2020(04)

■拳に訴えることも辞さない

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「俺の後輩の友達に彼女が出来たらしいんだけどさ、その彼女の兄貴っつーのが地元じゃ負け知らずのヤンチャしてた奴で? そのヤンチャしてた兄貴ですらあの人には勝てないっていう伝説のヤンキーみたいな人が何年か前の星港にはいたって話を聞いて、あ~やっぱそういうところの知見が俺には足りないなと思ったんだよな。それで――」

 The Clowdberry Funclubの集大成的活動として、USDXなるゲーム実況グループとコラボすることになってしばし。それぞれのバンドから曲が提出されて、それを練習して、それじゃあ実際に合わせてレコーディングするのはいつにするという段階まで話が進んでいた、のだが。
 朝霞がどこかで聞いてきたらしい“何年か前にいた星港の伝説のヤンキー”という話に心当たりしかないワケで。つーか知らないってガチで怖いなとも思うワケで。その伝説のヤンキーはお前の目の前にいるんだが、と言いたいのをグッとこらえて俺は淡々とペダルを踏む。俺は何も知らない。

「薫君て地元どこでしたっけ」
「俺は山羽。まあ、山羽にもいるにはいたんだろうけど俺は地味を極めた文化系だし、なかなかリアルにヤンキーってのは見たことがなくて。もし元ヤンキーとかの人がいたら卒論を書くのにインタビューしたかったかもしれないな。どういうきっかけがあってそれになるのかとか、ヤンキー社会のあれこれっていうもの? それらを取り扱った作品は見たことがあるけど、あれはリアルなのかとかさ」
「へー。この中で一番ヤンキーに近いっつったらやっぱ悠哉君じゃないすか? 悠哉君もそれはもう、何年か前の星港じゃブイブイ言わしてたっすよ。喧嘩してもそれこそほとんど負け知らずで――」
「今時ブイブイなんて表現するかよ」
「ひっ…! 悠哉君の声のトーンがガチっす!」
「いいか壮馬、確かに俺は荒れてた時期こそあるが、断じてヤンキーではない」
「そう言われると、グレるのとヤンキーってどう違うんだろうね。高崎、どう違うの?」
「あ? えーと……ヤンキーの定義か」
「ほら、高崎ってこのテの話題になると俺はヤンキーだったことはないーって否定するけど、荒れてたのは事実としてあるじゃん」

 そう言われると、確かにそうだ。ヤンキーの定義という物が俺の中できちんと定まっていないから、一体今まで何を否定していたんだと。ただ、頭の中にイメージとしてあるクラシックタイプのヤンキーとは違ったし、別に俺は誰と群れていたわけでもない。強いて言えば拓馬さんと少し話したくらいで。

「ヤンキーっつーのは得てして社会よりも仲間内での一時の楽しみを大事にする傾向にあんだよな。それだけなら別にヤンキーに限った話でもねえが、連中はそれを守るのに暴力も厭わないっつー感じだ。それから、自己顕示欲が強い」
「拓馬さん」
「それに対して当時のユーヤは群れることを避けて、近付く物をとにかく遠ざけてたな。強かったのは自己顕示欲じゃなくて承認欲求だ。俺から見てもユーヤはヤンキーではなかったと思う」
「凄く具体的な定義づけで、参考になりました。さすが塩見さん、年長者だけあっていろいろ見て来てるんですね」

 朝霞はどこまで素っ頓狂なリアクションをしてやがるんだと思うが、俺がどうこうっていうのにあんまり突っ込まれないのはいいとしよう。でも、拓馬さんの言うヤンキーの定義には俺もちょっと納得した。仲間内での一時の楽しみ。当時の俺には誰かといることが一番苦痛だった。

「そーいや悠哉君て荒れてたには荒れてましたけど、バンドは普通にやってたっすし、いつの間にか悠哉君比で穏やかになってたっすけど、どーゆーアレだったんすか?」
「一旦は時間が解決したんだよ。高崎は自分がどういう問題を抱えてて、それをどうやったら呑み込めるかっていうのをわかって対処出来る奴だからさ。何をどうこうしなくても、時間さえあればいいんだよ」
「へー。さすが拳悟君。理解してますねー」
「確かにユーヤは昔から自分のことは自分で何とか出来る奴だが、拳悟の存在もデカかったはずだ。自分がどんな状況だろうと味方でいてくれる奴がいるっつーのは、なかなかない贅沢なことだからな」

 それこそ当時の拓馬さんには、群れて来るヤンキー連中こそいたけど身内だとか内輪だとか、下手すりゃ仲間すらほとんどいなかったはずだ。京川さんとかいう変な院生とは同居してたらしいけど。
 そもそも、さっきの定義で言うと拓馬さんは本当にヤンキーだったのかという疑問がふつふつと湧いてくる。ただ、自分の存在と言うか、立場や身分という物を表現するのに適した言葉がヤンキーだったのかもしれない。

「俺は高校に上がって俺しか知らねえ奴が周りに増えた結果落ち着いたっつーのがデカい。……まあ、お前がいたのもそれなりにはな」
「悠哉君と拳悟君の友情! いい話じゃないっすか~!」
「なるほど。自分の問題を理解してその呑み込み方を分かってるっていう点で言えば、自分の弱さや何かを自分で乗り越えて、それを認めることが出来てこそだろ。他人の視線を欲しただけじゃなくて。自分を認めるってのはなかなか出来ないし、高崎はなかなか高度なことをやってんなとは」
「そんな難しいこと考えてやってねえよ」
「いや、卒論を書き上げる前にぜひ高崎の半生の話を聞きたかった!」
「聞かれたところで絶対話さねえからな」
「じゃあ塩見さんと拳悟に聞いて外堀から埋めよう」
「朝霞、今ここで拳に訴えてもいいんだぞ」
「残念だったな高崎、俺もいいものを書くためには拳に訴えることも辞さない人間だ。その脅しには屈しねーぞ」
「おっ、クロスカウンターか?」


end.


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TCFとUSDXのコラボ話である必要性は全くなかった。とりあえず高崎と朝霞Pの殴り合いはPさんが全盛期なら案外いい勝負をするかもしれない。
ヤンキーの定義と高崎のちょっとだけあの頃話。この流れで何故伝説のヤンキーが塩見さんだとわからないんだコイツは、と首を傾げる高崎。
この裏側では真面目に音楽の話してるチータとかがいるんだろいるんだろ? すげーノリでやってんでしょ?

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