2018
■あらゆるリスクに備えなきゃ
++++
「糸魚川呉服店です」
去年から、イベントの前には糸魚川呉服店ことさとちゃん、糸魚川沙都子がみんなの採寸をするようになっていた。さとちゃんがこの掛け声をかけると、みんなさとちゃんの前に整列して。
さとちゃんは衣食住について勉強している生活科学部……平たく言えば家政科の2年生。衣と食に関心が強くて、春の履修は衣が6、食が4くらいなんだって。同じ生活科学部のユキちゃんは、住に重きを置いてる子。
「さとちゃん、今からこれだけの人数の衣装作るのって大変じゃない? 前に使ったのでも大丈夫だよ?」
「ステージにはそれぞれコンセプトがありますから。Kちゃんの台本に合わせたイメージの服を作りたいんです。それに、大体のパーツはもう作ってありますから」
「そう。それならお願いしようかな」
「1年生の子たちも、衣装作るのに採寸するから並んでてねー」
「はーい」
「サドニナに似合うかわいいのにしてくださいね!」
アタシが心配し過ぎてるのかもしれない。それにしたって、去年の10月なんてまだたった半年。壁は塗り直したけど、苦い記憶がそう簡単に上書きされるものでもないと思うから。気丈に振る舞うさとちゃんが心配で。
去年、ABCはこの部屋で救急車沙汰を起こした。今は4年生の、シーナさんという人がこの部屋に男を連れ込んでホテル代わりにしていて。血や体液、その他で構成された池の上でシーナさんは泡を吹き、白目を剥いて痙攣していた。
それを発見したのがさとちゃんと直クン。手首は赤く、体は白く。噎せかえるような臭い、傍らに転がる玩具、そして使用済みの妊娠検査薬。シーナさんが着ていた大学祭用の衣装は切り刻まれて原型がなくなっていた。
その出来事はさとちゃんにトラウマを植え付け、ABCというサークルには厳重注意が下された。汚れた部屋の清掃費用はサークルが実費で補償。申請をすれば男子も入れた青女が完全に男子禁制になったのはこの件があったから。
それを抜きにしてもシーナさんはアタシたち3年生に対する嫌がらせも酷かった。程度が比較的軽かったアタシとヒビキはここに残ってるけど、ヒメちゃんとアヤネちゃんはここに顔を出さないことで身を守っている。
2人がいつ戻ってきてもいいように、そして2年生以下の子たちに手を出させないよう守るのがアタシとヒビキが掲げた今期の裏テーマ。あの人が来ないなら来ないに越したことはないんだけど。
「はい。紗希先輩はさすが、毎回変わりませんね」
「うふふ、ありがとう」
「それじゃあ次の人ー」
「ウエスト…! ウエスト保守…!」
「ヒビキ先輩、おなか引っ込めないでくださいねー」
「あっバレた」
「バレバレですよー。あっ、バストちょっと上がってますよ」
「えっホント!?」
「でもウエストもちょっと増えてますー」
「胸だけおっきくならないかなー。さとちゃん何かバストアップの秘訣ない!? さとちゃんばっかりずるいー!」
「あたしは何もしてませんー!」
もう半年経ったと考えるべきか、まだ半年と考えるべきか。でも、災厄は忘れた頃にやってくると言うから、日頃から気を付けてなきゃいけない。この日常を、何としても守り抜かなきゃいけないから。でも、そんなことを考えるのはアタシたちだけでいい。2年生以下の子たちには、目の前にあるものを全力で楽しんでほしい。
「直クン、直クンも採寸しよう」
「ボクは今年も着ぐるみだから大丈夫だよ」
「そうやってまた衣装作らせてくれないんだから。直クンはいっつもそう」
「でも沙都子、着ぐるみは子供たちも好きだし必要だと思うんだよ」
「ンもう。衣装作らせてくれないなら着ぐるみにファブリーズ吹きかけまくっちゃうんだからね!」
「あ、ありがとう……」
いよいよ植物園ステージまであとひと月。まだまだ準備しなきゃいけないことは山のようにあるけれど、やれることはやってしっかりと臨みたい。事故・怪我・病気、それから事件のないようにね。
「えー! 1年生の衣装地味ー! サドニナにはもっとキラキラしたヤツじゃないとー!」
「サドニナ、静かにしなさい!」
「紗希せんぱーい、Kちゃん先輩がいじめるー!」
「サドニナ、キラキラした衣装は自分が主役のステージで着るものでしょ? ステージを回す側は表に出ていても実質裏方なんだよ」
「今回はこの位にしておきますよ」
end.
++++
さとちゃんの定期イベント、糸魚川呉服店です。それと同時に紗希ちゃんら3年生の掲げる裏テーマもチラリ。
“去年”の初心者講習会は青女で開かれていたのですが、それが出来なくなった理由でもあります。ウチじゃ出来ないよ、と近々啓子さんに言ってもらう予定。
直クンが着る着ぐるみを一生懸命ファブるさとちゃんはきっとかわいらしいんだろうなあ。
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「糸魚川呉服店です」
去年から、イベントの前には糸魚川呉服店ことさとちゃん、糸魚川沙都子がみんなの採寸をするようになっていた。さとちゃんがこの掛け声をかけると、みんなさとちゃんの前に整列して。
さとちゃんは衣食住について勉強している生活科学部……平たく言えば家政科の2年生。衣と食に関心が強くて、春の履修は衣が6、食が4くらいなんだって。同じ生活科学部のユキちゃんは、住に重きを置いてる子。
「さとちゃん、今からこれだけの人数の衣装作るのって大変じゃない? 前に使ったのでも大丈夫だよ?」
「ステージにはそれぞれコンセプトがありますから。Kちゃんの台本に合わせたイメージの服を作りたいんです。それに、大体のパーツはもう作ってありますから」
「そう。それならお願いしようかな」
「1年生の子たちも、衣装作るのに採寸するから並んでてねー」
「はーい」
「サドニナに似合うかわいいのにしてくださいね!」
アタシが心配し過ぎてるのかもしれない。それにしたって、去年の10月なんてまだたった半年。壁は塗り直したけど、苦い記憶がそう簡単に上書きされるものでもないと思うから。気丈に振る舞うさとちゃんが心配で。
去年、ABCはこの部屋で救急車沙汰を起こした。今は4年生の、シーナさんという人がこの部屋に男を連れ込んでホテル代わりにしていて。血や体液、その他で構成された池の上でシーナさんは泡を吹き、白目を剥いて痙攣していた。
それを発見したのがさとちゃんと直クン。手首は赤く、体は白く。噎せかえるような臭い、傍らに転がる玩具、そして使用済みの妊娠検査薬。シーナさんが着ていた大学祭用の衣装は切り刻まれて原型がなくなっていた。
その出来事はさとちゃんにトラウマを植え付け、ABCというサークルには厳重注意が下された。汚れた部屋の清掃費用はサークルが実費で補償。申請をすれば男子も入れた青女が完全に男子禁制になったのはこの件があったから。
それを抜きにしてもシーナさんはアタシたち3年生に対する嫌がらせも酷かった。程度が比較的軽かったアタシとヒビキはここに残ってるけど、ヒメちゃんとアヤネちゃんはここに顔を出さないことで身を守っている。
2人がいつ戻ってきてもいいように、そして2年生以下の子たちに手を出させないよう守るのがアタシとヒビキが掲げた今期の裏テーマ。あの人が来ないなら来ないに越したことはないんだけど。
「はい。紗希先輩はさすが、毎回変わりませんね」
「うふふ、ありがとう」
「それじゃあ次の人ー」
「ウエスト…! ウエスト保守…!」
「ヒビキ先輩、おなか引っ込めないでくださいねー」
「あっバレた」
「バレバレですよー。あっ、バストちょっと上がってますよ」
「えっホント!?」
「でもウエストもちょっと増えてますー」
「胸だけおっきくならないかなー。さとちゃん何かバストアップの秘訣ない!? さとちゃんばっかりずるいー!」
「あたしは何もしてませんー!」
もう半年経ったと考えるべきか、まだ半年と考えるべきか。でも、災厄は忘れた頃にやってくると言うから、日頃から気を付けてなきゃいけない。この日常を、何としても守り抜かなきゃいけないから。でも、そんなことを考えるのはアタシたちだけでいい。2年生以下の子たちには、目の前にあるものを全力で楽しんでほしい。
「直クン、直クンも採寸しよう」
「ボクは今年も着ぐるみだから大丈夫だよ」
「そうやってまた衣装作らせてくれないんだから。直クンはいっつもそう」
「でも沙都子、着ぐるみは子供たちも好きだし必要だと思うんだよ」
「ンもう。衣装作らせてくれないなら着ぐるみにファブリーズ吹きかけまくっちゃうんだからね!」
「あ、ありがとう……」
いよいよ植物園ステージまであとひと月。まだまだ準備しなきゃいけないことは山のようにあるけれど、やれることはやってしっかりと臨みたい。事故・怪我・病気、それから事件のないようにね。
「えー! 1年生の衣装地味ー! サドニナにはもっとキラキラしたヤツじゃないとー!」
「サドニナ、静かにしなさい!」
「紗希せんぱーい、Kちゃん先輩がいじめるー!」
「サドニナ、キラキラした衣装は自分が主役のステージで着るものでしょ? ステージを回す側は表に出ていても実質裏方なんだよ」
「今回はこの位にしておきますよ」
end.
++++
さとちゃんの定期イベント、糸魚川呉服店です。それと同時に紗希ちゃんら3年生の掲げる裏テーマもチラリ。
“去年”の初心者講習会は青女で開かれていたのですが、それが出来なくなった理由でもあります。ウチじゃ出来ないよ、と近々啓子さんに言ってもらう予定。
直クンが着る着ぐるみを一生懸命ファブるさとちゃんはきっとかわいらしいんだろうなあ。
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