2020(03)

■そんなものかなあ

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 洋平から、朝霞の部屋に行ってあげてもらえないかと頼まれた。何でも、朝霞は季節の変わり目で風邪をひいてしまったそう。それで洋平に雑炊の材料を言付けたのだけど、洋平にはどうしても外せない急用が入ってきたとのこと。
 この場合、雑炊の材料を言付けるというのは自分で作るための材料ではなく、作ってもらいたいという理由で頼んでいるのだと思う。洋平の人脈で通じる、彼の部屋を知っていて、かつ雑炊を作ることの出来る人間というのが私だったのかもしれない。
 朝霞には彼女がいるはずだけど、という疑問は残りつつも、私にしか頼めないから本当にお願いと洋平から電話越しに頭を下げられれば仕方がない。了承の返事をして、必要なものを揃えて彼の住むアパートへ。インターホンを押して、少しの間。

「朝霞、入るわよ」
「え…? 何でお前が」
「洋平はどうしても外せない急用が入ったそうよ。あなたに連絡は来てなかったの?」
「いや、寝てた」
「そう。とにかく、そういうことだから。雑炊を作ればいいのね」
「悪い。頼めるか」

 眼鏡をかけてカーディガンを羽織った朝霞は寝起きという感じで、洋平でなく私が現れたことに驚いた様子。だけども、頼まれたことは済ませなければならない。雑炊を作るというのがここに私が寄越された目的。卵をいっぱいにしてあげてねとは洋平から言われているし、朝霞の嗜好を知っていれば作るのが卵雑炊であることは聞かなくともわかる。
 普通のレシピよりも気持ち卵を多めに、小口ネギと、すりおろした生姜を少し。ひかりの畑でも生姜の収穫時期を迎え、彼女は「これからは何にでもショウガや!」と鼻息を荒くしていた。私にも「冷えを予防するんやで」といくつかくれたのだけど、使い方としては間違ってないわよね。

「出来たわよ」
「いただきます。あれ、お前木匙の場所知ってたのか」
「一応ね」
「サンキュ。木匙じゃねーと熱くて食えねーんだよ」
「風邪をひいたのはともかくとして、雑炊なんて伏見さんに頼めば良かったんじゃないの。彼女、料理上手って話じゃない」
「……さすがに、別れてすぐにそれを頼むのも、どうかと思うわけだ」
「あら、別れたの?」
「愛情表現って、何なんだろうな。今の俺にはわからない」
「その調子だと、友人だった時とあまりに付き合い方が変わらなさ過ぎて愛想を尽かされたのね」
「それな。ふーっ、あちっ」

 朝霞には6月ごろから付き合っていた彼女がいるのだけど、話を聞く感じだと彼女に振られる形で最近別れたそうだ。映研の脚本家として今でも現役で活動している彼女のサポートを献身的にしているというイメージだったけど、どうやらそれがダメだったようで。
 尤も、自分が書き物を抱えている間に朝霞に男女交際の愛情表現を求めるという時点でミスマッチではあるのだけど。一般的な女子であれば彼氏に求める物は書き物の添削や助言などではなく、デートであったりスキンシップであったりするのかしらね。

「仕方ねーだろ、性欲なんかどっかに置いて来ちまってるんだ」
「抱いてもらえないと自分に魅力がないんじゃないかとか、他に女がいるんじゃないかって不安に思う女性もいるそうよ」
「そんなこと言ったってな。ヤりたいとは思わないし、その付き合いに必要だとも思わなかった」
「経験はあるのよね?」
「大体が誘われてか押し倒されてだし、俺が能動的にっていうのは覚えがない。したところで特に何も思わないし。機能はするから刺激されれば勃つけどだな」
「もしかしたら、それは非性愛という形で現れるあなたのアイデンティティのひとつなんじゃないかしら」
「非性愛」
「恋愛感情はあっても、性的欲求は抱かないということね」
「ああ、セクシュアリティのひとつか」
「もちろん絶対にそうだとは限らないしこれからのあなたがどうかまではわからないけれど。性的欲求を抱かないあなたと、それを抱く彼女の恋愛の仕方が違ったというだけのことで、別にお互い嫌いで別れたわけじゃないんでしょう?」
「それは多分。アイツに嫌われてなければ」

 俺なりに一応特別ではあったんだけどな、と彼は漏らす。私の知る中で、ここまで弱気な彼を見るのは初めてかもしれない。失恋という事象に心を痛めるのだというのは彼に関する新たな発見。きっと洋平はそれを知っていたから私を寄こしたのかもしれない。彼女と別れたなら、部屋に女を送っても大丈夫だろうと。

「恋愛に限らず、人の付き合い方って、いろいろあって面白いな」
「何よ急に。体が弱って気でも触れた?」
「いや。俺の友達にはさ、女子と2人で混浴温泉サークルをやってる奴もいるんだよ。裸の付き合いはするけど関係は友達同士のそれで、別に何があるでもない。別の知り合いには、恋愛はしないけど不特定多数と関係を持ってる人もいて……肉体関係にまで広げると俺の研究領域は収拾が付かなくなるけど、おもしれーなやっぱ」
「やっぱりあなたは転んでもただは起きないわね」
「そうだ。話は変わるけど、雑炊、ショウガの風味が利いてて美味いな。サンキュ」
「いえ。ひかりが収穫したものをいくつかもらったから、それを使ったのよ」
「自家製か。さすが農学部」
「私はもらった生姜で甘酢漬けを作っているところよ。ご飯と一緒に食べると美味しいの」
「マジか。俺も食いたいな」


end.


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Pさんには風邪をひいてほしかったし、オフ仕様ののメガネとカーデに木匙でちびちび雑炊を食べてて欲しかったのです。需要と供給。
Pさんの中で、洋平ちゃんやちーちゃん以外で深いところを話せる相手というのはかつての同士・宇部Pなのかなと。
と言うか、愛だの恋だのを扱った話なんかも書いたことがありそうな朝霞Pだけど、見聞きして知ってはいるけど自分のそれとは違う物だったんだろうね

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