2020(03)
■直感と観察眼
++++
「高木君、ちょっといい?」
「はい」
「このミキサーをね、今度ラジオブースに入れるんだよ。今ブースで使ってるのは奥のスタジオのと入れ替えるから、あのミキサー、MBCCで使ってくれる?」
「わかりました。すぐにではないですよね」
「来週には入れ替えるから。ああ、もちろん新しい機材の使い方も君には覚えてもらわなくちゃね」
そんな風に先生と話していたら、突然誰かがスタジオに入ってきた。3年生でも4年生でもないし、先生の授業を履修してる人なのかなって。俺は今度MBCCにお下がりで入って来る機材の使い方を考えようとしていたから、大きな声で「佐藤先生!」って。びっくりしちゃった。
「ゼミ生じゃないね。私の授業を取ってる子?」
「ちょっと聞きたいんですけど、何で俺がゼミの選考を通らなかったんですか」
「1年生の子ね。それを聞くなら発表があってすぐじゃない? 今年は70人近く応募があったし、誰が何で落ちたとかいちいち覚えてないよ」
「ちゃんと俺の動画見て評価してるんですか」
「そもそも君が名乗ってないのにわかるはずないでしょう。私が見てないってことは、そこに至るまでに落ちてるんだし相当面白くないんでしょ。今忙しいからそういう話なら帰ってくれる?」
話を聞いていると、どうやら佐藤ゼミの選考に落ちてしまった1年生のようだった。この子は自分が選考で落ちてしまったことに納得が行ってないみたいだ。だけど、先生の言うように、何で今なんだろう。落ちた時点での殴り込みだったらまだわかるんだけど。
「森友貴っていうんですけど」
「高木君、奥のスタジオからエントリーシート取って来てくれる?」
「はい」
言われたように今年のエントリーシートを揃えて持って行くと、先生は不合格の束の方から該当する名前を探している。俺もこのシートに覚えがあるか尋ねられたけど、どうかなあ。でも、面白くない動画の子は不合格の箱に入れたのを覚えている。もしかするとその子かもしれない。
「何か、このゼミってラジオのサークル? みたいなのに入ってる奴は無条件で入れるって聞いたんですけど、それも不平等ですよね。こっちはまともに勝負してるのに、無条件で入れる奴がいるとか。そういうサークルの奴がいるっていう割に昼のラジオも微妙だし、それなら俺の方が断然面白いじゃないすか」
「言っておくけど、一応MBCCの子も成績のボーダーは設けてるし、無条件で入れてるわけではないね。人間性に問題があれば誰だろうと撥ねるよ」
「そういうのはいいんで、動画を見て正当に評価してくださいよ」
このままでは埒が明かないと思ったのか、先生は見るだけ見てあげるから簡潔に終わらせなさいよと呆れた様子。まあ、この感じだと入れ替え合格とかは絶対ないんだろうなっていうことがわかる。と言うか現状MBCCは昼のラジオにほとんど絡んでないんですよねー。
動画を見てみると、やっぱり俺がこれは伸びないなと思って即不合格に入れた子だと思い出す。何度見てもやっぱり面白くない。それから、ちゃんと見ると画角がブレブレで酔いそうになるし、マイクも安い粗悪品を使ってるのか音質も悪いし。構成にメリハリもないし見るに堪えない。
「どうすか、俺を入れるべきっすよね」
「高木君、どう?」
「人に見てもらう動画にはなってないかなと。そういう演出でもないのにカメラがブレブレだし、音も悪くて何喋ってるのかよくわからない。撮る前にしっかり構成を考えてなくて、行き当たりばったりだから迷走してる感が強いね。やってることも既にある企画をただなぞってるだけと言うか。不合格相応だと思いますよ」
「だよねえ」
「いや、このゼミにいるラジオのサークルの奴らも実績なんかないっしょ」
「この子はゼミで作ったラジオ番組でコンクールの奨励賞を取ってるよ」
「え、そうなんですか? 聞いてませんけど」
「ほら、こないだ千葉君と作った番組があったじゃない。あれが受賞して、今度式典があるからそれなりの格好して来てね」
「あの、詳しいことは後でいいですか?」
「そうだね」
「まあ、実際に賞を取ってる人はともかく、今年受かってる奴はそんなでもないっしょ」
「君もしつこいねえ。そんなにMBCCの子と張り合いたいなら、課題を出すからそれをやって来てくれる?」
そう言って先生はエントリーシートの合格の束の中からササの紙を取り出して、何かを箇条書きでメモしている。って言うか先生っていつも重要なことをさらっと言うよね。果林先輩と課外的に作った番組がコンクールで賞とったとかさ。
「今年取ったMBCCの子がエントリーシートにまとめて来た書評のリスト。その子は2週間ほどで15冊読んでまとめて来たけど、君は1週間で5冊でいいよ」
「いや、本は関係ないっしょ」
「佐藤ゼミはね、メディア研究も座学でちゃんとやってるゼミだよ。それをわかってない時点でお呼びじゃないね。はい、わかったら帰った帰った」
これ以上粘ってもダメだと思ったのか、その子は諦めたような様子で帰って行った。放送サークルの人間としての技術や実績か。ないこともないだろうけど、俺は無条件でゼミに入るだけのラインにはあったのかな。
「ところで高木君、君は得意分野の話になると要点を的確に突いて来るねえ」
「思ったことを言っただけですけど」
「他の勉強もその調子でやってくれればいいんだけど。そろそろ学期末だからね。わかってる?」
「あ、はい~」
end.
++++
ないない尽くしでも佐藤ゼミに拾われたMBCCのミキサー・タカちゃんですが、実はそこまでないない尽くしでもなかったらしい。
選考の時に何気なく切った学生がスタジオに殴り込みに来たのだけど、ゆるっとしてる割に実は厳しいTKG、見れば見るほどノイジーな動画だったかな
果林と作った作品が受賞云々っていうのは遠い昔に書いた+1年の話からチラッと引っ張ってきた。ソースどこだっけ。
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「高木君、ちょっといい?」
「はい」
「このミキサーをね、今度ラジオブースに入れるんだよ。今ブースで使ってるのは奥のスタジオのと入れ替えるから、あのミキサー、MBCCで使ってくれる?」
「わかりました。すぐにではないですよね」
「来週には入れ替えるから。ああ、もちろん新しい機材の使い方も君には覚えてもらわなくちゃね」
そんな風に先生と話していたら、突然誰かがスタジオに入ってきた。3年生でも4年生でもないし、先生の授業を履修してる人なのかなって。俺は今度MBCCにお下がりで入って来る機材の使い方を考えようとしていたから、大きな声で「佐藤先生!」って。びっくりしちゃった。
「ゼミ生じゃないね。私の授業を取ってる子?」
「ちょっと聞きたいんですけど、何で俺がゼミの選考を通らなかったんですか」
「1年生の子ね。それを聞くなら発表があってすぐじゃない? 今年は70人近く応募があったし、誰が何で落ちたとかいちいち覚えてないよ」
「ちゃんと俺の動画見て評価してるんですか」
「そもそも君が名乗ってないのにわかるはずないでしょう。私が見てないってことは、そこに至るまでに落ちてるんだし相当面白くないんでしょ。今忙しいからそういう話なら帰ってくれる?」
話を聞いていると、どうやら佐藤ゼミの選考に落ちてしまった1年生のようだった。この子は自分が選考で落ちてしまったことに納得が行ってないみたいだ。だけど、先生の言うように、何で今なんだろう。落ちた時点での殴り込みだったらまだわかるんだけど。
「森友貴っていうんですけど」
「高木君、奥のスタジオからエントリーシート取って来てくれる?」
「はい」
言われたように今年のエントリーシートを揃えて持って行くと、先生は不合格の束の方から該当する名前を探している。俺もこのシートに覚えがあるか尋ねられたけど、どうかなあ。でも、面白くない動画の子は不合格の箱に入れたのを覚えている。もしかするとその子かもしれない。
「何か、このゼミってラジオのサークル? みたいなのに入ってる奴は無条件で入れるって聞いたんですけど、それも不平等ですよね。こっちはまともに勝負してるのに、無条件で入れる奴がいるとか。そういうサークルの奴がいるっていう割に昼のラジオも微妙だし、それなら俺の方が断然面白いじゃないすか」
「言っておくけど、一応MBCCの子も成績のボーダーは設けてるし、無条件で入れてるわけではないね。人間性に問題があれば誰だろうと撥ねるよ」
「そういうのはいいんで、動画を見て正当に評価してくださいよ」
このままでは埒が明かないと思ったのか、先生は見るだけ見てあげるから簡潔に終わらせなさいよと呆れた様子。まあ、この感じだと入れ替え合格とかは絶対ないんだろうなっていうことがわかる。と言うか現状MBCCは昼のラジオにほとんど絡んでないんですよねー。
動画を見てみると、やっぱり俺がこれは伸びないなと思って即不合格に入れた子だと思い出す。何度見てもやっぱり面白くない。それから、ちゃんと見ると画角がブレブレで酔いそうになるし、マイクも安い粗悪品を使ってるのか音質も悪いし。構成にメリハリもないし見るに堪えない。
「どうすか、俺を入れるべきっすよね」
「高木君、どう?」
「人に見てもらう動画にはなってないかなと。そういう演出でもないのにカメラがブレブレだし、音も悪くて何喋ってるのかよくわからない。撮る前にしっかり構成を考えてなくて、行き当たりばったりだから迷走してる感が強いね。やってることも既にある企画をただなぞってるだけと言うか。不合格相応だと思いますよ」
「だよねえ」
「いや、このゼミにいるラジオのサークルの奴らも実績なんかないっしょ」
「この子はゼミで作ったラジオ番組でコンクールの奨励賞を取ってるよ」
「え、そうなんですか? 聞いてませんけど」
「ほら、こないだ千葉君と作った番組があったじゃない。あれが受賞して、今度式典があるからそれなりの格好して来てね」
「あの、詳しいことは後でいいですか?」
「そうだね」
「まあ、実際に賞を取ってる人はともかく、今年受かってる奴はそんなでもないっしょ」
「君もしつこいねえ。そんなにMBCCの子と張り合いたいなら、課題を出すからそれをやって来てくれる?」
そう言って先生はエントリーシートの合格の束の中からササの紙を取り出して、何かを箇条書きでメモしている。って言うか先生っていつも重要なことをさらっと言うよね。果林先輩と課外的に作った番組がコンクールで賞とったとかさ。
「今年取ったMBCCの子がエントリーシートにまとめて来た書評のリスト。その子は2週間ほどで15冊読んでまとめて来たけど、君は1週間で5冊でいいよ」
「いや、本は関係ないっしょ」
「佐藤ゼミはね、メディア研究も座学でちゃんとやってるゼミだよ。それをわかってない時点でお呼びじゃないね。はい、わかったら帰った帰った」
これ以上粘ってもダメだと思ったのか、その子は諦めたような様子で帰って行った。放送サークルの人間としての技術や実績か。ないこともないだろうけど、俺は無条件でゼミに入るだけのラインにはあったのかな。
「ところで高木君、君は得意分野の話になると要点を的確に突いて来るねえ」
「思ったことを言っただけですけど」
「他の勉強もその調子でやってくれればいいんだけど。そろそろ学期末だからね。わかってる?」
「あ、はい~」
end.
++++
ないない尽くしでも佐藤ゼミに拾われたMBCCのミキサー・タカちゃんですが、実はそこまでないない尽くしでもなかったらしい。
選考の時に何気なく切った学生がスタジオに殴り込みに来たのだけど、ゆるっとしてる割に実は厳しいTKG、見れば見るほどノイジーな動画だったかな
果林と作った作品が受賞云々っていうのは遠い昔に書いた+1年の話からチラッと引っ張ってきた。ソースどこだっけ。
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