2020(03)

■金欠の豪運

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「金がねえ……」

 何遍見ても金がない。ミドカの残高もお察しだ。俺は来春から1人暮らしをするために70万の貯金をしている。そのために節約出来るところはするし、極力金を使わないように生活している。
 今日は起きた時間がギリギリで、おにぎりを作る余裕もなかった。朝飯も抜いちまったし、昼は思いっ切り食べようと思って食券の券売機の前で財布を開いた時の衝撃だよ。何だよ152円って! 白い飯と味噌汁くらいなら食えるけど、足りねーよ!

「あ、すんませんどうぞ」

 後ろに並んでた人に列を譲って、俺は飯をどうしようか考える。ATMに行けば下ろせるんだけど、下ろしたくないし。でも現金が152円しかないっていうのはさすがにマズいよな。スマホ決済にしたって金を使うことには変わりない。はー、サキとかL先輩並の燃費になりてー。

「おい、智也」
「えっ? あっ!」
「どうした、シケたツラして」
「高崎先輩おざっす!」
「飯食いに来たんじゃねえのか」

 飯を食うことを一旦諦めて学食を後にしようとした俺に声を掛けて来たのは、まさかの高崎先輩だ。つかこの人俺の名前知ってたのか。サークル関係の人は俺のことを大体シノって呼ぶし、改めて名前で呼ばれると変な感じがする。

「いやー……ちょっと、恥ずかしい話なんすけどガチで金がなくて。財布の中に152円しかなかったんすよ」
「お前も高木みたいなことしてんのか」
「あの人も金はあんまないっすよね。でも俺はバイトしてます」
「じゃあ何で金がねえんだ。デカい買い物でもしたのか」
「家から大学に通うのがしんどくて、1人暮らししたいっつって親に交渉したんすよ。で、70万貯めたら1人暮らししていいっていうんでめっちゃ貯金してるんす。普段はおにぎりとか作って節約してるんすけど、今日は寝坊しちまって。朝飯も抜きだし金はないしでひもじくて死にそうっていう。本当は第2学食でうめーモンとか食いたいんすけど、味より量っす。第1学食最高」
「ふーん」

 味より量は確かにそうなんだけど、味も量も取りたいんだよな本当は。でも、第1学食だってマズいワケじゃないしと強がることしか出来ないんだよな。こんな時、緑ヶ丘大学の学食はそこそこ量あって嬉しいよな。

「そしたら智也、俺と飯食うか。バジーナに行こうぜ。好きなの食えよ、出してやるから」
「えっ!? つかバジーナってどこすか!? 俺3限あるんすけど」
「この2階のカレーとパスタの店だな」
「え、2階って量り売りじゃないんすか?」
「その反対側だ」
「へー、そんな店があったんすね。えっ、本当にいいんすか!?」
「食うのか食わねえのか、どっちだ」
「食います!」
「よし、ついて来い」

 学食の入り口の脇には白い階段があって、そこから上って行くとすぐ目の前に「カレー&パスタ バジーナ」と看板が掲げられている。普通の学食と同じ食券で頼むシステムで、量も第1学食っぽい感じで結構多い。だけど、カレーとパスタの種類がマジで凄い。
 第1学食のLサイズだったら俺も満足出来るし、本当に好きなの食べていいのと目で訴えると、高崎先輩は「いいから好きなの頼め」と俺を煽る。その言葉に甘えてカツカレーLサイズとコンソメスープの券を買う。高崎先輩も同じカツカレーのLサイズを。

「うわー……うまそ~! いただきます!」
「おう、食え」
「ん! ふつーにめちゃ美味いっすね! カツもデカイし揚げたてだし。これでスープ込み450円って安くないすか!? マジでありがとうございます! 一生忘れません!」
「言ってワンコイン以内だぞ。それでここまで恩を感じることはねえぞ」
「いやあ、4年生の先輩とのメシってあんまないじゃないすか。思い出にもなったっす。高崎先輩にはいろいろ聞いてみたかったんすよね、西海のラジオのこととか、昔のファンフェスのこととか、デカイ賞貰ったとか。伝説はどこまでガチなのか」
「人の経歴を勝手にデカい話にするな。それより、お前と陸が確か社学だろ。ゼミは決まったのか」
「あっ、俺とササは無事佐藤ゼミに決まりました!」
「佐藤ゼミか。ま、ヒゲと上手く付き合って行くんだな」

 高崎先輩は卒論でやってることが佐藤ゼミっぽい領域だから詰んだらヒゲさんにってゼミの先生に言われてるそうだけど、ヒゲさんのことがあんま得意じゃないから死んでもヒゲなんかに頼るかと日々フィールドワークを頑張っているそうだ。
 ビッグスクーターひとつで全国のコミュニティラジオ局を訪ねて回っていろいろ調べてるそうだけど、そういう旅行も兼ねた勉強っていうのも大学生っぽいし、カッコいい。どこの土地がどんな風だったという話もすげー楽しい。俺もいろいろ行ってみたいな。

「先輩、また俺と飯食いましょう! いろんな話聞かせてもらいたいっす」
「それはいいけど、次はちゃんと金持っとけよ。毎回は出さねえからな」
「きょ、今日はたまたまめちゃくちゃなかっただけっす」


end.


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高崎にシノを名前で智也と呼ばせたかったがためだけの話。この2人だったらやっぱり食事をさせたい。他の1年生は高木先輩だけど、シノは高崎先輩とご飯です。
1人暮らしをするために倹約しているシノは、腹の足しにするために自分でおにぎりを作ってきたりもしてます。おにぎりと何かを食べるって感じ。
高崎はもりもり食べる子との食事が好きだから、シノとの食事はまあ悪くないんじゃないかな。果林とも何やかんやでよくご飯食べてたからね。

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