2020(03)
■事情と誤解の殴打痕
++++
「……なあササ、お前その顔、どーした?」
「あー……ちょっと」
ササが唇の右端に小さく切ったガーゼみたいなものを貼って来た。何か、ケガでもしたんだろうなって感じの。唇の端くらいだったら寒いとか乾燥とかでも切れそうだけど、何か、それだけじゃないっぽいんだよな。
まるで殴られたみたいなって言ったら物騒だけど、でも本当にそんな感じに見えるんだから仕方ない。アザっぽいと言うか何と言うか。傍目に見て大丈夫かなって心配になるような感じの傷だ。
「何もないならいいんだけどさ。めちゃ痛そうじゃん」
「まあ、痛いには痛い。口の中も切れたし」
「いや、お前マジで大丈夫かよ! 何してそんなことになってんだよ! 原付でコケたとかじゃねーよな!」
「あ、それは大丈夫。心配してくれてありがとう」
「事故じゃないならいいけど、事故じゃなくてその傷にはならなくね? もしやバイト先で悪質なクレーマーにでも殴られたか?」
俺が何してそんなことになってんだと追究していると、ササは苦笑いでそれをかわす一方って感じだ。でも変なトラブルに巻き込まれたんだとすればやっぱ心配だし。お前は何を庇ってるんだって思っちまうよな。
「シノ、ちゃんと話すと長くなるけど、時間いいか?」
「いいよ、聞くよ」
第2学食のカフェテリアに移動して、話を聞く体勢に入る。ちゃんと話すと長くなるって、そのケガにどんな事情があるってんだ。事故とか、それこそバイトで殴られたとかなら立ち話でも全然いいだろうに、こうして向き合うと改まってんなって緊張する。
「結論から言えば、これは顔面を思いっ切りぶん殴られたから出来た傷で、悪いのは俺だ」
「いや、つかそんだけぶん殴られるって何したんだよお前。だって、そんだけの傷になるって思いっ切りグーで殴んねーと」
「そんだけのことをしたんだよ。まあ、事情と誤解が重なった結果っちゃ結果で、事故なんだけど、悪いのは俺で」
「ややや、ワケわかんなくなってっから!」
「お前さ、女性学履修してるだろ。ほら、性とか恋愛とかについてやってるヤツ。水曜3限の」
「ああうん、取ってるけどそれがどうした?」
「何回か前に、性の種類と恋愛の仕方みたいな授業あっただろ」
「あー、LGBTがどうしたとかいうヤツ? ちょっと待てよ、確かプリントあったな」
「プリントがあるならちょうどいい。出してくれる?」
言われるがままに授業のノートやプリントを無造作に入れたファイルを出して、ササが言ってる授業のプリントを探し出す。女性学のプリントを束にした中からササが必要な紙を引っ張り出すけど、一見するとただのテスト勉強だ。
「俺はこれ。パンセクシュアルの、ポリアモリー」
「えーっと、「性別に問わず恋愛感情を抱く」と「複数人と同時に恋愛関係や性的関係を結ぶ」…? えっと、待って? お前って、レナと付き合ってんじゃん」
「付き合ってるな」
「それと別に彼女作ることもある的な?」
「彼女かもしれないし、彼氏かもしれないし」
「それとその顔は何の関係があんだよ」
「俺には玲那以外に付き合ってる男がいるんだけど」
「おう」
「そろそろ抱かせて欲しいって相手の部屋でコトに及んでたんだよ。でも、初めてだとやっぱ怖いだろ。相手は元々の恋愛対象が女性だし、挿れられるなんて考えてもなかったんだから」
「確かに。俺も想像出来ねーし合宿で見たけどお前のを挿れるって、そりゃビビるぜ」
「それで向こうが怖いって泣き叫んじまって、それを聞きつけたセコム……もとい、頼れる隣人が部屋に殴り込んできて。強姦してると思われた俺は問答無用でぶん殴られるっていうな。向こう、女から強制わいせつを受けるっていうトラウマ持ちでさ。隣人さんもそのことは知ってたから過敏になってたみたくて」
「あー……うん、ドンマイ。確かに事情と誤解の結果だわ。ちな隣人の誤解は解けたのか?」
「それは解決済み。めっちゃ謝られて、逆にこっちが申し訳なくなるくらいだった」
授業を受けてる時はあんまりピンと来なかったんだけど、実際にそういう奴がいるのかって正直ちょっと驚いている。だけどササはきっと俺にだから話してくれたんだろうし、話の内容は性別や恋愛の仕方云々を抜きにしてもドンマイとしか言いようがなかった。
「シノ、引いてないか? 俺がこんな感じで」
「理解が追い付いてないけど、引きはしてない。まあ、授業受けといて良かったとは。そのおかげで予備知識があったし」
「俺の話を聞いてくれて、ありがとう。ほら、あんまりこういうことって誰にでも言えないし」
「だよな。相当勇気要っただろ」
「実は夏合宿の時に高木先輩にも言ってたんだけど、「みんながみんな受け入れてくれるわけじゃないから、信頼出来る人にだけ言おうね」って言われて」
「高木先輩は受け入れてくれたんか?」
「「そういう人もいるっていう、それだけ」って。面白がるでもなく引くでもなく、本当に普通にしてくれて。この人に話して良かったって思って。それを踏まえて俺の言動を戒めてくれるから、ちゃんとしなきゃって」
ササはやたら高木先輩のことが大好きだなっつーか、ゼミのこと以外にも何でも相談してるなーって思ってたんだけど、そんな事情があったんだな。でも、よく考えりゃ確かにそうだ。ササみたいな人は普通にいるんだけど、それを嫌悪する人だっているんだよな。
「レナはお前がぶん殴られたことに何か言ってた?」
「「これが痴情の縺れか」って笑ってたよ。笑いごとではないんだけどな」
「もしかしてレナって俺が思うよかずっと大物なのか?」
「少なくとも、器はかなり大きい」
「殴られ見舞いと笑われ見舞いに何か奢るぜ相棒。元気出せよ」
「サンキュ。それじゃあ、お言葉に甘えてお好み焼きの豚でも」
end.
++++
隣人がセコム扱いされる世界線である。いろいろササはドンマイでした。失敗するわ殴られる話で散々だったなあ
ササが自分の恋愛の仕方とか、その他ちょっと秘めてたことをシノに話しました。信頼出来る人にだけ言おうねの結果、信頼してるのに言ってなかった、言えてなかった
殴られ見舞いと笑われ見舞いに倹約中のシノもササに奢っちゃうくらいだし、よっぽど悲壮感があったのかもしれない
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「……なあササ、お前その顔、どーした?」
「あー……ちょっと」
ササが唇の右端に小さく切ったガーゼみたいなものを貼って来た。何か、ケガでもしたんだろうなって感じの。唇の端くらいだったら寒いとか乾燥とかでも切れそうだけど、何か、それだけじゃないっぽいんだよな。
まるで殴られたみたいなって言ったら物騒だけど、でも本当にそんな感じに見えるんだから仕方ない。アザっぽいと言うか何と言うか。傍目に見て大丈夫かなって心配になるような感じの傷だ。
「何もないならいいんだけどさ。めちゃ痛そうじゃん」
「まあ、痛いには痛い。口の中も切れたし」
「いや、お前マジで大丈夫かよ! 何してそんなことになってんだよ! 原付でコケたとかじゃねーよな!」
「あ、それは大丈夫。心配してくれてありがとう」
「事故じゃないならいいけど、事故じゃなくてその傷にはならなくね? もしやバイト先で悪質なクレーマーにでも殴られたか?」
俺が何してそんなことになってんだと追究していると、ササは苦笑いでそれをかわす一方って感じだ。でも変なトラブルに巻き込まれたんだとすればやっぱ心配だし。お前は何を庇ってるんだって思っちまうよな。
「シノ、ちゃんと話すと長くなるけど、時間いいか?」
「いいよ、聞くよ」
第2学食のカフェテリアに移動して、話を聞く体勢に入る。ちゃんと話すと長くなるって、そのケガにどんな事情があるってんだ。事故とか、それこそバイトで殴られたとかなら立ち話でも全然いいだろうに、こうして向き合うと改まってんなって緊張する。
「結論から言えば、これは顔面を思いっ切りぶん殴られたから出来た傷で、悪いのは俺だ」
「いや、つかそんだけぶん殴られるって何したんだよお前。だって、そんだけの傷になるって思いっ切りグーで殴んねーと」
「そんだけのことをしたんだよ。まあ、事情と誤解が重なった結果っちゃ結果で、事故なんだけど、悪いのは俺で」
「ややや、ワケわかんなくなってっから!」
「お前さ、女性学履修してるだろ。ほら、性とか恋愛とかについてやってるヤツ。水曜3限の」
「ああうん、取ってるけどそれがどうした?」
「何回か前に、性の種類と恋愛の仕方みたいな授業あっただろ」
「あー、LGBTがどうしたとかいうヤツ? ちょっと待てよ、確かプリントあったな」
「プリントがあるならちょうどいい。出してくれる?」
言われるがままに授業のノートやプリントを無造作に入れたファイルを出して、ササが言ってる授業のプリントを探し出す。女性学のプリントを束にした中からササが必要な紙を引っ張り出すけど、一見するとただのテスト勉強だ。
「俺はこれ。パンセクシュアルの、ポリアモリー」
「えーっと、「性別に問わず恋愛感情を抱く」と「複数人と同時に恋愛関係や性的関係を結ぶ」…? えっと、待って? お前って、レナと付き合ってんじゃん」
「付き合ってるな」
「それと別に彼女作ることもある的な?」
「彼女かもしれないし、彼氏かもしれないし」
「それとその顔は何の関係があんだよ」
「俺には玲那以外に付き合ってる男がいるんだけど」
「おう」
「そろそろ抱かせて欲しいって相手の部屋でコトに及んでたんだよ。でも、初めてだとやっぱ怖いだろ。相手は元々の恋愛対象が女性だし、挿れられるなんて考えてもなかったんだから」
「確かに。俺も想像出来ねーし合宿で見たけどお前のを挿れるって、そりゃビビるぜ」
「それで向こうが怖いって泣き叫んじまって、それを聞きつけたセコム……もとい、頼れる隣人が部屋に殴り込んできて。強姦してると思われた俺は問答無用でぶん殴られるっていうな。向こう、女から強制わいせつを受けるっていうトラウマ持ちでさ。隣人さんもそのことは知ってたから過敏になってたみたくて」
「あー……うん、ドンマイ。確かに事情と誤解の結果だわ。ちな隣人の誤解は解けたのか?」
「それは解決済み。めっちゃ謝られて、逆にこっちが申し訳なくなるくらいだった」
授業を受けてる時はあんまりピンと来なかったんだけど、実際にそういう奴がいるのかって正直ちょっと驚いている。だけどササはきっと俺にだから話してくれたんだろうし、話の内容は性別や恋愛の仕方云々を抜きにしてもドンマイとしか言いようがなかった。
「シノ、引いてないか? 俺がこんな感じで」
「理解が追い付いてないけど、引きはしてない。まあ、授業受けといて良かったとは。そのおかげで予備知識があったし」
「俺の話を聞いてくれて、ありがとう。ほら、あんまりこういうことって誰にでも言えないし」
「だよな。相当勇気要っただろ」
「実は夏合宿の時に高木先輩にも言ってたんだけど、「みんながみんな受け入れてくれるわけじゃないから、信頼出来る人にだけ言おうね」って言われて」
「高木先輩は受け入れてくれたんか?」
「「そういう人もいるっていう、それだけ」って。面白がるでもなく引くでもなく、本当に普通にしてくれて。この人に話して良かったって思って。それを踏まえて俺の言動を戒めてくれるから、ちゃんとしなきゃって」
ササはやたら高木先輩のことが大好きだなっつーか、ゼミのこと以外にも何でも相談してるなーって思ってたんだけど、そんな事情があったんだな。でも、よく考えりゃ確かにそうだ。ササみたいな人は普通にいるんだけど、それを嫌悪する人だっているんだよな。
「レナはお前がぶん殴られたことに何か言ってた?」
「「これが痴情の縺れか」って笑ってたよ。笑いごとではないんだけどな」
「もしかしてレナって俺が思うよかずっと大物なのか?」
「少なくとも、器はかなり大きい」
「殴られ見舞いと笑われ見舞いに何か奢るぜ相棒。元気出せよ」
「サンキュ。それじゃあ、お言葉に甘えてお好み焼きの豚でも」
end.
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隣人がセコム扱いされる世界線である。いろいろササはドンマイでした。失敗するわ殴られる話で散々だったなあ
ササが自分の恋愛の仕方とか、その他ちょっと秘めてたことをシノに話しました。信頼出来る人にだけ言おうねの結果、信頼してるのに言ってなかった、言えてなかった
殴られ見舞いと笑われ見舞いに倹約中のシノもササに奢っちゃうくらいだし、よっぽど悲壮感があったのかもしれない
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