2020(04)

■全てが真新しい

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「……話には聞いてたけど、すっげーな」
「本当だな。何だこのシャンデリア。赤いじゅうたんに、バーカウンターまである」

 今日から佐藤ゼミの合宿が始まるということで、バスで緑ヶ丘大学セミナーハウスという名の洋館にやってきた。豊葦から長篠の山中までは数時間。セミナーハウスは大型バスが入っていけない細い道の先だから、途中でマイクロバスに乗り換えて行った。
 バスが行けるのは洋館のふもとまで。そこからは荷物を担いで雪の斜面を登って行くんだけど、ここで転倒者が多数。話には聞いていたしパンフレットで見てはいたから豪華な建物なんだろうとは思っていたけど、こっちの想像を越えていた。

「あっ、そこの人! さっきはありがとね」
「や、大丈夫だったか? ケガとか」
「まだお尻痛いけど、まあ大丈夫でしょ」

 シノに話しかけてきたのは、頭にリボンのようなバンダナを巻いた女子だ。バスの中で座ってた場所的に多分これから一緒になる1年生で、バスを降りたところの雪の斜面で転んだところをシノに助けられていたんだ。

「そう言えば名前聞いてなかった。そっちも1年だよね? アタシは来須麻衣。お米同好会で、プライベートではまいみぃって名前で動画投稿とかしてんの。あいまいみぃー」
「俺は篠木智也。ラジオとかやってるMBCCっつーサークルのミキサー。それでこっちが俺の相棒」
「佐々木陸です。同じくMBCCのアナウンサー」
「え、どっちもササキ? じゃあアンタが智也でアンタが陸ね! アタシのことは麻衣でもまいみぃでも好きに呼んで! よろしくね! そーだ、これあげる。雪山で何もないって聞いてたからね、食料は選び放題なのアタシのカバン。はい、どーぞ」
「おっ、サンキュー」
「じゃ、また後でね!」

 何と言うか、動画投稿なんかをやっているだけあって行動的と言うか、ガンガン来る子だなあというのが彼女に対する第一印象。俺たちに個包装の飴を渡してまた大きな荷物を抱えて行ってしまった。俺たちも荷物を置きに行かなければ。
 ゼミ合宿のしおりに各々の泊まる部屋番号なんかも案内されている。3、4人が泊まれる個室に入るようなんだけど、俺とシノは一緒の部屋。こんな時名前の音が近いと一緒になることが多くて気が楽だ。

「あ、部屋は特別豪華とかじゃなくて、ごくごく普通って感じだな」
「そうだな。湯沸し器は……オッケー」
「こんにちはー。同部屋の羽場はば光弘っていいます」
「同じく、相倉あいのくら亮真」
「俺は篠木智也!」
「佐々木陸です。えっと、羽場君と、相倉君」
「うん、そうそう。えっと、そっちは2人とも佐々木くん?」
「俺はよくある3文字の佐々木で、コイツは長篠の篠に木でササキだから、ウチのサークルでは俺がササ、コイツがシノって区別されてる」
「へー、ササ君とシノ君は一緒のサークルなんだ。何のサークルやってるの?」
「俺たちはラジオとかやってるMBCCっていうサークルなんだ」
「それじゃあラジオはおまかせだね! 僕はパン同好会に参加してるんだ。相倉くんは?」
「自然科学研究会っていう部活」
「え、難しそうな部活だね。自然科学を研究してるの?」
「活動内容は、釣りとか、キャンプとか……」
「へー! すごいねー! それじゃあ今日来たような雪山とかも慣れっこ!?」
「あ、いや……さすがに雪山は」

 今のところ羽場君が人懐こい感じで、相倉君は少し物静かな感じだろうか。相倉君は釣りでも1人で静かに釣り糸を垂らしてそうだし、キャンプでも黙々と火を起こしてそうだ。しかしさすが緑大、いろんな部活やサークルがあるんだな。
 ――とか俺が様子を見ている間にシノは羽場君とガンガン喋ってるし。もう仲良くなってるのは普通にさすがだな。ちなみにパン同好会というのは、パン屋激戦区の向島エリア星港市にあるパン屋を巡って美味しいパンとの出会いを楽しむ団体だそうだ。

「ササ、今日これからの予定って?」
「しばらく休憩してからオリエンテーション、その後に夕飯で、そこから1回目のワークショップがあって自由時間、風呂、就寝って感じ」
「早くフランス料理ってのを食いたいなー。どんだけお上品な小盛りなのかなー」
「俺はロビーの暖炉前で読書がしたい」
「僕は朝ごはんのパンが楽しみだなー」
「2日目のスキー……」

 どうやらそれぞれにこの合宿で楽しみたいことを見つけた様子。相倉君が静かにアクティブな感じで、そういうのは身内にもいたからちょっと親近感。接し方を間違えなければ仲良くなれるだろうか。

「おーいササ、俺ミツとこの建物探索してくるわー」
「いってきまーす」
「いってらっしゃい」
「……ササは行かなくていい? 暖炉」
「ああ、そうだ。暖炉。相倉君はどうしてる?」
「俺もついてこうかな。暖炉とか焚き火とかで、火を眺めるのが好きなんだ。こう、気持ちが落ちつくって言うか」
「俺の彼女も同じことを言ってたよ。火を眺めてると心が洗われるって」
「……それはそうと、その袋は? ラーメンがはみ出てるけど」
「これは非常食だね。食料事情が逼迫するって先輩に聞いて持って来たんだ」
「えっ、そんなに食べ物に困るの? ……って、そうか、雪山だもんなあ。キャンプ道具でも持って来ればよかった」


end.


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ここぞとばかりにふえるなのすぱんえっくす。今年度は彼らにそこまで深く触れないだろうけど、来年度の布石として。
佐藤ゼミの合宿にやってきましたが、雪用の装備がなくて転ぶとか寒いとかそういう子がいるのはもうお約束なのです。今回はまいみぃが転びました。
まいみぃが結構ガツガツ行くと言うか、臆せず人と話してるなっていう感じ。ササシノだから良かったけど多分相倉君だと引かれてそうだ

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