2020(04)
■卒業研究の分岐点
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ゼミ合宿が終わって、昼夜もないと言われるスタジオにも静寂が戻ってきたように思う。次は春の学部オリエンテーションに向けて動くことになるんだろうけど、それはもう少し先の話。今俺がこうしてスタジオにいるのは、小田先輩の卒業制作の見学のため。
ゼミの備品として使っていたカメラは無事インターフェイスで引き取ることになった。その条件のひとつに俺がゼミで新しく導入するカメラの使い方を覚えるというものがある。だから、それを預けられる小田先輩の助手として、今日はお手伝いと勉強だ。
「でも、スタジオからスタートなんですね」
「闇雲に撮影しても仕方ないからね。確かにカメラの使い方は覚えなきゃいけないんだけど、一応卒論の映像化だからそれなりに内容を考えなきゃいけないんだよ」
「それもそうですね」
「粗方こういうテーマで行きたいって考えたら、内容の筋道を何となく決める。それに対して調べ物をしたら、どういう映像で見せたいかを考えて、どんな素材が要るのかコンテを描いて撮りに行くって感じになるのかな」
「凄い道のりですね」
「そうなんだよ。撮ったら撮ったで編集があるしね。みんながやる卒論と比較すれば文字数換算で半分ちょっとくらいなのかな。でもやることをちゃんと決めてないと素材も撮りにいけないし。地味に大変だなと。やり始めてから気付いたよね」
「撮影に至るまでの作業を3年生までに何となくやっておく必要があるんですね」
「そうだね」
ゼミに入ってからは夏と春の休みごとに個人研究のレポート課題が出される。テーマは自由で、ゼミの方向性に沿っていればどんなことを研究してもいいみたいなんだ。毎回テーマを変えるよりは、研究を継続して卒業論文の下地にするのがいいそうだ。
小田先輩が4年生になる前から撮影の準備に動き出せるということは2年生と3年生のレポート課題である程度下地を作っていたからだろうし、これは卒業制作だけでなく通常の卒論でも言えることだけど、ちゃんとやっとかないと後がキツいということだろう。
「ああ、せっかく高木君が来てくれてるし、後でカメラもちゃんと触るよ。でもバッテリーに充電してなかったっぽいし、申し訳ないけどもうちょっと待っててね」
「いえいえ。俺にはお構いなく」
「そう言えば高木君て今どんな研究してるの?」
「それなんですけど……イマイチこう、しっくり来てないんですよね」
「まあ、まだ2年生だしテーマを変えても全然大丈夫だと思うよ。しっくりくるテーマが見つかればいいね」
「そうですね」
個人研究のレポートは、3年生になると卒論の途中経過発表という形でパワーポイントを作って発表することになるらしいんだけど、毎回テーマが違う人もまあいたそうなので、2年後期でテーマを悩むくらいはむしろ普通だそうだ。よかった。
「個人的にはブログや動画を使った発信についてとか、その記事を買うことについての動きが気になり始めてるので、それとツーリズム的なところを絡めたいんですけどね」
「旅行に興味があるの?」
「地元が紅社なんですけど、たまに青春18きっぷを使って鈍行で帰ることがあるんですよ」
「えっ、なかなか遠くない? 時間もかかるし。新幹線でも結構かかるよね?」
「まあ、寄り道ついでですね。遠方の情報が、テレビや雑誌だけじゃなくてSNSや動画なんかでも得たり発したりも出来て、それが人の流れにどういう影響を与えるのかな、的なヤツですね」
「佐藤ゼミの路線的には悪くないと思うけど、それをやるのが高木君っていう辺りで先生の反応が怖いヤツだね」
「無難すぎますかね?」
「俺が言うのも難だけどさ、こういう卒業制作っていう路線を作っちゃったじゃない。高木君も卒業制作にしなさいって言われる可能性がちょっと高まってそうだなとは」
「あ、既に言われてますね」
「やっぱり」
小田先輩に預けられる高級なカメラの件でそれにはもう触れられてたんだよね。君も卒業制作にしたらどう、とは。でも、小田先輩の今の話を聞いて自分が卒制に舵を切るにはいろいろ準備と覚悟が足りなさすぎるので、普通に卒業論文で行きたいなとは。
「正直俺に求められてるのはミキサーなり機材に関する技術じゃないですか。卒論のテーマや内容に賢さは求められてないので、卒制までは行かなくても、論文の材料集めをしながら使えそうな音声データも採取して、QRコードを添付するとか何かで聞く卒論にするのも手かなとは」
「聞く卒論の形は発表に使うパワーポイントでやってもいいかもね」
「あれっ? そうなったらもしかしなくても俺も早々にやることを結構まとめなきゃいけない感じですかね?」
「いけない感じですね。高木君て遅筆だったよね。まあ、頑張って」
「えーと……小田先輩は技術的な相談には乗って~……」
「映像ならともかく、音声で高木君に教えることはないよね」
「そんな殺生な」
まだカメラに触ることは出来てないけど、今日スタジオに来て小田先輩の話を聞けたのは今後の方向性を考える上で非常にためになったし、日頃からアンテナを張って卒論の材料集めはしてなきゃいけないとわかったのが大収穫だ。うん、でもやっぱり俺は卒論で行きたいな。
「とりあえず、あと1時間くらい机の上でやったらカメラの練習に行くし。それまで好きにしててもらっていいからね」
「いえ、作業の見学をさせてください」
「そんなに面白いことはないと思うけどなあ」
end.
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カメラの練習かと思いきや、卒論に向けた話に結構ガッツリ行っちゃって、でもそろそろ考えなきゃいけなかったTKGには有り難かった様子。
佐藤ゼミ上級生組の機材班・小田ちゃん。彼もなかなかにヒゲさんからプレッシャーをかけられています。ただ、内容的な圧はさほどでもない様子。
学年が進むにつれ課題レポートのノルマとなる文字数もどんどん増えていくけど、レポートをそのまま卒論にも出来るから悪くない課題ではあるのよね
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ゼミ合宿が終わって、昼夜もないと言われるスタジオにも静寂が戻ってきたように思う。次は春の学部オリエンテーションに向けて動くことになるんだろうけど、それはもう少し先の話。今俺がこうしてスタジオにいるのは、小田先輩の卒業制作の見学のため。
ゼミの備品として使っていたカメラは無事インターフェイスで引き取ることになった。その条件のひとつに俺がゼミで新しく導入するカメラの使い方を覚えるというものがある。だから、それを預けられる小田先輩の助手として、今日はお手伝いと勉強だ。
「でも、スタジオからスタートなんですね」
「闇雲に撮影しても仕方ないからね。確かにカメラの使い方は覚えなきゃいけないんだけど、一応卒論の映像化だからそれなりに内容を考えなきゃいけないんだよ」
「それもそうですね」
「粗方こういうテーマで行きたいって考えたら、内容の筋道を何となく決める。それに対して調べ物をしたら、どういう映像で見せたいかを考えて、どんな素材が要るのかコンテを描いて撮りに行くって感じになるのかな」
「凄い道のりですね」
「そうなんだよ。撮ったら撮ったで編集があるしね。みんながやる卒論と比較すれば文字数換算で半分ちょっとくらいなのかな。でもやることをちゃんと決めてないと素材も撮りにいけないし。地味に大変だなと。やり始めてから気付いたよね」
「撮影に至るまでの作業を3年生までに何となくやっておく必要があるんですね」
「そうだね」
ゼミに入ってからは夏と春の休みごとに個人研究のレポート課題が出される。テーマは自由で、ゼミの方向性に沿っていればどんなことを研究してもいいみたいなんだ。毎回テーマを変えるよりは、研究を継続して卒業論文の下地にするのがいいそうだ。
小田先輩が4年生になる前から撮影の準備に動き出せるということは2年生と3年生のレポート課題である程度下地を作っていたからだろうし、これは卒業制作だけでなく通常の卒論でも言えることだけど、ちゃんとやっとかないと後がキツいということだろう。
「ああ、せっかく高木君が来てくれてるし、後でカメラもちゃんと触るよ。でもバッテリーに充電してなかったっぽいし、申し訳ないけどもうちょっと待っててね」
「いえいえ。俺にはお構いなく」
「そう言えば高木君て今どんな研究してるの?」
「それなんですけど……イマイチこう、しっくり来てないんですよね」
「まあ、まだ2年生だしテーマを変えても全然大丈夫だと思うよ。しっくりくるテーマが見つかればいいね」
「そうですね」
個人研究のレポートは、3年生になると卒論の途中経過発表という形でパワーポイントを作って発表することになるらしいんだけど、毎回テーマが違う人もまあいたそうなので、2年後期でテーマを悩むくらいはむしろ普通だそうだ。よかった。
「個人的にはブログや動画を使った発信についてとか、その記事を買うことについての動きが気になり始めてるので、それとツーリズム的なところを絡めたいんですけどね」
「旅行に興味があるの?」
「地元が紅社なんですけど、たまに青春18きっぷを使って鈍行で帰ることがあるんですよ」
「えっ、なかなか遠くない? 時間もかかるし。新幹線でも結構かかるよね?」
「まあ、寄り道ついでですね。遠方の情報が、テレビや雑誌だけじゃなくてSNSや動画なんかでも得たり発したりも出来て、それが人の流れにどういう影響を与えるのかな、的なヤツですね」
「佐藤ゼミの路線的には悪くないと思うけど、それをやるのが高木君っていう辺りで先生の反応が怖いヤツだね」
「無難すぎますかね?」
「俺が言うのも難だけどさ、こういう卒業制作っていう路線を作っちゃったじゃない。高木君も卒業制作にしなさいって言われる可能性がちょっと高まってそうだなとは」
「あ、既に言われてますね」
「やっぱり」
小田先輩に預けられる高級なカメラの件でそれにはもう触れられてたんだよね。君も卒業制作にしたらどう、とは。でも、小田先輩の今の話を聞いて自分が卒制に舵を切るにはいろいろ準備と覚悟が足りなさすぎるので、普通に卒業論文で行きたいなとは。
「正直俺に求められてるのはミキサーなり機材に関する技術じゃないですか。卒論のテーマや内容に賢さは求められてないので、卒制までは行かなくても、論文の材料集めをしながら使えそうな音声データも採取して、QRコードを添付するとか何かで聞く卒論にするのも手かなとは」
「聞く卒論の形は発表に使うパワーポイントでやってもいいかもね」
「あれっ? そうなったらもしかしなくても俺も早々にやることを結構まとめなきゃいけない感じですかね?」
「いけない感じですね。高木君て遅筆だったよね。まあ、頑張って」
「えーと……小田先輩は技術的な相談には乗って~……」
「映像ならともかく、音声で高木君に教えることはないよね」
「そんな殺生な」
まだカメラに触ることは出来てないけど、今日スタジオに来て小田先輩の話を聞けたのは今後の方向性を考える上で非常にためになったし、日頃からアンテナを張って卒論の材料集めはしてなきゃいけないとわかったのが大収穫だ。うん、でもやっぱり俺は卒論で行きたいな。
「とりあえず、あと1時間くらい机の上でやったらカメラの練習に行くし。それまで好きにしててもらっていいからね」
「いえ、作業の見学をさせてください」
「そんなに面白いことはないと思うけどなあ」
end.
++++
カメラの練習かと思いきや、卒論に向けた話に結構ガッツリ行っちゃって、でもそろそろ考えなきゃいけなかったTKGには有り難かった様子。
佐藤ゼミ上級生組の機材班・小田ちゃん。彼もなかなかにヒゲさんからプレッシャーをかけられています。ただ、内容的な圧はさほどでもない様子。
学年が進むにつれ課題レポートのノルマとなる文字数もどんどん増えていくけど、レポートをそのまま卒論にも出来るから悪くない課題ではあるのよね
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