2020(04)
■Only One Song
++++
「あの、菜月先輩」
「何だ」
「もしかして~……ですけど、ネット上で歌を、歌っていらっしゃいますか?」
緑風単独遠征2日目の夜。個室居酒屋の小さな部屋の中で、程よく酒が進んで来た頃合いで思い出したことがあった。前々から何とな~く思っていたことだけど、一応オンとオフのあれやこれやがあるから聞けずにいたことを、今なら聞けるのではないかと思った。USDXの動画で歌っているゲストボーカルの女性の話だ。
「お前にしてはつついて来るのが遅かったなっていう印象だな」
「オンライン上でのことをオフであれこれ言うのはよろしくないと思い、今の今まで」
「まあ……夏にカラオケに巻き込まれて以降レコーディングやら何やらに引き摺り込まれてしまってだな。後はお前が思ってる通りだ。本当に不本意だ」
「ですが、楽曲は本当に素晴らしいですし、菜月先輩の歌もお変わりなく素敵でいらっしゃいます。曲によって歌い分ける技術も健在でした」
「そう、曲は本当にいいから悔しいと言うか何と言うか」
USDX feat.Nayuとして上がるようになった楽曲は本当に素敵だったんだけども。まあ……マイク越しの菜月先輩の声をこの世で一番聞いているという自負のある俺が、いくらMIXの手が入っているとは言えその声を聞き間違えるはずもなかったんだよなあ。
そしてUSDX関係の世間は本当に狭い。大学祭にメンバーの3人がお忍びで遊びに来ていたというのもあるけど、俺の中では会ったことがない判定になっているレイにも実は会ったことがあるんだそうだ。菜月先輩が元々知っていて、例のカラオケの誘いを受ける理由になったのもレイだと。
「USDXの音楽拠点がうちの向かいにあるあの大きな家だから、ちょっと買い物に行った帰りとかに捕まるとかもザラでだな」
「ああ、あの豪邸ですね。えっ、音楽拠点?」
「家主が職業音楽家だから家にスタジオがあるんだ。いろいろな都合で連中もスタジオを使えるとかで」
「ナンダッテー……世間の狭さたるや」
「レコーディングを抜きにしてもゲームをやるのに巻き込まれたりだな。まあ、うちはもうマンションを引き払ったし、レコーディングする物はした。曲が上がるのも3月までだしその後はうちが歌った曲を集めたアルバムが出るとか出ないとか」
「ナ、ナンダッテー!? そんなの買うしかないじゃないか!」
「今まで公開された曲の他にも何曲か追加で収録されてるらしいしアルバム購入者限定サイトという物があるとかないとか」
菜月先輩はそのアルバムをもう受け取っているらしいけど、言って菜月先輩なのでそれを開封することはせずインテリアとして飾る程度にしかならないだろう。自分の声を聞くことを極端に嫌うお方が、いくら曲が良かろうとそのCDを聞くかと言えば。
「まあ、勝手に巻き込まれて大変だったと言えば大変だったけど、悪いことばかりでもなかったし」
「でしたら良かったです。どんないいことがあったのでしょうか」
「ソルさんの持論なんだけど、100の出会いに対して縁なんて物は1つ残れば十分だって。彼はそんな風に言ってたんだ。それを聞いてからは少し気が楽になった。環境が変わる度にそれまでの縁をぶった切って来たけど、1つはあったなと思って」
「俺のことも、次に残る縁のひとつにしていただければ光栄なのですが」
「それは、お前が切らない限りは有り続けるぞ。……多分」
「多分というのが気になりますが、俺が菜月先輩とのご縁を自ら切るなどということはまずあり得ないので、これからもどうぞよろしくお願い申し上げます」
100の出会いに対してひとつ残れば十分だという縁。だけども、そのひとつの強度がどれほどの物かというのもある種の賭けだと思うんだ。俺も出会いの数の割にきちんと残している、残したいと思える縁はそれほど多くはない。残った物をどう大切にしていくかをこれからは考えなければならないだろう。
「その点で言えば、ナユ名義で公開される最後の曲なんかは今までの曲と比べてそういう縁みたいな物を意識した曲なんだろうなあとは」
「そういう歌詞なんですか?」
「レイのオフでの相棒……あーもうめんどくさいから言うけど朝霞な。アイツから見たちょっと前までの山口の様子が、うちにもどこか通じるところがあるとかないとかで筆が乗りに乗ったとか何とか」
「えっ、レイの中の人は朝霞先輩でいらしたんですか!?」
「そうだぞ」
「でもそう聞くと物書きの才能じゃないですけど、そういった点で言えば腑に落ちました。俺も朝霞先輩の何を知っているというワケではないのですが、噂に聞く感じであればそれも納得であるとは。えっ、つか朝霞先輩ガチでヤバっ。天才かよ」
「物書きの能力で言えばうちの知る中では随一だな。あと、お前はソルさんにも会ったことがあるぞ」
「ナ、ナンダッテー!? 全く心当たりがないのですが!? って言うか京川さんもソルさんの情報だけは濁して全く教えてくれないというのに、会ったことがあるだと!? 推しがこの世に実在するのか!?」
「今日イチのナンダッテーが出たな。そうそう、これこれ。何かフード追加しよう。何食べようかな」
菜月先輩はメニュー表を見ながらどれが美味しそうかなと楽しそうにしていらっしゃるのだけど、俺はと言えばネット上でもあまりに狭い世間というものに「えー……」という以外の声が出ない。まあ、俺もまだまだ飲み食いし足りないのでメニュー表を一緒に見させていただこう。
「だし巻き卵とお酒を追加しよう」
「俺は唐揚げと、枝豆とビールを追加しましょう」
end.
++++
ノサカの緑風単独遠征2日目夜です。ちょっと聞きたかったことをようやくつっついてみた結果、結構あっさり答えが返ってきました。
菜月さんとソルさんもとい塩見さんとの間でどういう話をしていたのかはまだわからないけどそれはそのうち? あるといいなあ
実はUSDXメンバー全員に会ったことがあったノサカである。塩見さんとはフェーズ1の本当に最後の最後のホワイトデー辺りにチラリと。
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「あの、菜月先輩」
「何だ」
「もしかして~……ですけど、ネット上で歌を、歌っていらっしゃいますか?」
緑風単独遠征2日目の夜。個室居酒屋の小さな部屋の中で、程よく酒が進んで来た頃合いで思い出したことがあった。前々から何とな~く思っていたことだけど、一応オンとオフのあれやこれやがあるから聞けずにいたことを、今なら聞けるのではないかと思った。USDXの動画で歌っているゲストボーカルの女性の話だ。
「お前にしてはつついて来るのが遅かったなっていう印象だな」
「オンライン上でのことをオフであれこれ言うのはよろしくないと思い、今の今まで」
「まあ……夏にカラオケに巻き込まれて以降レコーディングやら何やらに引き摺り込まれてしまってだな。後はお前が思ってる通りだ。本当に不本意だ」
「ですが、楽曲は本当に素晴らしいですし、菜月先輩の歌もお変わりなく素敵でいらっしゃいます。曲によって歌い分ける技術も健在でした」
「そう、曲は本当にいいから悔しいと言うか何と言うか」
USDX feat.Nayuとして上がるようになった楽曲は本当に素敵だったんだけども。まあ……マイク越しの菜月先輩の声をこの世で一番聞いているという自負のある俺が、いくらMIXの手が入っているとは言えその声を聞き間違えるはずもなかったんだよなあ。
そしてUSDX関係の世間は本当に狭い。大学祭にメンバーの3人がお忍びで遊びに来ていたというのもあるけど、俺の中では会ったことがない判定になっているレイにも実は会ったことがあるんだそうだ。菜月先輩が元々知っていて、例のカラオケの誘いを受ける理由になったのもレイだと。
「USDXの音楽拠点がうちの向かいにあるあの大きな家だから、ちょっと買い物に行った帰りとかに捕まるとかもザラでだな」
「ああ、あの豪邸ですね。えっ、音楽拠点?」
「家主が職業音楽家だから家にスタジオがあるんだ。いろいろな都合で連中もスタジオを使えるとかで」
「ナンダッテー……世間の狭さたるや」
「レコーディングを抜きにしてもゲームをやるのに巻き込まれたりだな。まあ、うちはもうマンションを引き払ったし、レコーディングする物はした。曲が上がるのも3月までだしその後はうちが歌った曲を集めたアルバムが出るとか出ないとか」
「ナ、ナンダッテー!? そんなの買うしかないじゃないか!」
「今まで公開された曲の他にも何曲か追加で収録されてるらしいしアルバム購入者限定サイトという物があるとかないとか」
菜月先輩はそのアルバムをもう受け取っているらしいけど、言って菜月先輩なのでそれを開封することはせずインテリアとして飾る程度にしかならないだろう。自分の声を聞くことを極端に嫌うお方が、いくら曲が良かろうとそのCDを聞くかと言えば。
「まあ、勝手に巻き込まれて大変だったと言えば大変だったけど、悪いことばかりでもなかったし」
「でしたら良かったです。どんないいことがあったのでしょうか」
「ソルさんの持論なんだけど、100の出会いに対して縁なんて物は1つ残れば十分だって。彼はそんな風に言ってたんだ。それを聞いてからは少し気が楽になった。環境が変わる度にそれまでの縁をぶった切って来たけど、1つはあったなと思って」
「俺のことも、次に残る縁のひとつにしていただければ光栄なのですが」
「それは、お前が切らない限りは有り続けるぞ。……多分」
「多分というのが気になりますが、俺が菜月先輩とのご縁を自ら切るなどということはまずあり得ないので、これからもどうぞよろしくお願い申し上げます」
100の出会いに対してひとつ残れば十分だという縁。だけども、そのひとつの強度がどれほどの物かというのもある種の賭けだと思うんだ。俺も出会いの数の割にきちんと残している、残したいと思える縁はそれほど多くはない。残った物をどう大切にしていくかをこれからは考えなければならないだろう。
「その点で言えば、ナユ名義で公開される最後の曲なんかは今までの曲と比べてそういう縁みたいな物を意識した曲なんだろうなあとは」
「そういう歌詞なんですか?」
「レイのオフでの相棒……あーもうめんどくさいから言うけど朝霞な。アイツから見たちょっと前までの山口の様子が、うちにもどこか通じるところがあるとかないとかで筆が乗りに乗ったとか何とか」
「えっ、レイの中の人は朝霞先輩でいらしたんですか!?」
「そうだぞ」
「でもそう聞くと物書きの才能じゃないですけど、そういった点で言えば腑に落ちました。俺も朝霞先輩の何を知っているというワケではないのですが、噂に聞く感じであればそれも納得であるとは。えっ、つか朝霞先輩ガチでヤバっ。天才かよ」
「物書きの能力で言えばうちの知る中では随一だな。あと、お前はソルさんにも会ったことがあるぞ」
「ナ、ナンダッテー!? 全く心当たりがないのですが!? って言うか京川さんもソルさんの情報だけは濁して全く教えてくれないというのに、会ったことがあるだと!? 推しがこの世に実在するのか!?」
「今日イチのナンダッテーが出たな。そうそう、これこれ。何かフード追加しよう。何食べようかな」
菜月先輩はメニュー表を見ながらどれが美味しそうかなと楽しそうにしていらっしゃるのだけど、俺はと言えばネット上でもあまりに狭い世間というものに「えー……」という以外の声が出ない。まあ、俺もまだまだ飲み食いし足りないのでメニュー表を一緒に見させていただこう。
「だし巻き卵とお酒を追加しよう」
「俺は唐揚げと、枝豆とビールを追加しましょう」
end.
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ノサカの緑風単独遠征2日目夜です。ちょっと聞きたかったことをようやくつっついてみた結果、結構あっさり答えが返ってきました。
菜月さんとソルさんもとい塩見さんとの間でどういう話をしていたのかはまだわからないけどそれはそのうち? あるといいなあ
実はUSDXメンバー全員に会ったことがあったノサカである。塩見さんとはフェーズ1の本当に最後の最後のホワイトデー辺りにチラリと。
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