2020(04)
■身の丈とフットワーク
++++
「美奈、今日の夜だが、予定はあるか」
「特に、ないけど……」
「ジャズ・ハウスのチケットがある。須賀誠司公演のS席とあるな」
「……S席…!? 相当、高いんじゃ……」
「オレも貰った物だ。こんな機会など毛頭ないし、ここは楽しんでおくのがいいと思うのだが」
これはスガノがオレに寄こしてきたチケットだ。何でも、須賀誠司本人が星港でのライブにオレを呼べと半ばダダをこねていたとか何とか。そういうことだからぜひ行ってあげてくれと悲壮感混じりに頼む奴の姿には、わかったと返事をする他なかった。
しかし、どうしてオレが呼ばれているのかには少し心当たりがあった。須賀誠司の今回のライブツアーでは、ライブ会場となっている現地のアマチュアバンドの曲をカバーするという企画を行っている。星港ではブルースプリングの曲をやるのだろう。
須賀誠司のツイッターで我こそはというバンドを募集しているのは見たし、青山さんが「ブルースプリングも星港の回に応募してみる~?」などとふざけて言っていた。実はあの人も呼ばれていたらしいのだが、仕事が終わらない悔しすぎるとLINEが入っていた。
「……それは、ありがたく楽しませてもらいたい……だけど、普通に買うと、相当……」
「S席となると万は下らんな」
「そんなチケットを、くれる人が……」
「オレにそれを言付けて来た奴によれば、これを寄こしてきたのは須賀誠司本人だというのだから、単純に招待だろう」
「リン、須賀さんと親交が…?」
「まあ、あると言えばある。バンドの関係もそうだし、別の活動の都合で須賀邸には日頃から足を運んでいる。それから、ピアニストとしてのバイトの方でもオレの存在は認知されていたようだからな」
「……浅からぬ縁、のように感じる……」
ジャズ・ハウスでは、音楽を楽しみながら食事をしたり、酒を嗜むことが出来る。しかし、この食事や飲料もまあまあの値段がする。その分美味くはあるのだが。なのでチケット代の1万円が浮いているのは一介の学生としては非常に助かる。
それなりの収入や休暇が保証されているのであれば、気が向いた時にふらりと行くということも出来るようになるとは思うのだが、現状では夢のまた夢だ。やはり将来的には月に一度以上は足を運べるようになりたいものだ。
「む」
仕事が終わらないと嘆いていたはずの青山さんからLINEが入る。やはり今日のライブでは須賀誠司がブルースプリングの曲のカバーをやる予定になっているのだという。現状ブルースプリングというバンドは青山さん預かりとなっているので、交渉やら何やらはあの人がやっていたのだという。
しかし、ブルースプリングの曲を須賀誠司がやるということが現在は長篠の山中で社畜と化しているかの構成員にバレればまた面倒なことになるのだろうなというのは想像に難くない。須賀誠司はライブ終了後にカバー元の原曲をツイッターで紹介している。春山さんの目に留まるのも時間の問題だろう。
「やはりか」
「……どうかした…?」
「光栄と言えば光栄なのかもしれんが、今日のライブではブルースプリングの曲がカバーされるらしい」
「――と、いうことは……リンの書いた曲を…?」
「そういうことになるな」
「すごい…!」
「そもそも、ブルースプリングの曲をやるからオレが招待されているのだろう。カバーしろと応募しておきながら、バンドメンバーが誰も行かんというのも無礼ではある。そういうことだから、付き合ってくれ」
「それは、喜んで……」
実際に話していると須賀誠司というのは年甲斐もなくテンションの高い変な中年という印象がとても強いのだが、音楽面ではやはりその筋の大物だ。大物に目を付けられたのは光栄でありつつも、立場の割にフットワークが軽すぎる気もする。水面下ではUSDXと絡む予定があるとかないとかという話も聞く。
何にせよ、2枚あるチケットは何とか捌くことが出来た。これがただのライブハウスで激しいスタンディングライブなら誰に声をかけようか悩んだが(月曜日なら川崎だろうが)、これなら美奈に声をかければいいと即時判断出来るのでジャズ・ハウスで切に良かったと思う。
「……少し、聞いてみるけど……私の誕生日、とは、関係が…?」
「ああ、そう言えばそうだったな。すまない。今の今まですっかり忘れていた。今年は何も用意してないぞ」
「……あの、気にしないで……たまたま、日程が重なっただけ……理解は、した」
「そう言えば、去年もそうだったが、お前は誕生日だからと言ってそれと言った過ごし方をするタイプではないのだな」
「……さすがに、高校を出れば、家でわざわざ祝うということも……友人も、そういうタイプではないから……」
「まあな」
「でも、去年も、今年も……素敵な誕生日の過ごし方を、させてもらえている……」
「そう解釈出来るのであれば、よかったが」
一応予習としてどんなメニューがあるのかをホームページで確認する。フードメニューも美味そうだし、オリジナルの酒というのも気になる。酒を飲んでしまうと車には乗れなくなるので、ライブ後のことも少し考えておかねばならん。……荒れ狂う構成員をどうかわすかという意味合いでも。
end.
++++
スケジュールの都合上降って湧いたリン美奈。“去年”も一緒に食事をしていたという体だし、なんならリン様は贈り物もしていたのにすっかり忘れてたのね
変なおじさんというイメージの強い誠司さんだけど、その筋では結構有名な方という体なのでチケット代も結構いいお値段がします。
ブルースプリングというバンドは結局青山さん預かりで解散はしていないようですね。年末限定とかでちょこちょこやるような感じなのかしら
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「美奈、今日の夜だが、予定はあるか」
「特に、ないけど……」
「ジャズ・ハウスのチケットがある。須賀誠司公演のS席とあるな」
「……S席…!? 相当、高いんじゃ……」
「オレも貰った物だ。こんな機会など毛頭ないし、ここは楽しんでおくのがいいと思うのだが」
これはスガノがオレに寄こしてきたチケットだ。何でも、須賀誠司本人が星港でのライブにオレを呼べと半ばダダをこねていたとか何とか。そういうことだからぜひ行ってあげてくれと悲壮感混じりに頼む奴の姿には、わかったと返事をする他なかった。
しかし、どうしてオレが呼ばれているのかには少し心当たりがあった。須賀誠司の今回のライブツアーでは、ライブ会場となっている現地のアマチュアバンドの曲をカバーするという企画を行っている。星港ではブルースプリングの曲をやるのだろう。
須賀誠司のツイッターで我こそはというバンドを募集しているのは見たし、青山さんが「ブルースプリングも星港の回に応募してみる~?」などとふざけて言っていた。実はあの人も呼ばれていたらしいのだが、仕事が終わらない悔しすぎるとLINEが入っていた。
「……それは、ありがたく楽しませてもらいたい……だけど、普通に買うと、相当……」
「S席となると万は下らんな」
「そんなチケットを、くれる人が……」
「オレにそれを言付けて来た奴によれば、これを寄こしてきたのは須賀誠司本人だというのだから、単純に招待だろう」
「リン、須賀さんと親交が…?」
「まあ、あると言えばある。バンドの関係もそうだし、別の活動の都合で須賀邸には日頃から足を運んでいる。それから、ピアニストとしてのバイトの方でもオレの存在は認知されていたようだからな」
「……浅からぬ縁、のように感じる……」
ジャズ・ハウスでは、音楽を楽しみながら食事をしたり、酒を嗜むことが出来る。しかし、この食事や飲料もまあまあの値段がする。その分美味くはあるのだが。なのでチケット代の1万円が浮いているのは一介の学生としては非常に助かる。
それなりの収入や休暇が保証されているのであれば、気が向いた時にふらりと行くということも出来るようになるとは思うのだが、現状では夢のまた夢だ。やはり将来的には月に一度以上は足を運べるようになりたいものだ。
「む」
仕事が終わらないと嘆いていたはずの青山さんからLINEが入る。やはり今日のライブでは須賀誠司がブルースプリングの曲のカバーをやる予定になっているのだという。現状ブルースプリングというバンドは青山さん預かりとなっているので、交渉やら何やらはあの人がやっていたのだという。
しかし、ブルースプリングの曲を須賀誠司がやるということが現在は長篠の山中で社畜と化しているかの構成員にバレればまた面倒なことになるのだろうなというのは想像に難くない。須賀誠司はライブ終了後にカバー元の原曲をツイッターで紹介している。春山さんの目に留まるのも時間の問題だろう。
「やはりか」
「……どうかした…?」
「光栄と言えば光栄なのかもしれんが、今日のライブではブルースプリングの曲がカバーされるらしい」
「――と、いうことは……リンの書いた曲を…?」
「そういうことになるな」
「すごい…!」
「そもそも、ブルースプリングの曲をやるからオレが招待されているのだろう。カバーしろと応募しておきながら、バンドメンバーが誰も行かんというのも無礼ではある。そういうことだから、付き合ってくれ」
「それは、喜んで……」
実際に話していると須賀誠司というのは年甲斐もなくテンションの高い変な中年という印象がとても強いのだが、音楽面ではやはりその筋の大物だ。大物に目を付けられたのは光栄でありつつも、立場の割にフットワークが軽すぎる気もする。水面下ではUSDXと絡む予定があるとかないとかという話も聞く。
何にせよ、2枚あるチケットは何とか捌くことが出来た。これがただのライブハウスで激しいスタンディングライブなら誰に声をかけようか悩んだが(月曜日なら川崎だろうが)、これなら美奈に声をかければいいと即時判断出来るのでジャズ・ハウスで切に良かったと思う。
「……少し、聞いてみるけど……私の誕生日、とは、関係が…?」
「ああ、そう言えばそうだったな。すまない。今の今まですっかり忘れていた。今年は何も用意してないぞ」
「……あの、気にしないで……たまたま、日程が重なっただけ……理解は、した」
「そう言えば、去年もそうだったが、お前は誕生日だからと言ってそれと言った過ごし方をするタイプではないのだな」
「……さすがに、高校を出れば、家でわざわざ祝うということも……友人も、そういうタイプではないから……」
「まあな」
「でも、去年も、今年も……素敵な誕生日の過ごし方を、させてもらえている……」
「そう解釈出来るのであれば、よかったが」
一応予習としてどんなメニューがあるのかをホームページで確認する。フードメニューも美味そうだし、オリジナルの酒というのも気になる。酒を飲んでしまうと車には乗れなくなるので、ライブ後のことも少し考えておかねばならん。……荒れ狂う構成員をどうかわすかという意味合いでも。
end.
++++
スケジュールの都合上降って湧いたリン美奈。“去年”も一緒に食事をしていたという体だし、なんならリン様は贈り物もしていたのにすっかり忘れてたのね
変なおじさんというイメージの強い誠司さんだけど、その筋では結構有名な方という体なのでチケット代も結構いいお値段がします。
ブルースプリングというバンドは結局青山さん預かりで解散はしていないようですね。年末限定とかでちょこちょこやるような感じなのかしら
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