2020(04)

■今年の意外な重要性

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 いよいよ今年も本格的に終わりに近付き、俺にはいつもの大仕事が課せられる。徒歩2分とかそれくらいのところにある浅浦家に行くと、奴は玄関先でスタンバイしていた。外に出たついでに車の中の片付けをしているようだ。

「お前なあ、今から買い物に行くっつーのにそんな悠長なこと」
「いや、買い物に行くからこそ荷物を載せるスペースが要るだろ」
「まあ、一理あるけどそんなコトくらいもっと前からやっとけっつーの」
「正直お前が来るのをもう少し遅く見てたから今やってたってのもある」
「徒歩2分の距離で遅刻するかよ」
「それをするのがお前だ。まあ、キリ良しだし行くか」

 昔から家族ぐるみでの付き合いのある俺の家と浅浦の家は、年末年始の行事を一緒にやることが多い。お互い「遠くの親戚より近くの他人」を地で行くから、下手な親戚よりもよっぽど付き合いが深い。
 そんな浅浦家との年中行事の恒例になりつつあるのが、パパさん主催の年越し蕎麦大会だ。何年か前から浅浦のパパさんが蕎麦打ちにハマりだしたんだよな。言って一応ギリアラフォー、蕎麦打ちにハマるにはまだ若くないかって思ってたけど、案外続いてるな。
 で、人数分の蕎麦をパパさんが打ってくれるんだけど、そこに天ぷらを乗っけるんだよな。伊東家と浅浦家、各人の好みに合わせた天ぷらの材料を買ってくるのが俺たちの任務だ。だけど、今年は例年とは買い物の内容も少し変わる。

「って言うか、毎年買い物って前日だっけ? 大晦日当日とかじゃなかったか」
「父さんが無駄に張り切ってるんだ。お前の嫁さんに会うのが楽しみなんだと」
「あー……映像で想像つくし、京子さんからもパパさん絶対めんどくさいから気をつけろとは言われてる」
「京子さんが正しい」

 余談だけど、うちの親と浅浦のパパさんは元々幼馴染みで、学年で言えば父さんが1番上、京子さんが1コ下。パパさんは京子さんの2コ下とかになる。パパさんはうちの親にめちゃ懐いてんだよな、先輩先輩って。京子さんには足蹴にされてるけど。
 でだ、今年の年越し蕎麦大会がいつもとどう違うのかと言うと、伊東家側の参加メンバーが増えたということだ。俺が11月に慧梨夏と結婚したということで、一連の年中行事にも慧梨夏が参加することになった。……まあ、現在遠征中ですが。

「と言うか、あの人ってまだ東都なんだろ」
「だな。安定のコミフェ遠征ですよ。明日は分刻みのスケジュールで動くことになってるらしい」
「大丈夫なのかよ」
「一応、お互いの動きを逐一共有出来るようにはしてある」
「伊東家側ではあの人が来ることについて何か特別な用意はしてるのか」
「いや? それと言って特に。言って京子さんも姉ちゃんも慧梨夏とはツーカーだし、ぶっちゃけコミフェ遠征に出てることも知ってるからな。強いて言えば父さんがいつもより気を回してくれてるって感じで、うちは大して変わりない」
「いつも思うけど、あの人は京子さんと美弥子を攻略済みなのがデカいよな」
「俺がいつから京子さんに「あの子は絶対逃がすな」って言われ続けたと思ってんだよ」
「それこそ付き合って半年後くらいからだな」

 慧梨夏と京子さんたちの関係を見てるといい意味で緩い家だとは思う。仲は悪いよりいい方がいいし、慧梨夏は俺と浅浦を地獄の底に突き落とす京子さん作・恐怖のぜんざいも美味しくいただける驚異の味覚の持ち主でもある。うちの嫁としては最高だぜ。

「ところで、あの人の天麩羅の好みってどんな感じなんだ?」
「アイツはサツマイモとかカボチャとか、ちょっと甘くてほくほくしてるのが好きなんだよ」
「新しいな」
「だろ。うちはみんな野菜とか薬味に寄ってるし、浅浦家がエビだのイカだのっていう豪華路線だから、天ぷらの定番でありながらも斬新と言うか」
「確かに、定番ではあるけどあまり食べないな。伊東家の素麺大会的な感じでおかずにはならないのかな。普通におかずとして少し食いたいかもしれない」
「それはそのように用意すればいいんじゃね? 買い物するのは俺たちなんだし」
「まあ、母さんにもそのように頼んでおけばいいだけのことか」
「ちなみに、ママさんはどんな感じ? いつも通り?」
「父さんの影に隠れて目立たないけど、楽しみにはしてるんだよ。去年あの人ミートパイ食いにうちに来たことがあるんだけど、母さんにもなかなか好印象だったみたくて。甘いの好きな子ならケーキとか作った方がいいかって凄い確認された」
「えっ、なんなら俺がママさんのケーキ食べたい」

 そう、マジで葬式の時にワンチャン会うかどうかっていう親戚よりも、浅浦家に対する印象の方が何百倍、何千倍も大事なんだよな。いや、これから家を出て新居を構えるからそう頻繁に会うワケでもないんだけど、一応な。
 つかよくよく考えたら、まだ少し早いかもだけど姉ちゃんや未夏も結婚とか仕事とかで家を出る可能性も全然あるし、俺も年末だから休みとかそういう職種じゃないからなかなか全員揃わなくなるんだな。何気に今年が大事な機会なのか。

「年越し蕎麦にケーキっていうのも合わなくないか」
「ママさんのケーキは蕎麦に合うとか合わないじゃねーんだよ。何なら助手として手伝いつつ技を盗みたい」
「そしたら、ケーキの材料も買っていったらいいんじゃないのか」


end.


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毎年恒例年越し蕎麦大会の準備ですね。どうやら浅浦家がなかなかにウキウキな様子。人の家のだけど、お嫁さんだもんね!
慧梨夏本人はきっと遠征先でもどこをどう回るとかっていうのをめちゃくちゃ効率的にやっていることでしょう。計画とか凄く練ってそう。
いち氏にとっての永遠の目標がママさんの作ってくれるケーキ。製菓に限らずママさんの助手として技を盗みたいとは常々思っている様子。

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