2020(03)
■サシメシで本題
++++
「うわあ、凄いね。これ、壁一面がメニューなの?」
「そうですね。気付いたら入れ替わってたりするんで、地元民でもなかなか全制覇は難しいかなと」
俺にとっては地元のうどん屋で、バイト終わりに来たりもするいつもの店に、高木先輩と来ているというのはなかなか新鮮だ。高木先輩からはこないだ彩人とご飯に行って来るよと報告をもらっていて、それに対して俺は「今度は俺も誘ってください」と返した。
そしたら本当に「一緒にご飯行こう」って誘われたから、律儀なところのある人だなあと。どうやらこの店のことを彩人から聞いていたらしく、どんな店なのと。壁一面に貼られたお品書きに、高木先輩はきょろきょろと辺りを見渡している。まあそうなるよなあ。
「伊東さんなんかはかき揚げうどんを食べてる印象が強いですけどね。かき揚げうどんにネギ増しで」
「あ、伊東先輩とも来るんだ」
「バイト先がそこの本屋なので、バイト終わりにそのままごはん行くかーって」
「なるほど、そういうのもあるんだね。かき揚げうどんにネギ増しか。確かに伊東先輩っぽいね。ササは何が好きなの?」
「俺は何でも食べますけど、大学に入ってからは季節のメニューを頼むことが多いですね。今ならキノコうどんとか」
「ササは旬のメニューをチェックするタイプなんだね。えっと、俺は何にしよう」
メニューがいっぱいあり過ぎて何を選んでいいかわからないなあと言いながら、高木先輩は席に備え付けられているメニューの冊子を開き始めた。好き嫌いが多いから写真が載ってる方がイメージが付きやすくていいかなと言って。
結局俺はたぬきうどんを、高木先輩は鍋焼きうどんを注文した。うどん屋としては注文したものが出て来るのが少し遅い方なので、水を飲み飲みサシでの話へと入って行く。話題はまあ、それなりにはある。佐藤ゼミのことや、彩人との食事のこととか。
「彩人とは何を食べたんですか?」
「お好み焼き」
「え、いいですね。店のお好み焼きなんか久しく食べてないし、羨ましいなあ」
「うちのすぐ真ん前だし、彩人と一緒に行ったら? 紅社のお好み焼きなんだよ」
「あ、つまり地元の味と」
「そういうことだね。相談もなく決めたけど、気に入ってくれてよかったよ」
「えー、俺も絶対行こう。俺、粉もんとか結構好きなんですよ。大学でも休み時間にお好み焼きとか食べますし」
「豚? イカ?」
「大体豚です」
「そうなんだね。知らないことってやっぱりいっぱいあるなあ」
「うどんも広義には粉もんじゃないですか」
「まあ、広い意味ではね」
第2学食のお好み焼きは俺も寝坊した日の昼食としてよくお世話になってるよ、と高木先輩は言う。だけど180円とか190円で買えるおやつサイズのそれを昼食と呼んでしまうのはいかがなものか。第1学食の上で売ってる結構大きいヤツならともかく。果林先輩が「タカちゃんは食べなさすぎる」って言っている意味がわかる気がする。
「ところでササ、何か俺のことを誇張して彩人に喋ってたりしてない?」
「え、何のことかさっぱり」
「まあ、ササがそういうとこのある子だってのは知ってるけどさ。彩人が言ってたんだよ」
「何て」
「リクは人のいいところをよく知ってるって。俺が思うにササは人のいいところをよく知ってて、それを素敵だなって思ってどんどん好きになって、入れ込むところがあるよね」
「あー、はい。自覚はあります」
「人のいいところを見つけられるのはいいことだとは思うけど、ササが彩人に言ってる俺のこと? ちょっと聞かせてもらったけど恥ずかしくて全部聞けなかったよ。俺はササが思ってるほど凄い人じゃないよ、全然。うん」
そう言って高木先輩は謙遜するけど、実際とても凄い人なのになと俺は強く思う。ミキサーとしてはもちろんだけど、夏合宿で頻発した人間関係絡みのトラブルをフォローしたり収めたりしてた姿を見て、想像以上に凄いぞこの人と思って。
何と言うか、周りを自分のペースにしてしまうんだよな。一見穏やかでのほほんとしているように見えるのに、締めるところではきちんと締めている。激しさがないしパッと見は確かに目立たないけど、だからこそスッと収まったその空気が高木先輩に支配されていることにも誰も気付いてないと言うか。
「でも、俺が高木先輩を慕ってるのは本当なので。すみません、今後は過度にならない程度にしておきます」
「ああ、うん。そうしてくれると嬉しいな」
「あ、先輩、鍋焼き来ましたよ。俺のたぬきも来ますね」
「わ、すごい。煮え滾ってる」
「水どうぞ」
「ありがとう」
目の前で煮え滾る鍋焼きうどんの土鍋を見て、俺はその記憶を辿る。もしかしなくても、俺は鍋焼きうどんを食べたことがないのではないかという結論に行きつく。季節のメニューじゃなければすぐ消えそうな比較的変わったメニューばかり食べてたから。
「あ、これは美味しい。もちもちしてて。弾力がすっごい」
「ここのうどん、結構食べ応えがあるんですよね。俺も次は鍋焼きにしようかな」
「これから夜はどんどん冷えて来るし、鍋焼きうどんはたまらないだろうね」
「うどんと言えば、伊東さんの手打ちうどんもなかなか美味しいですよね」
「え、うどんは食べたことないなあ。伊東先輩ってうどんも作るんだね、凄いなあ」
end.
++++
ササがいついち氏の手打ちうどんを食ったんやと思うけど、フットワーク割と軽いし若いので体力もあるからどこでも行ってるんだろう、浅浦クン家とか
何か最近はササをタカちゃん大好きっ子みたいな感じにしがち。でも実際懐いてるよなあとは夏から見てて思う。
ただ、盲目的に懐いてるワケじゃなくて分析みたいなこともしっかりとしているし、場の空気を支配しているってどんなアレなんや
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「うわあ、凄いね。これ、壁一面がメニューなの?」
「そうですね。気付いたら入れ替わってたりするんで、地元民でもなかなか全制覇は難しいかなと」
俺にとっては地元のうどん屋で、バイト終わりに来たりもするいつもの店に、高木先輩と来ているというのはなかなか新鮮だ。高木先輩からはこないだ彩人とご飯に行って来るよと報告をもらっていて、それに対して俺は「今度は俺も誘ってください」と返した。
そしたら本当に「一緒にご飯行こう」って誘われたから、律儀なところのある人だなあと。どうやらこの店のことを彩人から聞いていたらしく、どんな店なのと。壁一面に貼られたお品書きに、高木先輩はきょろきょろと辺りを見渡している。まあそうなるよなあ。
「伊東さんなんかはかき揚げうどんを食べてる印象が強いですけどね。かき揚げうどんにネギ増しで」
「あ、伊東先輩とも来るんだ」
「バイト先がそこの本屋なので、バイト終わりにそのままごはん行くかーって」
「なるほど、そういうのもあるんだね。かき揚げうどんにネギ増しか。確かに伊東先輩っぽいね。ササは何が好きなの?」
「俺は何でも食べますけど、大学に入ってからは季節のメニューを頼むことが多いですね。今ならキノコうどんとか」
「ササは旬のメニューをチェックするタイプなんだね。えっと、俺は何にしよう」
メニューがいっぱいあり過ぎて何を選んでいいかわからないなあと言いながら、高木先輩は席に備え付けられているメニューの冊子を開き始めた。好き嫌いが多いから写真が載ってる方がイメージが付きやすくていいかなと言って。
結局俺はたぬきうどんを、高木先輩は鍋焼きうどんを注文した。うどん屋としては注文したものが出て来るのが少し遅い方なので、水を飲み飲みサシでの話へと入って行く。話題はまあ、それなりにはある。佐藤ゼミのことや、彩人との食事のこととか。
「彩人とは何を食べたんですか?」
「お好み焼き」
「え、いいですね。店のお好み焼きなんか久しく食べてないし、羨ましいなあ」
「うちのすぐ真ん前だし、彩人と一緒に行ったら? 紅社のお好み焼きなんだよ」
「あ、つまり地元の味と」
「そういうことだね。相談もなく決めたけど、気に入ってくれてよかったよ」
「えー、俺も絶対行こう。俺、粉もんとか結構好きなんですよ。大学でも休み時間にお好み焼きとか食べますし」
「豚? イカ?」
「大体豚です」
「そうなんだね。知らないことってやっぱりいっぱいあるなあ」
「うどんも広義には粉もんじゃないですか」
「まあ、広い意味ではね」
第2学食のお好み焼きは俺も寝坊した日の昼食としてよくお世話になってるよ、と高木先輩は言う。だけど180円とか190円で買えるおやつサイズのそれを昼食と呼んでしまうのはいかがなものか。第1学食の上で売ってる結構大きいヤツならともかく。果林先輩が「タカちゃんは食べなさすぎる」って言っている意味がわかる気がする。
「ところでササ、何か俺のことを誇張して彩人に喋ってたりしてない?」
「え、何のことかさっぱり」
「まあ、ササがそういうとこのある子だってのは知ってるけどさ。彩人が言ってたんだよ」
「何て」
「リクは人のいいところをよく知ってるって。俺が思うにササは人のいいところをよく知ってて、それを素敵だなって思ってどんどん好きになって、入れ込むところがあるよね」
「あー、はい。自覚はあります」
「人のいいところを見つけられるのはいいことだとは思うけど、ササが彩人に言ってる俺のこと? ちょっと聞かせてもらったけど恥ずかしくて全部聞けなかったよ。俺はササが思ってるほど凄い人じゃないよ、全然。うん」
そう言って高木先輩は謙遜するけど、実際とても凄い人なのになと俺は強く思う。ミキサーとしてはもちろんだけど、夏合宿で頻発した人間関係絡みのトラブルをフォローしたり収めたりしてた姿を見て、想像以上に凄いぞこの人と思って。
何と言うか、周りを自分のペースにしてしまうんだよな。一見穏やかでのほほんとしているように見えるのに、締めるところではきちんと締めている。激しさがないしパッと見は確かに目立たないけど、だからこそスッと収まったその空気が高木先輩に支配されていることにも誰も気付いてないと言うか。
「でも、俺が高木先輩を慕ってるのは本当なので。すみません、今後は過度にならない程度にしておきます」
「ああ、うん。そうしてくれると嬉しいな」
「あ、先輩、鍋焼き来ましたよ。俺のたぬきも来ますね」
「わ、すごい。煮え滾ってる」
「水どうぞ」
「ありがとう」
目の前で煮え滾る鍋焼きうどんの土鍋を見て、俺はその記憶を辿る。もしかしなくても、俺は鍋焼きうどんを食べたことがないのではないかという結論に行きつく。季節のメニューじゃなければすぐ消えそうな比較的変わったメニューばかり食べてたから。
「あ、これは美味しい。もちもちしてて。弾力がすっごい」
「ここのうどん、結構食べ応えがあるんですよね。俺も次は鍋焼きにしようかな」
「これから夜はどんどん冷えて来るし、鍋焼きうどんはたまらないだろうね」
「うどんと言えば、伊東さんの手打ちうどんもなかなか美味しいですよね」
「え、うどんは食べたことないなあ。伊東先輩ってうどんも作るんだね、凄いなあ」
end.
++++
ササがいついち氏の手打ちうどんを食ったんやと思うけど、フットワーク割と軽いし若いので体力もあるからどこでも行ってるんだろう、浅浦クン家とか
何か最近はササをタカちゃん大好きっ子みたいな感じにしがち。でも実際懐いてるよなあとは夏から見てて思う。
ただ、盲目的に懐いてるワケじゃなくて分析みたいなこともしっかりとしているし、場の空気を支配しているってどんなアレなんや
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