2020(04)
■目指す道の気付き
++++
「おい、行くぞササ!」
「ちょっと待てシノ! そんなに慌てんなって!」
「もう番組始まんだぞ! 今日は絶対現地で聞かなきゃいけないんだ! あっ、飯のことなら心配すんな! おにぎり分けてやるから」
「あ、ああ、どうも。……じゃない、待てって!」
授業が終わるやいなや、シノは教室を物凄い勢いで飛び出していった。なかなか来ないエレベーターを待つより階段を下りる方が早いと言ってどんどん駆けていく。8号館からセンタービルまでの距離自体はさほど遠くないけど、ラジオブース前までは地味に遠い。
今日は早朝からMBCC1年のグループLINEに「今日の昼は絶対ゼミのラジオブースに来い」とシノからメッセージが入っていた。そこで何が起こるのかは明かされていないのにみんな「わかったよ」と返事をしていて、疑問に思わないのかと少し呆れもしたのは内緒だ。
いや、もしかしたら何も知らないのは俺だけで、みんなは前もって聞いていたのかもしれない。それにしたってゼミのラジオブースだ。MBCCのメンバーを呼ぶほどの事が起こるとも考えにくいけど。よっぽど高木先輩が何か暗躍をしようとしているなら話は別だけど。
「ふー、やっと着いたー。向島との缶蹴り以来だな、こんな全力疾走。はいササ、おにぎりな。わかめごはんで良かったか?」
「ああ、サンキュ。お前、わざわざおにぎりを余分に作ってきたのか」
「めっちゃ早起きしてお前の分のおにぎりも作ったんだぞ」
「それはどうも。で、今日は何があるって言うんだ」
「見てりゃわかるって」
ラジオブースのミキサー席にいるのは高木先輩だ。ここまでは予想通り。ただ、アナウンサー席に座るのはどうやら果林先輩ではなさそうだ。果林先輩は赤いスタッフジャンパーを羽織って俺たちとは少し離れたところのベンチに腰掛けている。
「えっ…!? マジか」
「マジなんだよこれが」
アナウンサー席に座ったのは何と高崎先輩だ。高崎先生は佐藤教授アレルギーでゼミラジオの誘いも幾度となく断ってきたという話なのに、まさかまさか、とうとうそれが実現してしまうのか。ただ、普段のゼミラジオとは違う点があった。
佐藤ゼミのラジオではアナウンサーは基本的にインカムマイクをセットするけどそれがなく、使うのはスタンドマイクだ。それから、マイクのオンオフを操作するために手元で使うカフもどうやら使わないのか、手の届かない場所に置かれている。
「今日の番組はこのラジオブースから第1学食にも同時に飛ばしてんだ」
「そんなことが出来るのか」
「それは俺とL先輩と、それからサキと実験したからな! ったく、そろそろ始まるってのにアイツら何やってるんだ」
シノは今日ここで高木先輩が高崎先輩と番組をやるのを知っていたようだ。第1学食に番組を飛ばすための実験というのを高木先輩主導でやっていたそうだけど、それにも参加していたとか。今日は生きた番組を生で聞いて欲しいというL先輩の計らいでここで聞くことになったそうだけど。
「うわっ、始まった」
「くあーっ、ジングルひとつだけでももうカッコいいってのがわかるぜ!」
「ジングルから曲に行って、それから?」
「あーっ、シノ、ササ、はやーい」
「おせーぞくるみ、すがやん! あれっ、サキとレナは?」
「理系の教室は遠いし、昼飯買ってるんだったらそれなりに時間かかるだろ。つかお前ら飯大丈夫なのかよ」
「俺はシノがおにぎり作ってくれてたから。ほら、コイツガチ勢だし」
「いや、これは1秒たりとも逃さず聞くだろ! レナはともかくサキは何やってんだよ、実験にまで付き合わせたのに」
「俺はその実験に付き合ったからこそ、第1学食を覗いてきたんだよ」
「あ、サキ!」
「うわっ、全然気付かなかった。いたのかよ」
「こっちの番組、ちゃんと学食の中でも聞こえてるよ」
サキからの報告にシノもご満悦。そうこうしている間に玲那も下の第2学食からテイクアウト丼を買ってやって来た。みんなで番組を聞いているんだけど、シノの顔が、いつになく真剣な表情になっている。おにぎりを食べるのを忘れるほど集中しているようだ。
「なあササ、サキ」
「ん?」
「なに」
「佐藤ゼミのブースの機材って、ヒゲさんが見栄っ張りだから結構すげーのいっぱい揃えてんだよ」
「ああ、それは聞いてる」
「うん。お下がりの機材を見てもそれはわかるよ」
「でもさ、それを敢えて使わないで、去年までのMBCCスタイルでリベンジしたいっつってこんな構成でぶちかましてんの、相当熱くね? それでいて、あるモンを使って距離の離れた食堂に同時配信とか頭おかしいことを平然とやってる人がすぐ目の前にいるんだよ。いかに俺が機材の数とかスペックに頼ってたかってのがわかったつーか。……ヤベーよ、俺もこんだけやれるようになんなきゃだな」
もちろん、俺もアナウンサーとして思うことはあるし、やる人がやればここでもノイズの少ない、聞きやすい番組になるのだという証明にも立ち会えた。今後、俺とシノが目指す形が見えた瞬間かもしれない。MBCCで基礎を積んで来たからこそ持つスキルに、ゼミで学ぶ知識を掛けて行くのか。
「ちょっと、これ終わったら高木先輩に今日の番組のファイルもらわないとな」
「……まあ、果林先輩が今現在先生に捕まってるところからして、高木先輩もしばらくは捕まるだろうし。すぐにっていうのは期待しない方がいいと思うけどな」
end.
++++
+1年の概念があった頃にもこの2人の番組を見ている果林といち氏の話をやっていたのですが、今回は1年生、主にササシノ目線で。
お昼ご飯を買いに行く時間も惜しいという理由でササの分までお昼ご飯のおにぎりを作ってるシノがガチ過ぎる。まあ、これを知ってたらね。
ここからまた改めてシノの修行めいた事が始まるのかな。最低限の機材での基礎を積んでいくことになるのだと思います。
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「おい、行くぞササ!」
「ちょっと待てシノ! そんなに慌てんなって!」
「もう番組始まんだぞ! 今日は絶対現地で聞かなきゃいけないんだ! あっ、飯のことなら心配すんな! おにぎり分けてやるから」
「あ、ああ、どうも。……じゃない、待てって!」
授業が終わるやいなや、シノは教室を物凄い勢いで飛び出していった。なかなか来ないエレベーターを待つより階段を下りる方が早いと言ってどんどん駆けていく。8号館からセンタービルまでの距離自体はさほど遠くないけど、ラジオブース前までは地味に遠い。
今日は早朝からMBCC1年のグループLINEに「今日の昼は絶対ゼミのラジオブースに来い」とシノからメッセージが入っていた。そこで何が起こるのかは明かされていないのにみんな「わかったよ」と返事をしていて、疑問に思わないのかと少し呆れもしたのは内緒だ。
いや、もしかしたら何も知らないのは俺だけで、みんなは前もって聞いていたのかもしれない。それにしたってゼミのラジオブースだ。MBCCのメンバーを呼ぶほどの事が起こるとも考えにくいけど。よっぽど高木先輩が何か暗躍をしようとしているなら話は別だけど。
「ふー、やっと着いたー。向島との缶蹴り以来だな、こんな全力疾走。はいササ、おにぎりな。わかめごはんで良かったか?」
「ああ、サンキュ。お前、わざわざおにぎりを余分に作ってきたのか」
「めっちゃ早起きしてお前の分のおにぎりも作ったんだぞ」
「それはどうも。で、今日は何があるって言うんだ」
「見てりゃわかるって」
ラジオブースのミキサー席にいるのは高木先輩だ。ここまでは予想通り。ただ、アナウンサー席に座るのはどうやら果林先輩ではなさそうだ。果林先輩は赤いスタッフジャンパーを羽織って俺たちとは少し離れたところのベンチに腰掛けている。
「えっ…!? マジか」
「マジなんだよこれが」
アナウンサー席に座ったのは何と高崎先輩だ。高崎先生は佐藤教授アレルギーでゼミラジオの誘いも幾度となく断ってきたという話なのに、まさかまさか、とうとうそれが実現してしまうのか。ただ、普段のゼミラジオとは違う点があった。
佐藤ゼミのラジオではアナウンサーは基本的にインカムマイクをセットするけどそれがなく、使うのはスタンドマイクだ。それから、マイクのオンオフを操作するために手元で使うカフもどうやら使わないのか、手の届かない場所に置かれている。
「今日の番組はこのラジオブースから第1学食にも同時に飛ばしてんだ」
「そんなことが出来るのか」
「それは俺とL先輩と、それからサキと実験したからな! ったく、そろそろ始まるってのにアイツら何やってるんだ」
シノは今日ここで高木先輩が高崎先輩と番組をやるのを知っていたようだ。第1学食に番組を飛ばすための実験というのを高木先輩主導でやっていたそうだけど、それにも参加していたとか。今日は生きた番組を生で聞いて欲しいというL先輩の計らいでここで聞くことになったそうだけど。
「うわっ、始まった」
「くあーっ、ジングルひとつだけでももうカッコいいってのがわかるぜ!」
「ジングルから曲に行って、それから?」
「あーっ、シノ、ササ、はやーい」
「おせーぞくるみ、すがやん! あれっ、サキとレナは?」
「理系の教室は遠いし、昼飯買ってるんだったらそれなりに時間かかるだろ。つかお前ら飯大丈夫なのかよ」
「俺はシノがおにぎり作ってくれてたから。ほら、コイツガチ勢だし」
「いや、これは1秒たりとも逃さず聞くだろ! レナはともかくサキは何やってんだよ、実験にまで付き合わせたのに」
「俺はその実験に付き合ったからこそ、第1学食を覗いてきたんだよ」
「あ、サキ!」
「うわっ、全然気付かなかった。いたのかよ」
「こっちの番組、ちゃんと学食の中でも聞こえてるよ」
サキからの報告にシノもご満悦。そうこうしている間に玲那も下の第2学食からテイクアウト丼を買ってやって来た。みんなで番組を聞いているんだけど、シノの顔が、いつになく真剣な表情になっている。おにぎりを食べるのを忘れるほど集中しているようだ。
「なあササ、サキ」
「ん?」
「なに」
「佐藤ゼミのブースの機材って、ヒゲさんが見栄っ張りだから結構すげーのいっぱい揃えてんだよ」
「ああ、それは聞いてる」
「うん。お下がりの機材を見てもそれはわかるよ」
「でもさ、それを敢えて使わないで、去年までのMBCCスタイルでリベンジしたいっつってこんな構成でぶちかましてんの、相当熱くね? それでいて、あるモンを使って距離の離れた食堂に同時配信とか頭おかしいことを平然とやってる人がすぐ目の前にいるんだよ。いかに俺が機材の数とかスペックに頼ってたかってのがわかったつーか。……ヤベーよ、俺もこんだけやれるようになんなきゃだな」
もちろん、俺もアナウンサーとして思うことはあるし、やる人がやればここでもノイズの少ない、聞きやすい番組になるのだという証明にも立ち会えた。今後、俺とシノが目指す形が見えた瞬間かもしれない。MBCCで基礎を積んで来たからこそ持つスキルに、ゼミで学ぶ知識を掛けて行くのか。
「ちょっと、これ終わったら高木先輩に今日の番組のファイルもらわないとな」
「……まあ、果林先輩が今現在先生に捕まってるところからして、高木先輩もしばらくは捕まるだろうし。すぐにっていうのは期待しない方がいいと思うけどな」
end.
++++
+1年の概念があった頃にもこの2人の番組を見ている果林といち氏の話をやっていたのですが、今回は1年生、主にササシノ目線で。
お昼ご飯を買いに行く時間も惜しいという理由でササの分までお昼ご飯のおにぎりを作ってるシノがガチ過ぎる。まあ、これを知ってたらね。
ここからまた改めてシノの修行めいた事が始まるのかな。最低限の機材での基礎を積んでいくことになるのだと思います。
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