2020(03)

■冬の予定にプラスアルファ

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 今日も今日とて慧梨夏は何かしらの原稿に忙しくしているようだった。パソコンの前に張り付いて、動画をBGM代わりにひたすら作業している様子。今はまだ話しかけてくれるなという状態じゃないけど、それでも作業中に声をかけるのは憚られる。
 慧梨夏と結婚して少しが経った。とは言えまだ本格的な同居を始めたワケじゃないから状態としては別居婚、それか俺が週3、4くらいで慧梨夏の部屋にいるから半同棲状態から抜けきってはいない。ただ、結婚したということで、確認しておかなければならないのは年末年始のスケジュールだ。

「ふー、ちょっと休憩」
「休憩に入ってくれるなら丁度良かった。慧梨夏、ちょっと確認いいか」
「なに?」
「年末年始のこと。お前が今やってる原稿がいつのイベントのかは知らないけど、絶対出て欲しい伊東家の行事っつーのが2つあって」
「ちょっと、タイムテーブルくれる?」
「分刻みで動く気マンマンじゃねーか」

 同人が趣味の慧梨夏は、夏と冬のコミフェには本を出す出さないに関わらず必ず行っている。今まではそれで全然良かったんだけど、年末年始は何気にちゃんと家の行事をやるのが伊東家の家風なので、念のため確認してみたんだけど……。
 慧梨夏のタイムテーブル発言から見るに、年末は例によって慌ただしく動いて、この時間なら向島にいますとかそういう感じで走り回る予定なんだろう。まあ、界隈の人にとっては一大イベントだから外せないって気持ちは少しはわかるんだけども。

「ちなみにその行事って、浅浦家と合同の年越しそばと、年始の餅つき大会だよね?」
「だな。あ、悪い、年始も浅浦家との挨拶があったから3つだな」
「って言うか伊東家ってあんまり親戚付き合いないの?」
「少ない方の家ではあるな。強いて言えばじっちゃん家に行くくらいだし。それこそ遠くの親戚より近くの他人を地で行くから、親戚より浅浦家への挨拶を重視してる。えっと、今年は確かうちが浅浦ン家に行く番だったから、そのようによろしく。京子さんも嫁のお披露目だって言ってたし」
「そっか~……それじゃあ、浅浦家関係の行事は遅刻厳禁ですよね?」
「出来れば大晦日の夕方の5時半には合流しててくれ」
「大晦日の5時半ね! オッケ、逆算するから」

 そう言うなり慧梨夏は時刻表のページを開いて5時半に浅浦ン家に着ける新幹線は何時発かを計算している。その新幹線に乗るためには何時にどこを出て、何時にどこを出るにはイベント会場をどう回るのが効率的で、と真剣な目だ。
 今年の挨拶は例年とはやっぱりちょっとは違うんだよな。京子さんの言ってる「嫁のお披露目」ってまさにそうで、俺が結婚しましたっていう報告もあるし。じっちゃんには京子さんが電話で伝えてくれたみたいだけど、嫁さんに会いたいとは言ってたみたいだから。

「浅浦家関係の行事と餅つきだけ参加してくれたら後はもう好きにしてくれていいし」
「って言うか聞いていい?」
「ん?」
「年越しそば大会で浅浦クンの家に行って、その後うちはどこに帰るのが適切なのかな。実家? それともカズの実家?」
「あー、うちでいいんじゃね? ちょっと、今度その辺確認しとくわ。お前が普通に滞在するんなら布団の準備とかあるし。部屋自体はどっか余ってたと思うし、俺の部屋でもいいし」
「カズの部屋とか、高校時代みたいでちょっと楽しみ」
「いや、あんま変わってないけどな。つか俺の部屋なんか1人暮らししてたときに入り浸ってただろ」
「1人暮らしの部屋と実家の部屋ってまたちょっと違うんだよ。わかる?」
「まあな」
「メモっとこ。何の創作に使えるかわかんないし、確かに素敵な感覚だったからね」

 春に引き払った俺の部屋は、今じゃもう懐かしささえ覚える。次の春から2人で住む新居はいくつか候補を絞っていて、最終的にどの家にしようかって2人で話すのはとても楽しい。星港市内だから互いの実家からも特別遠いワケじゃないし、行こうと思えばいつでも行けるんだけどな。

「って言うかカズの実家にしばらくお世話になるんだったらやることは30日までの間にやっとかなきゃいけないのか」
「ホント、ゆっくりするってコトを知らねーよなお前は」
「あれもこれもってなっちゃうんですよ。あー、でも、最悪大晦日の買い物は片桐さんかアヤちゃんにお願いすることも視野に入れつつだなー」
「そうか、同士がいるんだな」
「リンちゃんも同士の人に買い物頼むって言ってたし、今は通販もあるからまだ救いがあるんだろうけどね。現地でこれっていう本に出会いたいんだよやっぱり!」
「リンちゃんも同人誌とか読む人なのか?」
「リンちゃんは同人音楽の方だね。何でもありだよ同人の世界って。評論とかの分野じゃサッカーの研究してる人だっているかもよ」
「そんな人がいたらちょっと興味沸くな」

 慧梨夏が必死に逆算して組み立てたスケジュールは俺のカレンダーにも共有されていた。いつの時間帯はどこにいて、というのが粗方これでわかるようになっている。東都遠征中でも時間を見つけてたまに連絡してくれるそうだ。それだけでも大進歩だ。

「あれっ。カズ、餅つき大会って、いつもGREENsで食べてるあのお餅だよね?」
「あれのつきたてはガチで美味いぞ」
「あっダメ。よだれ出ちゃう」


end.


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いつもの年末とは少し違う動き方になりそうなので、今からしっかり確認中のいちえりちゃんです
慧梨夏も結婚したからと言って趣味を辞める気はこれっぽっちもないのでこちらは例によって分刻みのスケジュールを送る気マンマンですね
遠征中でも連絡をしてくれるだけでもいち氏からすれば大進歩。伊東家の人は理解があるだろうけど浅浦家もあることだからね

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