2020(04)
■沈黙と積極性
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「そうだ、BJ……今日は、年明けからここでバイトを始める子が見学に来ている……」
「へえ。バイトを始める“子”っつーことは、お前みたいな学生バイトか」
「私も、話に聞いただけ……だけど、緑ヶ丘の子だとは……」
「あ? MBCCの奴ってことか」
――などと話していると、さっそく局の偉いさんがその見学という奴を連れてやって来た。やはりと言うか何と言うか、こんにちはと挨拶をして来たのは大樹だ。今日は見学で、実際の業務を始めるのは年明けからになるらしいが、せっかくだからとこの機会が設けられたそうだ。
俺はと言えば、春から始めた番組の最終回前の打ち合わせをしているところだ。番組が最終回だからと言って特に変わったことをするつもりもないが。卒論のためのフィールドワークとしては十分データを取れたし、論文もほとんど書き終えて今は誤字脱字などがないか確認している。
「高崎先輩、ご無沙汰しています」
「お前、年明けからここでバイトすんのか」
「はい。土曜日に面談をしたら、ありがたいことにあっさり通りました」
「……やっぱり、BJの後輩…?」
「お前、美奈に挨拶したのか」
「いえ、まだですね。挨拶もそこそこにすみません。年明けからお世話になる佐崎大樹です。緑ヶ丘の1年です。よろしくお願いします」
「……星大4年の、福井美奈……よろしく……」
確かにコイツは西海在住だし、MBCCでもミキサーだからバイト先としては一応選択肢に入ったのか。FMにしうみというコミュニティラジオ局では常に学生のバイトを入れているらしく、現在4年で来春卒業になる美奈の枠に誰かを入れたかったのだという。
美奈は星大の院への進学が決まっていて、バイトも現状のまま緩めに続けることにはなっている。ただ、大学院生ともなるといつどんな風に忙しくなるかわからないし、学生さんを取っておこうという局の方針にブレはなかったようだ。
「BJ、この子は、どういう感じの子…?」
「俺もガッツリ絡んだワケじゃねえからよく知らねえが、普段は物静かで口数も多くねえし隅っこで本ばっか読んでるような感じの奴だ。ただ、ここぞという時には行動力がある。それで1回俺はここで出待ちされてんだ」
「ミキサーとしては…?」
「いやお前、1年と4年だぞ。なんなら俺が聞きたいくらいだ」
「ミキサーとしては、1年生の平均くらいでしょうか」
「お前の自己評価は当てにならねえってくるみから聞いてんだよ。美奈、よっぽど情報が必要なら高木とかに聞くことも出来るが、どうする」
「……私が、自分の目で確かめる……」
「大樹、美奈は局への就職を打診されたレベルのディレクターだぞ。お眼鏡に適うかな」
「そうなんですね。ご指導お願いします」
気が付けば、番組の打ち合わせもそこそこに大樹に対する聞き取りが始まっていた。ミキサーとして何が出来るのか、MBCCではどういうことをやって来ているのか、そしてここのバイトに応募したきっかけなどだ。俺と美奈はさながら面接の試験官のようにそれを聞いている。
何でも、最近では向島とネットで繋いで遠隔中継番組をやったり、佐藤ゼミのブースでやっている番組を同時に第1学食で流していたそうだ。俺たちの学年じゃ想像もしなかったような手法での番組がどんどん始まっていて、技術革新の時代になっているらしい。
「……それだけのことが出来るなら、局での仕事も、半分くらいは……」
「まだ半分か」
「……ここでの仕事は、番組で機材を触るだけじゃない……。ニュース原稿を書いたり、外へ取材に出たり……市内のイベントでは、運営の補佐もある……」
「へえ、俺の知らないトコでいろいろやってたんだな」
「実は……。機材の扱いも大切……だけど……それ以上に問われるのは、フットワークと、コミュニケーション能力……」
口数も多くないし普段は物静かだという最初の紹介に、美奈は大樹に対して少し不安そうな表情を浮かべる。だけど、コイツはきっとそんなことを問題にしない奴のはずだ。と言うか、お前はどうなんだという話なんだ。
「美奈、心配要らねえよ」
「……そう…?」
「大樹、お前がここに来たきっかけは先週末やってた佐藤ゼミの番組だっつったな」
「はい」
「考えてみろよ美奈、金曜に思い立ってその次の日に面談だぞ。行動力の塊みたいな奴じゃねえか」
「……確かに」
「それに、フットワークやコミュニケーション能力に普段の口数や言動なんざ当てにならねえのは、お前が体現してるだろうが」
「……そう、かもしれない……。偏見は、良くない……」
俺は今日でここに来ることもそうそうなくなるが、サークルでもそれ以外でも、こうやってラジオに関わって来られたのは楽しかったと思う。後は今日の番組をやり抜くだけか。
「……ところで、佐崎君、この後予定は…? 門限とか……」
「門限は特にないですし、この後も大丈夫です」
「……BJも、プチメゾンに……」
「おっ、打ち上げか。いいな、行くか」
「プチメゾン?」
「……駅前のバー……良かったら。FMにしうみの、登竜門でもあるから……」
end.
++++
サキがバイトを変えたようです。シノの手伝いをしてたのが本当にこないだのことだったので、思い立ったらすぐ動く方なんだなあ
フットワークやなんかに普段の口数や言動が当てにならないのはお前が体現しているという高崎の言葉が真理。美奈も何気にアグレッシブ。
FMにしうみの登竜門と言えばベティさんの番組へのゲスト出演だけど、サキはミキサーだからベティさんへの対面だけでいいのかしら
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「そうだ、BJ……今日は、年明けからここでバイトを始める子が見学に来ている……」
「へえ。バイトを始める“子”っつーことは、お前みたいな学生バイトか」
「私も、話に聞いただけ……だけど、緑ヶ丘の子だとは……」
「あ? MBCCの奴ってことか」
――などと話していると、さっそく局の偉いさんがその見学という奴を連れてやって来た。やはりと言うか何と言うか、こんにちはと挨拶をして来たのは大樹だ。今日は見学で、実際の業務を始めるのは年明けからになるらしいが、せっかくだからとこの機会が設けられたそうだ。
俺はと言えば、春から始めた番組の最終回前の打ち合わせをしているところだ。番組が最終回だからと言って特に変わったことをするつもりもないが。卒論のためのフィールドワークとしては十分データを取れたし、論文もほとんど書き終えて今は誤字脱字などがないか確認している。
「高崎先輩、ご無沙汰しています」
「お前、年明けからここでバイトすんのか」
「はい。土曜日に面談をしたら、ありがたいことにあっさり通りました」
「……やっぱり、BJの後輩…?」
「お前、美奈に挨拶したのか」
「いえ、まだですね。挨拶もそこそこにすみません。年明けからお世話になる佐崎大樹です。緑ヶ丘の1年です。よろしくお願いします」
「……星大4年の、福井美奈……よろしく……」
確かにコイツは西海在住だし、MBCCでもミキサーだからバイト先としては一応選択肢に入ったのか。FMにしうみというコミュニティラジオ局では常に学生のバイトを入れているらしく、現在4年で来春卒業になる美奈の枠に誰かを入れたかったのだという。
美奈は星大の院への進学が決まっていて、バイトも現状のまま緩めに続けることにはなっている。ただ、大学院生ともなるといつどんな風に忙しくなるかわからないし、学生さんを取っておこうという局の方針にブレはなかったようだ。
「BJ、この子は、どういう感じの子…?」
「俺もガッツリ絡んだワケじゃねえからよく知らねえが、普段は物静かで口数も多くねえし隅っこで本ばっか読んでるような感じの奴だ。ただ、ここぞという時には行動力がある。それで1回俺はここで出待ちされてんだ」
「ミキサーとしては…?」
「いやお前、1年と4年だぞ。なんなら俺が聞きたいくらいだ」
「ミキサーとしては、1年生の平均くらいでしょうか」
「お前の自己評価は当てにならねえってくるみから聞いてんだよ。美奈、よっぽど情報が必要なら高木とかに聞くことも出来るが、どうする」
「……私が、自分の目で確かめる……」
「大樹、美奈は局への就職を打診されたレベルのディレクターだぞ。お眼鏡に適うかな」
「そうなんですね。ご指導お願いします」
気が付けば、番組の打ち合わせもそこそこに大樹に対する聞き取りが始まっていた。ミキサーとして何が出来るのか、MBCCではどういうことをやって来ているのか、そしてここのバイトに応募したきっかけなどだ。俺と美奈はさながら面接の試験官のようにそれを聞いている。
何でも、最近では向島とネットで繋いで遠隔中継番組をやったり、佐藤ゼミのブースでやっている番組を同時に第1学食で流していたそうだ。俺たちの学年じゃ想像もしなかったような手法での番組がどんどん始まっていて、技術革新の時代になっているらしい。
「……それだけのことが出来るなら、局での仕事も、半分くらいは……」
「まだ半分か」
「……ここでの仕事は、番組で機材を触るだけじゃない……。ニュース原稿を書いたり、外へ取材に出たり……市内のイベントでは、運営の補佐もある……」
「へえ、俺の知らないトコでいろいろやってたんだな」
「実は……。機材の扱いも大切……だけど……それ以上に問われるのは、フットワークと、コミュニケーション能力……」
口数も多くないし普段は物静かだという最初の紹介に、美奈は大樹に対して少し不安そうな表情を浮かべる。だけど、コイツはきっとそんなことを問題にしない奴のはずだ。と言うか、お前はどうなんだという話なんだ。
「美奈、心配要らねえよ」
「……そう…?」
「大樹、お前がここに来たきっかけは先週末やってた佐藤ゼミの番組だっつったな」
「はい」
「考えてみろよ美奈、金曜に思い立ってその次の日に面談だぞ。行動力の塊みたいな奴じゃねえか」
「……確かに」
「それに、フットワークやコミュニケーション能力に普段の口数や言動なんざ当てにならねえのは、お前が体現してるだろうが」
「……そう、かもしれない……。偏見は、良くない……」
俺は今日でここに来ることもそうそうなくなるが、サークルでもそれ以外でも、こうやってラジオに関わって来られたのは楽しかったと思う。後は今日の番組をやり抜くだけか。
「……ところで、佐崎君、この後予定は…? 門限とか……」
「門限は特にないですし、この後も大丈夫です」
「……BJも、プチメゾンに……」
「おっ、打ち上げか。いいな、行くか」
「プチメゾン?」
「……駅前のバー……良かったら。FMにしうみの、登竜門でもあるから……」
end.
++++
サキがバイトを変えたようです。シノの手伝いをしてたのが本当にこないだのことだったので、思い立ったらすぐ動く方なんだなあ
フットワークやなんかに普段の口数や言動が当てにならないのはお前が体現しているという高崎の言葉が真理。美奈も何気にアグレッシブ。
FMにしうみの登竜門と言えばベティさんの番組へのゲスト出演だけど、サキはミキサーだからベティさんへの対面だけでいいのかしら
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