化学……」
「基礎の基礎だね。3つの項目で全部60%取らなきゃなんでしょ。基礎の基礎になる物理化学で躓いてるなら厳しいかもね」
「だからお前に頼んでるんだよ」
基本的な物理学だの化学だのっていう部分の勉強が一番しんどい。法令だとか火災予防とかってのは何となくこうかなーって思うけど、物理と化学は計算しなきゃいけなかったりするし。救いは試験がマークシート式だってところだ。マークシートならワンチャン運でイケる。
「あ~、でもこうなるってわかってたら真面目に勉強しときゃ良かったなー!」
「学校の勉強を?」
「ああ。ガッコーのベンキョーってリアルに何に使うかわかんねーしさ」
「物事を突き詰めるための基礎でありつつ、保険でもありつつって感じじゃない」
「基礎はともかく保険?」
「高校以上の学校に入学するには試験が付きまとって来る以上、苦手を作らずにいい成績でいた方が、その後何をやりたくなってもとりあえず試験を諦めずに済むじゃない。成績や苦手科目で夢や目標を諦めなきゃいけないなんて、しょうもないでしょ」
「まあな。でも、前提になる知識がゼロでも体に叩き込んでモノになるってパターンもあるだろ」
「もちろん。だけど、資格の勉強は机に向かっての勉強も必要だからね」
「……わかってます」
とりあえず、俺は理詰めで考えるより体で覚える派だから、過去問をとにかく数こなすって方法で勉強することにした。過去問を解いて、どこがどう間違っているのか、これはどう考えるのかということをサキに解説してもらって解いた物理化学の過去問は3年分。
「うん、少しずつ正答率が上がって来てるね。そろそろいい時間だしご飯にする? ご飯を食べたら他の勉強もしようか。他の勉強をして、今日の最後にまた物理化学ね。どれだけ身についたかの確認で」
「うーす。そしたらカツ丼レンチンするわー。つかさ、見てくれよサキ」
「何を?」
「いや、うちのレンジなんだけどさ。高崎先輩のお下がりなんだけど、これ、500ワットと700ワットで強弱選べてさ」
「へえ、700なんだ。600じゃないんだね」
「そーなんだよ。700ってコンビニ飯のパッケージとか料理サイトのレシピとか見てもあんまなくてさ、不便極まりねーんだよ。こないだなんてあっためすぎてプラスチックの容器溶かしちまったし」
「500ワットの1分は700ワットの42秒だよ」
「は!? 何でそんなこと知ってんの!?」
「ワット数を秒数で掛けると熱量とかって意味のジュールが出せるんだけど、500W×60秒=30000ジュールでしょ。30000ジュール÷700W=42秒ちょっとって計算が出来るね。他にも――」
「あー、もういい、もういいっす」
「ああそう。基本的な物理化学の範囲だと思うけどね」
「いや、基本的な物理化学と言え電子レンジは多分あんま関係ない」
ただ、これはサキも学校で習った範囲の勉強でわかるようになってるって話だから、学校の勉強が日常生活に全く役に立たないってワケでもないんだなとは。それから、うちの電子レンジで何をどんだけレンチンすればいいのかっていう目安が分かるようになってよかった。
「でも、学食の丼って何分チンすりゃいいとかわかんねーんだよな」
「レンチンの時間は重さとの関係もあるんだよ。細かいことを措いておけば、大体100グラムで1分だね」
「この丼重さどんくらいだろ」
end.
++++
真面目に資格の勉強を頑張っているシノと、その監督をするサキです。何だかんだ付き合ってあげるサキ。やさしい。
700ワットの電子レンジ問題。冷凍食品とか見ても大体500か600の表示なので、700になるととか、何個で何分とかよくわからなくなる。
テストのときもそうだけど、出来ねーわかんねーと言いながらもちゃんと自分で勉強してるんだよねシノって。やればできる子ではある。
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「おー、サキ! 来てくれてサンキュ!」
「それで、シノの勉強を見るんだっけ?」
「そーなんだよ。何かさー、バイトの都合で危険物取扱者の資格取らなきゃいけないんだよ」
「へえ、頑張るね」
「ガソリンスタンドで働く以上持ってた方がいいらしいし、夜勤やるならマストなんだって。果林先輩も持ってるっつってたし、俺も取れって言われてさー」
自分ひとりで勉強するにはちょっと限界があったんだよな。果林先輩によれば中学の理科が分かってればスムーズに理解出来るようになってくるらしいんだけど、中学の頃なんか学校の勉強なんか将来役に立たなくねって思ってるから、理科とか全然真面目にやってなかったよな。ムズかったし。
ササに助けを求めても良かったけど、ササはド文系だし何気に忙しい奴だ。いや、サキが暇そうってワケでもないんだけど、サキは理系だし理科も強いかなと思って。でも冷静に考えたら家が遠いんだったよな。ここはド文系でも豊葦に住んでるササの方が良かったかなー……。
「中学理科のレベルじゃねーよこんなの~」
「ちょっと見せてくれる?」
「どーぞ……」
「これが中学理科ってワケじゃなくて、中学理科が分かっていれば解法を理解しやすくなるって話なんでしょ?」
「それがわからねーから軽く詰んでんだよ。中学ン時から文系だもんよー。ちょっと気分転換にお茶淹れるわ。サキ、お前も何か飲む?」
「何があるの」
「紅茶とココアとコーヒー」
「あー……じゃあ、ココアがいいな」
「ちょっと待ってて。そーだ、後での話になるけど昼飯はレンチンだけど買って来てるし、腹減ったら言って」
「お構いなく」
お湯を沸かして、飲み物を淹れる。サキはココアで、俺は……紅茶にしよう。昼飯は大学でサクッと買って来た丼物。大学の中にはコンビニもあるし購買もある。食堂もあるから食う分には困らない。今日買って来たのは第2食堂のテイクアウト丼だ。大盛りと普通のカツ丼を1つずつ。
「はい」
「ありがと」
「はー……」
「一応この間にシノが勉強してる資格について調べてみたけど、何が苦手とかってあるの? 法令? 物理化学? 危険物の性質ならびに火災予防及び消火の方法?」
「物理化学……」
「基礎の基礎だね。3つの項目で全部60%取らなきゃなんでしょ。基礎の基礎になる物理化学で躓いてるなら厳しいかもね」
「だからお前に頼んでるんだよ」
基本的な物理学だの化学だのっていう部分の勉強が一番しんどい。法令だとか火災予防とかってのは何となくこうかなーって思うけど、物理と化学は計算しなきゃいけなかったりするし。救いは試験がマークシート式だってところだ。マークシートならワンチャン運でイケる。
「あ~、でもこうなるってわかってたら真面目に勉強しときゃ良かったなー!」
「学校の勉強を?」
「ああ。ガッコーのベンキョーってリアルに何に使うかわかんねーしさ」
「物事を突き詰めるための基礎でありつつ、保険でもありつつって感じじゃない」
「基礎はともかく保険?」
「高校以上の学校に入学するには試験が付きまとって来る以上、苦手を作らずにいい成績でいた方が、その後何をやりたくなってもとりあえず試験を諦めずに済むじゃない。成績や苦手科目で夢や目標を諦めなきゃいけないなんて、しょうもないでしょ」
「まあな。でも、前提になる知識がゼロでも体に叩き込んでモノになるってパターンもあるだろ」
「もちろん。だけど、資格の勉強は机に向かっての勉強も必要だからね」
「……わかってます」
とりあえず、俺は理詰めで考えるより体で覚える派だから、過去問をとにかく数こなすって方法で勉強することにした。過去問を解いて、どこがどう間違っているのか、これはどう考えるのかということをサキに解説してもらって解いた物理化学の過去問は3年分。
「うん、少しずつ正答率が上がって来てるね。そろそろいい時間だしご飯にする? ご飯を食べたら他の勉強もしようか。他の勉強をして、今日の最後にまた物理化学ね。どれだけ身についたかの確認で」
「うーす。そしたらカツ丼レンチンするわー。つかさ、見てくれよサキ」
「何を?」
「いや、うちのレンジなんだけどさ。高崎先輩のお下がりなんだけど、これ、500ワットと700ワットで強弱選べてさ」
「へえ、700なんだ。600じゃないんだね」
「そーなんだよ。700ってコンビニ飯のパッケージとか料理サイトのレシピとか見てもあんまなくてさ、不便極まりねーんだよ。こないだなんてあっためすぎてプラスチックの容器溶かしちまったし」
「500ワットの1分は700ワットの42秒だよ」
「は!? 何でそんなこと知ってんの!?」
「ワット数を秒数で掛けると熱量とかって意味のジュールが出せるんだけど、500W×60秒=30000ジュールでしょ。30000ジュール÷700W=42秒ちょっとって計算が出来るね。他にも――」
「あー、もういい、もういいっす」
「ああそう。基本的な物理化学の範囲だと思うけどね」
「いや、基本的な物理化学と言え電子レンジは多分あんま関係ない」
ただ、これはサキも学校で習った範囲の勉強でわかるようになってるって話だから、学校の勉強が日常生活に全く役に立たないってワケでもないんだなとは。それから、うちの電子レンジで何をどんだけレンチンすればいいのかっていう目安が分かるようになってよかった。
「でも、学食の丼って何分チンすりゃいいとかわかんねーんだよな」
「レンチンの時間は重さとの関係もあるんだよ。細かいことを措いておけば、大体100グラムで1分だね」
「この丼重さどんくらいだろ」
end.
++++
真面目に資格の勉強を頑張っているシノと、その監督をするサキです。何だかんだ付き合ってあげるサキ。やさしい。
700ワットの電子レンジ問題。冷凍食品とか見ても大体500か600の表示なので、700になるととか、何個で何分とかよくわからなくなる。
テストのときもそうだけど、出来ねーわかんねーと言いながらもちゃんと自分で勉強してるんだよねシノって。やればできる子ではある。
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