2020(04)
■数字の上での存在
++++
「はー、あっつい」
「ホントにな。日によってやる仕事が違うから服装で調節するのも難しいし」
今日も今日とてバイトだけど、朝霞先輩が言うように倉庫での仕事は日によってやることが違う。返品入庫の仕事だったり、出荷作業の仕事だったりする。俺と朝霞先輩がここに呼ばれたのは製品の吊り札付けのはずだったけど、製品が来るのが遅れているとのこと。
小屋で製品の吊り札付けをする分には暖房のかかった部屋での作業だからそれといった防寒対策は必要ないんだけど、現場での作業になると一気に寒くなる。だからと言って厚着をしても、出荷作業になると運動量が増えて暑くなる。
仕事が終わる5時半になり、額に滲む汗をどうにかすることも出来ないまま自販機の前に立ち、何か冷たい物が飲みたいなあと小銭を握る。スポーツドリンクのボタンを押して、早速キャップを開ける。はー、美味しい。
「ようお前ら。お疲れさん」
「あっ、塩見さん。お疲れさまです」
「千景待ちか」
「そうですね」
「アイツのやってる仕事、もうちょっとかかるんだ。15分くらい待っててやってくれ」
「わかりました」
パートさんや人材派遣の人もわらわらと帰って行ったし、一部の社員さんも定時と同時に帰っていった。大石先輩を待つ15分も、朝霞先輩と話していればそこまで長くは感じなさそうだ、と思ったら、食堂のソファに塩見さんも腰かける。
「えっと、高木が確か明日から休みなんだったか」
「そうですね。大学のゼミ合宿があって」
「えっ、ゼミで合宿とか凄いね。勉強合宿みたいなことでしょ?」
「4年生の卒論発表を聞くのがメインですね。でも大学の施設が長篠の山にあるスキー場併設の洋館みたいなところなので、自由時間にはスキーをしたりしますし、夜にはお酒を飲んだりもします」
「はー……スキー場併設の洋館とか緑ヶ丘ってのは大学の施設もとんでもないな。えっ、高木君スキーやるの?」
「はい。スキーは唯一得意なスポーツで――あ」
「どうした」
「あー……スキーやるのに帽子を買わなきゃなと思ってたんだ。忘れてたー……」
俺は帽子が好きじゃない。だから普段使いの帽子なんか持ってない。スキーをやるためのアクセサリーとして用意しなきゃなとは思ってたんだけど、バイトやその他の用事何かでバタバタしてたらすっかり忘れてた。そんなことを言っている間にもう明日だ。
「帽子か。ちょっと待ってろ」
そう言って塩見さんは食堂を出て、少ししてまた戻って来た。その手には、パリッとしたビニール袋に入った未開封の製品らしき物。それを1つずつ、俺と朝霞先輩に手渡されたんだけど……えっ、これはどういう?
「えー……Bad...land Cap? 帽子ですか?」
「俺のはフランネルキャップって書いてる」
「帽子が要るんだろ。それやるし、使えよ」
「え、これって普通に製品ですよね。いいんですか?」
「現場を見てたらわかると思うが、たまーに棚の下やら裏から遠い昔に扱ってたモンが出て来たりするんだよな。数字上はとっくの昔に存在しなくなったモンを、お上に報告するとまためんどいっていう、暗黙の了解とか大人の事情っつーヤツだ。ブランド柄俺が持つのがいいだろうっつってよく主任がくれるんだけど、それは使う予定がなかったからな。高木のはスキーに被るのにも適してるヤツだぞ」
「そんな感じはします。防水性能もあるんですね」
俺がもらったのはキャップに耳を覆うパーツのついたあったかそうな帽子だ。裏地がファーみたいな感じで、防水性能もあって……まさに雪の中でのアクティビティのためにあるような物だ。朝霞先輩のはカジュアルな細かいチェック柄のキャップだ。
確かに、ブランドのロゴを見ると塩見さんの服と一緒だ。話によれば私服もそのブランドでほぼ統一されているそうだから、主任さんが塩見さんなら有効活用してくれるだろうと余った製品を渡すのも何となくわかる。
「つかこれ、5000円+税って書いてますけど、本当にもらっていいんですか?」
「俺のは7000円+税って書いてます」
「つっても、俺は使わねえからな。なんなら俺の席の引き出しにはまだまだあるぞ。Tシャツだの手袋だの」
「そんなに棚の裏に落ちるんですか」
「入荷の時点で過剰っつーパターンもあるな。何にせよ、数字上はもう無くなったモンだ。遠慮なく使ってくれ」
「それではありがたく」
「ありがとうございます。キャップを組み合わせたコーディネートか。これは燃えるな」
思いがけないところで帽子を貰えて助かった。これで合宿でスキーをやる時間も安心だ。でも、この帽子が7000円+税、つまり7700円かあ。俺の日給が7210円だから、1日働いてもまだ足りないね。え、もしかしなくてもすごい帽子なんじゃ?
「お疲れさまでーす。あっ、ごめんね朝霞、タカティ。もう仕事終わってたのに。お待たせー」
「いや、お疲れ」
「お疲れさまです」
「千景の仕事も終わったし、俺も帰るかな。暖房切るぞ」
「はーい。ありがとうございます。あれっ。2人とも、その帽子どうしたの?」
「ああ、俺が持ってたヤツをやったんだ。そうだお前ら、それはカバンの中に入れて見えないようにして帰ってくれ」
「わかりました」
end.
++++
タカちゃんと朝霞Pの倉庫バイト編です。呼ばれた本題よりも違う仕事をやってることの方が多くなっているようです。
ちーちゃん待ちの2人に付き添っていた塩見さん。一応は短期バイトの子たちより先に帰るワケに行かないし暖房の世話もあるのでっていう感じかしら
日給より高い上に貰いものの帽子なので、いくら普段帽子をかぶる習慣がないTKGでも手元に持っとくんだろうな、高いという理由で捨てられない女装の備品然りで
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「はー、あっつい」
「ホントにな。日によってやる仕事が違うから服装で調節するのも難しいし」
今日も今日とてバイトだけど、朝霞先輩が言うように倉庫での仕事は日によってやることが違う。返品入庫の仕事だったり、出荷作業の仕事だったりする。俺と朝霞先輩がここに呼ばれたのは製品の吊り札付けのはずだったけど、製品が来るのが遅れているとのこと。
小屋で製品の吊り札付けをする分には暖房のかかった部屋での作業だからそれといった防寒対策は必要ないんだけど、現場での作業になると一気に寒くなる。だからと言って厚着をしても、出荷作業になると運動量が増えて暑くなる。
仕事が終わる5時半になり、額に滲む汗をどうにかすることも出来ないまま自販機の前に立ち、何か冷たい物が飲みたいなあと小銭を握る。スポーツドリンクのボタンを押して、早速キャップを開ける。はー、美味しい。
「ようお前ら。お疲れさん」
「あっ、塩見さん。お疲れさまです」
「千景待ちか」
「そうですね」
「アイツのやってる仕事、もうちょっとかかるんだ。15分くらい待っててやってくれ」
「わかりました」
パートさんや人材派遣の人もわらわらと帰って行ったし、一部の社員さんも定時と同時に帰っていった。大石先輩を待つ15分も、朝霞先輩と話していればそこまで長くは感じなさそうだ、と思ったら、食堂のソファに塩見さんも腰かける。
「えっと、高木が確か明日から休みなんだったか」
「そうですね。大学のゼミ合宿があって」
「えっ、ゼミで合宿とか凄いね。勉強合宿みたいなことでしょ?」
「4年生の卒論発表を聞くのがメインですね。でも大学の施設が長篠の山にあるスキー場併設の洋館みたいなところなので、自由時間にはスキーをしたりしますし、夜にはお酒を飲んだりもします」
「はー……スキー場併設の洋館とか緑ヶ丘ってのは大学の施設もとんでもないな。えっ、高木君スキーやるの?」
「はい。スキーは唯一得意なスポーツで――あ」
「どうした」
「あー……スキーやるのに帽子を買わなきゃなと思ってたんだ。忘れてたー……」
俺は帽子が好きじゃない。だから普段使いの帽子なんか持ってない。スキーをやるためのアクセサリーとして用意しなきゃなとは思ってたんだけど、バイトやその他の用事何かでバタバタしてたらすっかり忘れてた。そんなことを言っている間にもう明日だ。
「帽子か。ちょっと待ってろ」
そう言って塩見さんは食堂を出て、少ししてまた戻って来た。その手には、パリッとしたビニール袋に入った未開封の製品らしき物。それを1つずつ、俺と朝霞先輩に手渡されたんだけど……えっ、これはどういう?
「えー……Bad...land Cap? 帽子ですか?」
「俺のはフランネルキャップって書いてる」
「帽子が要るんだろ。それやるし、使えよ」
「え、これって普通に製品ですよね。いいんですか?」
「現場を見てたらわかると思うが、たまーに棚の下やら裏から遠い昔に扱ってたモンが出て来たりするんだよな。数字上はとっくの昔に存在しなくなったモンを、お上に報告するとまためんどいっていう、暗黙の了解とか大人の事情っつーヤツだ。ブランド柄俺が持つのがいいだろうっつってよく主任がくれるんだけど、それは使う予定がなかったからな。高木のはスキーに被るのにも適してるヤツだぞ」
「そんな感じはします。防水性能もあるんですね」
俺がもらったのはキャップに耳を覆うパーツのついたあったかそうな帽子だ。裏地がファーみたいな感じで、防水性能もあって……まさに雪の中でのアクティビティのためにあるような物だ。朝霞先輩のはカジュアルな細かいチェック柄のキャップだ。
確かに、ブランドのロゴを見ると塩見さんの服と一緒だ。話によれば私服もそのブランドでほぼ統一されているそうだから、主任さんが塩見さんなら有効活用してくれるだろうと余った製品を渡すのも何となくわかる。
「つかこれ、5000円+税って書いてますけど、本当にもらっていいんですか?」
「俺のは7000円+税って書いてます」
「つっても、俺は使わねえからな。なんなら俺の席の引き出しにはまだまだあるぞ。Tシャツだの手袋だの」
「そんなに棚の裏に落ちるんですか」
「入荷の時点で過剰っつーパターンもあるな。何にせよ、数字上はもう無くなったモンだ。遠慮なく使ってくれ」
「それではありがたく」
「ありがとうございます。キャップを組み合わせたコーディネートか。これは燃えるな」
思いがけないところで帽子を貰えて助かった。これで合宿でスキーをやる時間も安心だ。でも、この帽子が7000円+税、つまり7700円かあ。俺の日給が7210円だから、1日働いてもまだ足りないね。え、もしかしなくてもすごい帽子なんじゃ?
「お疲れさまでーす。あっ、ごめんね朝霞、タカティ。もう仕事終わってたのに。お待たせー」
「いや、お疲れ」
「お疲れさまです」
「千景の仕事も終わったし、俺も帰るかな。暖房切るぞ」
「はーい。ありがとうございます。あれっ。2人とも、その帽子どうしたの?」
「ああ、俺が持ってたヤツをやったんだ。そうだお前ら、それはカバンの中に入れて見えないようにして帰ってくれ」
「わかりました」
end.
++++
タカちゃんと朝霞Pの倉庫バイト編です。呼ばれた本題よりも違う仕事をやってることの方が多くなっているようです。
ちーちゃん待ちの2人に付き添っていた塩見さん。一応は短期バイトの子たちより先に帰るワケに行かないし暖房の世話もあるのでっていう感じかしら
日給より高い上に貰いものの帽子なので、いくら普段帽子をかぶる習慣がないTKGでも手元に持っとくんだろうな、高いという理由で捨てられない女装の備品然りで
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