2020(03)

■影の右腕

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 星ヶ丘大学の文化会役員は、2月くらいまで任期があるそう。この時期はまだ役員として各部の活動報告に目を通し、部費の使われ方を精査したりといった仕事がある。次の役員についても考えなければならないのだけど、どうしようかしらね。
 役員室での仕事の息抜きに、少しその辺りを歩くことにした。大学祭を機に代替わりをして新体制になる部が多く、活動が少し落ち着く部もまああって以前よりも少し静かだなという印象を受ける。

「宇部さんおざっす。見回りっすか?」
「谷本君。元気そうね」
「おかげさまで」

 私に声をかけてきたのは、1年の谷本君。彼は、高萩麗による戸田さん潰しの被害者。高萩麗による強制わいせつという衝撃的な事件の後も部活には参加していたようだけど、心の傷はそうすぐに治るものではないし……本当に元気ならいいのだけど。

「戸田班……もとい、何班になったのかしら」
「源班っすね。ゴローさんが班長で、ステージのことはマリンさんが仕切るって感じの分業制っす」
「そう。浦和さんもとうとうプロデューサーとして先頭に立つようになったのね」
「いや、俺も負けたつもりはないんで!」
「あなたは確か朝霞から師事を受けているのよね」
「そうっすね。修行の日々っす」

 今年の代ではどこの班も分け隔てなくステージをやれているという風に感じた。もちろん、流刑地と呼ばれた戸田班も。谷本君の件があって、部長の柳井が長門班を全員部からの除籍処分にしたのが功を奏したのだと思う。
 柳井から除籍処分に関する報告を受けた時には、あれだけ証拠を集めていたなら自分でやっておけという風にチクチクと言われた。だけど、あなたが部の膿を排除した英雄だなんだと軽く持ち上げると、満更でもなかった様子。坊やの扱いやすさは相変わらず。

「ところで、少し前かしら。放送部の部室の前が騒々しかったようだけど」
「何か、掃除と模様替えをしてたみたいっすよ。ゴローさんが、部室を書庫にしたいっつって」
「書庫。少し覗いてみようかしら。ああ、足止めしてごめんなさいね」
「いえいえ。お疲れさんっす」

 柳井の後の部長には、源吾郎が就任したらしい。自由で開かれた、透明性のある放送部という物を実現するには最適の人物であるという風に柳井が直々に指名したとか。そして彼が最初に始めたのが大掃除。あの薄暗くて埃っぽい部室はどうなったかしら。
 ドアには「在室中」という掛け看板が掲げられていた。ノックをしてドアを開くと、中には源吾郎と所沢怜央。新部長と、新監査の2人。急な私の来訪に狼狽えることもなく淡々と挨拶をするものだから、毒気が本当にない。

「失礼するわよ」
「宇部さん。どうしたんですか?」
「いえ、さっきそこで谷本君に会って、ここが書庫になったという話を聞いて様子を見に来たの。……随分広く、明るくなったわね」
「いろいろ処分しちゃいましたけど、大丈夫でしたか?」
「私の許可は要らないわよ」

 実質的な物置で、暗く埃っぽいという印象だった部室は、私の知るそれとは全くの別物になっていた。無造作に積まれていた過去の大道具や小道具類が一挙に処分され、監査席の後ろにあった戸棚がここに来ている。
 そして、源吾郎と所沢怜央が見ていたのは、新しく設置したと思われるモニター。ここでステージの映像を確認しながら話し合いをすることが出来るように模様替えされている。すっきりと、居心地のいい空間になっていた。

「これは監査が管理していた過去の台本の戸棚ね」
「そうですね。ここで誰でも台本を参照出来るようにしました」
「こっちのラックは、効果音集ね」
「はい。ステージにも使えますし、俺たちがインターフェイスの作品出展用にラジオドラマを作るときなんかにも使えるように」
「壁に少し防音対策がされていると思ったのだけど、録音をする可能性のことも考えたのね」
「そうですね。それから、こっちが過去のステージの映像をまとめたDVDが入ってます。一応年度ごとにまとまってて。それから、こっちがインターフェイス関係の作品ですね。他の大学さんの作品もここでモニター出来ます。で、機材があって」
「ステージの参考になりそうな関連図書も少し用意しました」

 イベントを成功させるとか、発声練習に関する本など、いろいろな関連図書が用意されているようだった。意欲のある人はここで勉強したり、企画に行き詰まったプロデューサーがブレイクスルーを求めに来てもいいと。

「随分といい空間になったわね。私が現役の頃にこうだったらと思うわ」
「あの人がいる限り、無理でしょう。今年だから出来たんです」
「……尤もね」
「ただ、俺たちがこうして放送部が放送部としての活動をするのに最適化された空間を作ることが出来ているのも、宇部さんが積み上げて残した物のお陰であることも事実なので、その点に関してはお礼を言わせてください。柳井さんは自分でやれとか何とかブツブツ小言を言っていましたが」
「日高の鉄砲玉としてこの戸棚から盗みを働いていたあなたが、出世したものね」
「最初は、俺が部長になって面倒な階級めいたものを全部潰してやろうと思ったんですが、その必要はなくなったので。心置きなく源部長の補佐が出来ます」

 所沢怜央は根っからの影の存在であるようなのだけど、日高の鉄砲玉をやっていた頃より今の方がずっといい顔をしているように思う。きっとこれからは源吾郎の右腕として、時には影として汚れ仕事もやっていくのでしょう。誰もが分け隔てなくステージをやれる場所は、確かにここに出来つつある。

「あれっ、そう言えば部長会っていつだっけ。もうすぐだっけ」
「まったく、しっかりしてください。来週の水曜日です」
「そっか、ゴメン。水曜日ね」
「新部長、頼むわよ」


end.


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放送部の部室が劇的に過ごしやすい空間となったようです。いつか使うのいつかは来ないということなんですね
レオが部長だったらどんな風にして階級めいたものを潰していたのかも興味深いけど、きっとある種の恐怖政治じゃないけど、そんな空気はあったと思う
ナノスパって代替わりで大掃除させがち。でもまあ綺麗にするきっかけのひとつではあるから……

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