2020(04)
■暮らしの中の窓
++++
「おーい、彩人ー」
「はーい」
「はいこれ、こないだ言ってた本。読み終わったしゆっくり読んでていいぞ」
「朝霞さんあざっす!」
こないだちょっとしたトラブルがあってからは、彩人の部屋に行くときにもご丁寧にLINEでアポを取り、インターホンを鳴らすようになった。逆に言えば今まではお互い割と好き勝手に往来してたんだけど、反省の結果だな。
「あ、リク君も来てたんだ」
「はい」
「ごめんね邪魔して。ああ、顔も大分綺麗になったね、良かった良かった。あのさ、大学で友達とかに突っ込まれなかった? 大丈夫だった?」
「バイト先で悪質なクレーマーに殴られたことにしたので」
「いやはや、本当に申し訳ない」
「ただ、サキとか勘のいい子にはそのクレーマー左利きなんだねって突っ込まれて一瞬焦りました」
俺と彩人が互いの部屋への往来をちゃんと確認してからにしましょうと話し合ったのにはこのリク君が絡んでいる。まあ、何だ。壁のうっすいこのアパートでは、結構音漏れがするみたいなんだよな。それで俺は実況やギターを始めたばかりの頃は彩人に迷惑をかけてたし。
で、こっちの部屋に聞こえて来た声がさ。大音量でAVでも見てんのかって感じに思ったんだけど、だんだんそれがリアル味を帯びて来てたし、やだやだマジで助けてって割とガチ目に泣き叫ぶような感じに聞こえて来たら、まあ、飛んでいくよな。
それでなくても彩人はそっち系のトラウマ持ちだし。高萩麗だっけ、日高班の女に無理矢理襲われた経験があるから、自分の家でもそんな目に遭ってんのかって。そんで部屋に殴り込んで、彩人に覆いかぶさってたリク君を引っぺがして問答無用でぶん殴った。
頭に血が上ってた俺を止めたのは襲われていたはずの彩人だった。実は2人は夏ごろから付き合っているんだと。それで俺は血の気がスーッと引いて行ったよな。とんでもないことをしちまったって。そんでめちゃくちゃ謝って現在に至る。
「シノには俺たちの事も言ったんだっけ?」
「いや、シノに話したのは俺の性や恋愛の仕方と玲那とは別に付き合ってる男がいるってだけ。その時はまだ彩人の了承も取れてなかったし」
「俺はみちるとサキ君に話したよ」
「うん、サキから聞いた。まあ、インターフェイス飲みであんな醜態を晒したらなあ、彩人」
「うっ、うるせーよ! もうあんなんなるまで飲まねーよ」
「彩人お前、インターフェイスの現場で失敗したのか」
「いや! でも朝霞さんよりはマシだって戸田さん言ってましたし!」
「何でそこで俺が出てくんだよ」
彩人とリク君は、信頼出来そうな相手には自分たちの関係のことを言っているらしい。ただ、自分が信頼出来そうだと思っても相手がどう思うかのこともある。その辺のことも普段の言動からそれとなく探りを入れて、大丈夫そうだと判断した相手を選んでいるそうだ。
俺のことも、リク君は隣にセコムがいるというような認識をしているらしく、彩人と日頃から仲良くしているということに関しても前より警戒されなくなったようだ。と言うか、前は隣の部屋に住む先輩が彩人と本を貸し借りしているという話にもちょっと妬いていたとか。
「そう言えば、朝霞さんの部屋の本棚に興味があるんですよ。もし良ければ見せてもらえませんか?」
「いいよ」
「つって朝霞さん、人入れれる状態なんすか?」
「足の踏み場くらいはある。バカにしてんのか」
「だって朝霞さん片付け下手くそじゃないすか」
「まあ、綺麗ではないけど汚くもないから良かったら見に来て」
――と、俺の部屋に移動することになったけど、うん、まあ大丈夫だろ。3人くらいなら座れるはず。部屋に入るなりリク君は本棚の前に正座してどんなタイトルが並ぶのかをキラキラした目で探している。可愛いところもあるんだな。
「濫読派とは聞いてましたけど、本当に何でもありますね」
「リク君も良かったら好きなの読んでいいよ。読み終わったら俺が緑大に行ってる時に引き取るか、彩人に返してくれてもいいし」
「本当ですか? それじゃあ2、3冊お借りします。それより気になるのはあの段ボールですね」
「ああ、あれ? 簡易防音ブース」
「ギターの音とかが漏れてたんでしたっけ」
「そうなんだよ。だからギターは基本あの中で練習してる。配信画面に背景を映さない効果にもなってるしいいかなと」
「配信?」
「あ」
「いいんじゃないすか別に」
「でも俺は何度口を滑らせれば学習するのかと」
「リク、朝霞さんはグループでゲーム実況やってて、その活動の一環でギターもやってんだ」
「彩人にはその練習にもちょっと付き合ってもらってんだよ。楽譜が読めて、ピアノも弾けるしな」
読書や映画という共通の趣味に、ギターの練習やプロデューサー修行。俺と彩人が互いの部屋を行き来する理由はそれこそ数え切れないほどある。8畳の部屋の中で共有する互いの生活と、秘匿したままの事柄が折り重なるのもまた生活の色なのかもしれない。
「ちなみにその実況の動画ってあるんですか?」
「あるけど……見るの?」
end.
++++
例のガーゼを貼ることになった原因である。ササをぶん殴ったのは朝霞Pでした。まあ、言って奴ならやりかねん。
熱中症の件もあって朝霞Pへの警戒は元々薄れていたササだったけど、これはもはや完全にセコム扱いだし頼りにし始めた様子。でも春には引っ越すよ。
と言うかいつの間にかササの恋愛様式の一部がサキにも伝わっていた様子。彩人からなのね。まあ仲良しだもんな
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「おーい、彩人ー」
「はーい」
「はいこれ、こないだ言ってた本。読み終わったしゆっくり読んでていいぞ」
「朝霞さんあざっす!」
こないだちょっとしたトラブルがあってからは、彩人の部屋に行くときにもご丁寧にLINEでアポを取り、インターホンを鳴らすようになった。逆に言えば今まではお互い割と好き勝手に往来してたんだけど、反省の結果だな。
「あ、リク君も来てたんだ」
「はい」
「ごめんね邪魔して。ああ、顔も大分綺麗になったね、良かった良かった。あのさ、大学で友達とかに突っ込まれなかった? 大丈夫だった?」
「バイト先で悪質なクレーマーに殴られたことにしたので」
「いやはや、本当に申し訳ない」
「ただ、サキとか勘のいい子にはそのクレーマー左利きなんだねって突っ込まれて一瞬焦りました」
俺と彩人が互いの部屋への往来をちゃんと確認してからにしましょうと話し合ったのにはこのリク君が絡んでいる。まあ、何だ。壁のうっすいこのアパートでは、結構音漏れがするみたいなんだよな。それで俺は実況やギターを始めたばかりの頃は彩人に迷惑をかけてたし。
で、こっちの部屋に聞こえて来た声がさ。大音量でAVでも見てんのかって感じに思ったんだけど、だんだんそれがリアル味を帯びて来てたし、やだやだマジで助けてって割とガチ目に泣き叫ぶような感じに聞こえて来たら、まあ、飛んでいくよな。
それでなくても彩人はそっち系のトラウマ持ちだし。高萩麗だっけ、日高班の女に無理矢理襲われた経験があるから、自分の家でもそんな目に遭ってんのかって。そんで部屋に殴り込んで、彩人に覆いかぶさってたリク君を引っぺがして問答無用でぶん殴った。
頭に血が上ってた俺を止めたのは襲われていたはずの彩人だった。実は2人は夏ごろから付き合っているんだと。それで俺は血の気がスーッと引いて行ったよな。とんでもないことをしちまったって。そんでめちゃくちゃ謝って現在に至る。
「シノには俺たちの事も言ったんだっけ?」
「いや、シノに話したのは俺の性や恋愛の仕方と玲那とは別に付き合ってる男がいるってだけ。その時はまだ彩人の了承も取れてなかったし」
「俺はみちるとサキ君に話したよ」
「うん、サキから聞いた。まあ、インターフェイス飲みであんな醜態を晒したらなあ、彩人」
「うっ、うるせーよ! もうあんなんなるまで飲まねーよ」
「彩人お前、インターフェイスの現場で失敗したのか」
「いや! でも朝霞さんよりはマシだって戸田さん言ってましたし!」
「何でそこで俺が出てくんだよ」
彩人とリク君は、信頼出来そうな相手には自分たちの関係のことを言っているらしい。ただ、自分が信頼出来そうだと思っても相手がどう思うかのこともある。その辺のことも普段の言動からそれとなく探りを入れて、大丈夫そうだと判断した相手を選んでいるそうだ。
俺のことも、リク君は隣にセコムがいるというような認識をしているらしく、彩人と日頃から仲良くしているということに関しても前より警戒されなくなったようだ。と言うか、前は隣の部屋に住む先輩が彩人と本を貸し借りしているという話にもちょっと妬いていたとか。
「そう言えば、朝霞さんの部屋の本棚に興味があるんですよ。もし良ければ見せてもらえませんか?」
「いいよ」
「つって朝霞さん、人入れれる状態なんすか?」
「足の踏み場くらいはある。バカにしてんのか」
「だって朝霞さん片付け下手くそじゃないすか」
「まあ、綺麗ではないけど汚くもないから良かったら見に来て」
――と、俺の部屋に移動することになったけど、うん、まあ大丈夫だろ。3人くらいなら座れるはず。部屋に入るなりリク君は本棚の前に正座してどんなタイトルが並ぶのかをキラキラした目で探している。可愛いところもあるんだな。
「濫読派とは聞いてましたけど、本当に何でもありますね」
「リク君も良かったら好きなの読んでいいよ。読み終わったら俺が緑大に行ってる時に引き取るか、彩人に返してくれてもいいし」
「本当ですか? それじゃあ2、3冊お借りします。それより気になるのはあの段ボールですね」
「ああ、あれ? 簡易防音ブース」
「ギターの音とかが漏れてたんでしたっけ」
「そうなんだよ。だからギターは基本あの中で練習してる。配信画面に背景を映さない効果にもなってるしいいかなと」
「配信?」
「あ」
「いいんじゃないすか別に」
「でも俺は何度口を滑らせれば学習するのかと」
「リク、朝霞さんはグループでゲーム実況やってて、その活動の一環でギターもやってんだ」
「彩人にはその練習にもちょっと付き合ってもらってんだよ。楽譜が読めて、ピアノも弾けるしな」
読書や映画という共通の趣味に、ギターの練習やプロデューサー修行。俺と彩人が互いの部屋を行き来する理由はそれこそ数え切れないほどある。8畳の部屋の中で共有する互いの生活と、秘匿したままの事柄が折り重なるのもまた生活の色なのかもしれない。
「ちなみにその実況の動画ってあるんですか?」
「あるけど……見るの?」
end.
++++
例のガーゼを貼ることになった原因である。ササをぶん殴ったのは朝霞Pでした。まあ、言って奴ならやりかねん。
熱中症の件もあって朝霞Pへの警戒は元々薄れていたササだったけど、これはもはや完全にセコム扱いだし頼りにし始めた様子。でも春には引っ越すよ。
と言うかいつの間にかササの恋愛様式の一部がサキにも伝わっていた様子。彩人からなのね。まあ仲良しだもんな
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